(畦塗り) 生協運動連載、深呼吸エッセイより 
    
    冬の間、雪に押しつぶされていた枯れ野も、春の日差しに暖められて急速にふくらみを取り戻して行く。その下からは雪解けを待ちかねていたようにフキノトウが萌黄色のつぼみをほころばせて、モグラの掘り起こした黒々とした土塊と共に、枯れ野に点々と彩りを添えている。雑木山の木々はまだ冬ざれの余韻を残しているが、良く見ればそれぞれの枝先には淡い小さな木の芽が膨らみはじめていた。辺りには日溜りの香りが漂い、山間を流れる水も温んで、あちこちの耕地で土を起こして田植えの準備が始められようとしている。

 ここ、松江市の南部、標高250㍍にある山間の小さな棚田でも、田んぼの泥を練って畦を築く畦塗りが始められた。かつて、どこの田んぼでも見られていた畦塗りの作業も、アゼ波やアゼ平などと呼ばれる帯状のプラスチック板の普及で、随分と見かけることが少なくなった。それでも、昔ながらの棚田が残されているこの地では、その景観と共に畦塗りの技が受け継がれている。その作業は地域によって若干の違いはあるが、鍬で畦を約半分ほど削り、モグラやケラなどが空けた穴をカケヤで叩いて潰して行く。それから、田んぼの泥を畦に乗せて鍬を鏝代わりに壁土を塗るように三面を丁寧に均して行くのだ。

 水分をたっぷりと含んだ泥で築かれた真新しい畦は、黄砂に霞む春空を映し、艶やかに輝いていた。その畦は、これから荒起こし、くれ返し、代掻き、田植え、そして梅雨の季節を耐えて稲穂が実るまで、田んぼの水漏れを防ぐ大切な役目を担うのである。
アゼ波を使えば田ごしらえは随分と楽になる。それは分かっていても、先祖から受け継いだ方法で、手際よく畦を築いていく農夫。その姿からは、効率や経済性を優先した生き方ではなく、この小さな棚田が築かれた頃に流れていた時間と同じ時の中で生きようとする心が見えた。
日溜りと土の香りに満ちた田んぼの片隅で、熟練した鍬捌きを眺めていて、ふとそんな事が思われた。
 

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