ライフワークとして
  それぞれの地域で暮らしてきた人々が、その地域の地形や地質、気候などの自然環境の下で、自然と折り合いを付けながら、又はたたかいながら築いてきた人里には、地域固有の文化や風土が育まれてきました。それらは標準語のように共通性のあるものや、ごく限られた地域だけで通用する方言のようなものまであります。そのような人々が関わりを持ってきた人里には地域性のある様々な景観があり、その一つ一つにはそうなるに至った理由がある筈です。人の手が加わった景観には手をかけてきた人々の願いや想いが刻まれています。そんな願いや想いを写真を通して表現するには、それぞれの地域を少しでも深く見詰める必要があるのでは・・・。そう感じて、私の生まれ育った山里の自然環境に近い、中国地方及び近隣を撮影のフィールドとして選びました。もちろん当地方に暮らしているという物理的な要因も大きな理由ですが、広島の山間に生まれ、藁葺き屋根の下で農耕用の和牛やニワトリに囲まれて暮らした幼少の日々の記憶が、当地方の山里を見詰める原点となっています。
里山って・・・ 
 集落や耕地、雑木山などで構成されている農山村の景観は、小動物や植生など、身近な自然環境の観点から「里山」と言う言葉で表現され、多くの方々がそう認識されているようです。もともと「里山」と言う言葉は林業に関する用語で、宝暦九年(1759年)に木曾材木奉行補佐格、寺町兵右衛門が、筆記した『木曾山雑話』には「村里家近き山をさして里山と申候、惣て里近き山ハ木の生立悪敷、地際壱間程上より枝多く、御材木等ニ成兼申候、前々里山之内ニハ百姓自分控と称し、其持主の外ハ屋作木・薪等も取不申場所御座候処、・・」と記されています(近世林業史の研究・所三男著より)。また、薪炭材や飼料・肥料の給源として利用されていた林野を普通に郷山・村山といい、野山・入山・外山とも称した(同著)、と記されています。
 今、自然環境の観点から総称されている「里山」には、農民が長い時間をかけて築き上げてきた、たんぼや畑などの耕地も含めた景観とされています。でもそれは、その地で暮らしを営まれている方々からすると、集落と同じように「人里」の領域に含まれるものなのではないでしょうか。交通不便な山奥の集落でも、山間の一軒家でも、そこに人間の暮らしが営まれている以上、「人里」「山里」「村里」など、里と呼ぶべきではないのかな、と私は思っています。
 「山里」と「里山」、その自然環境において区別はないのかも知れませんが、少なくとも農山村で暮らしてこられた方々に敬意を持った接し方をするべきではないのかな、と思います。