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そこは、素朴な造りの民家が建ち並ぶ、山間の小さな村だった。人口は百人もないだろう。わずかな田畑と、周囲を取り囲む森から得られるものだけで充分にやっていける、質素ではあるが平和で穏やかな生活共同体。
だが、今その平穏は破られてしまっていた。
村人の気配はどこにもなかった。既にみな逃げ出してしまったのだ。村落中央の広場は、雑多な妖獣達によって埋め尽くされてしまっている。滾々と湧き出る清らかな泉を取り囲むように、おぞましい形状の生き物が群を為し、ひしめきあっている。
卑しい化け物共は、けして仲間同士尊重しあって場を占めているのではなかった。巨大な
蚯蚓を思わせる粘液質の肌を持つ妖獣は、傍らにいる四つ足の生き物を呑み込もうと長大な身体を巻き付かせ、その横では猿に似た数体が、よってたかって別の一体を引き裂いている。民家の壁をぶち破り、調度を倒してのさばるものがいるかと思えば、そのおこぼれに預かり、備蓄された食糧を引きずり出しているものもある。
突き固め、きちんと整備されていた地面は、妖獣達に踏みにじられ、分泌する粘液と共喰われた残骸との入り混じった泥濘と化していた。秩序も何もない、ただ生存本能と破壊衝動だけが支配する、あさましく醜悪な情景。
その様子を民家の影から窺う者達がいた。七、八人はいる。いずれも若い男達だ。そろいの制服を身に着け剣を佩いたその姿は、彼らがいずこかの組織に属す、訓練を受けた集団であることを示していた。
先頭に立つ男がすっと片手を挙げた。もう片方の手は剣の鞘を押さえている。抜きやすいよう前に持ってこられた柄は、金属製で、まるで銀細工を思わせる精緻な彫刻が施されていた。
他の面々も同じ剣に手をかけている。呼吸を潜め、機を図った。
「 ―― いけっ」
手が振り下ろされると同時に、一同は建物の影から飛び出した。タイミングを同じくして、泉を挟んだ反対側からも仲間が現れる。
先頭をきった男が剣を引き抜いた。現れたのは柄と一体になった細く優美な
刃。陽光を弾いて煌めくそれは、一見儀礼用の
細剣としか思われなかった。実用に供せば、ひとたまりもなく曲がってしまうであろう、脆く繊細なそれ。
だが、彼がそれを振りかぶった瞬間、刃は鮮やかな光輝をまとった。けして太陽を反射したのではない。まばゆい銀色の輝きは確かに剣、それ自体から発せられている。
「やぁぁっ」
どしゅっ
輝きをまとった細剣は、見事に妖獣の身体を切り裂いた。一抱えもある長い蛇のような首が、完全に両断され地に落ちる。
切断面からは、体液ではなく煙が立ち昇った。妖獣は首を失ってもなお、のたうち回るだけの生命力を備えていたが、その傷口から見る見るうちに焼けただれてゆく。すぐに痙攣すらもしなくなった。あとに残ったのは原型も判別し難いくすぶる塊のみ。
その頃にはもう、あたりは妖獣と人が入り乱れる、混戦の場と化していた。
そこかしこで破邪の光が閃き、妖獣の咆哮が大気をつんざく。不意をつかれた妖獣共は、互いに協力する知能も持たず、次々と男達の手にかかっていった。
「取り囲め! 一匹も逃すんじゃないぞ!」
よく通る声が指示を伝える。一同は力強い声でいっせいに気勢を上げた
―― その一帯は、かつて大陸でも、もっとも危険な地域だった。
昼夜を問わず妖獣が跋扈し、あるものは人を喰らい、またあるものは苦心して拓いた田畑を踏みにじった。貴重な水源を毒で汚し、森や山を荒れ地へと変え ―― 幾多の町が、村が全滅に追いやられたことだろう。
妖獣と呼ばれる化け物共が、いったいどんな経緯でこの世に産まれたのかは判らなかった。巷には星から来たなどという、荒唐無稽な説さえ語られている。だが、凶暴でこの世界の生態系をいたずらに乱すその存在は、深く理解などせずとも、受け入れがたいものであることだけは明確だった。そのまま放置されれば、この土地は他の生き物の住めぬ荒野と化していただろう。
だが救いの道は示された。
治める者などいない無法地帯を、一人の男がまとめあげたのだ。生半可なことでは倒せぬ異界の生命力を持った妖獣を、容易に滅する技術をもって。
男の名はエルギリウス=アル・ディア=ウィリアム=フォン・セイヴァン。彼がふるう破邪の剣は、妖獣達を造作なく無へと帰し、その優れた統治能力は、無秩序だった各地の機能を、ひとつの共同体として成立するよう統合、整備した。
国家セイヴァンの誕生である。
それより300年。破邪の技は王家に連綿と伝えられ、選び抜かれた騎士達へと伝授されていった。秘伝の金属で造られた細剣は、王より破邪の力を与えられた騎士の手にあることで、妖獣達を容赦なく滅し去る。人々は神秘の技をもたらした王家とその
命で妖獣を狩る騎士団を崇拝し、最上級の敬意を払った。
セイヴァン王家とその直属の対妖獣騎士団、セフィアール。彼らの庇護の元、いまやこの国は大陸屈指の発展と安定を誇っていた。