里人の想い~背戸の山~  風景写真より 
 

緩やかな起伏の連なる中国地方の山々。その懐の其処ここには人々の暮らしがあり、屋敷や耕地の後ろには薪拾いや落ち葉を集めに行った背戸山がある。縁側から眺められる僅かばかりの畑と幾段にも連なる田んぼ。庭先には牛がつながれ、ニワトリが落穂を啄ばみ、納屋の軒先には山のように積まれた枯枝の束にアオダイショウのヌケガラが絡んでいる。そんな光景がどこにでもあった時代。背戸の山は日常の生活の中にあり、人の気配を感じることのできる林だった。

 そんな林も化学肥料やプロパンガスの普及によって、昭和30年代頃から薪を拾いに入ることも少なくなり、それらの山々からは人々の姿も薄れてくるようになる。今では分け入ることができないくらいの鬱蒼とした藪に変わり、その中には幾本もの獣道が作られて、タヌキやイノシシなどが我が物顔に田畑の作物を食べに出てくるようになった。その対策にトタン板や電気柵で囲まれる耕地や集落がこの地方では年毎に増えている。「昔はシシなど出てくることはなかった。」どこの里で聞いてもほとんどがそのように話をされる。彼らの生息域と山里に暮らす人々の生活圏との干渉地帯にもなっていた背戸の山。戸山、外山、端山などとも呼ばれていた人里に近いそこは、人の手から離れて久しく、自然本来の姿に戻りつつある。そんな中で、薪炭に加えてタケノコや竹材が暮らしを支えていたこの地では、その糧になっていたモウソウチクが雑木林や植林地を少しずつ飲み込みながら広がっている。その中に、時の流れに取り残されたような山家が見える。「・・昔はよう売れよった・・」穴の開いたゴム長を履いた老農が、荒れた竹林を眺めながら生きてきた摸索の様々を聞かせてくれた。

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