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第6回 時代屋の女房 怪談篇   
                村松友視/引用は 「時代屋の女房 怪談篇」 角川書店より
 
 平成16年2月16日掲載

江波 「時代屋の女房・怪談篇」という本を知ってますでしょう?
春岡 ええ、平成十五年の三月に発行された「湖都松江」に巻頭随想を書いておられる作家の村松友視さんの小説……。
江波 私が「湖都松江」の編集に携わっているものですから、春岡さんには原稿を書いてもらいましたね。
春岡 松江の伝説で「かきつばた」のことを書かせてもらいました。西野あかね、というペンネームでしたが。
江波 編集に関わっているからというわけでもないですが、我田引水かもしれないけれども評判のいい文化情報誌です。
春岡 本の値段も安いし、特集がいつも素晴らしいですから、私のようにいつもネタを探している者にとっては非常に参考になります。
江波 この地方の人でも知らないことをかなり載せていますから。発行しても、直ぐに売り切れるという……。
春岡 確かにそうですね。
江波 村松友視という作家は、よく松江に来ているということで、巻頭随想に、初めて松江に来たのは、『時代屋の女房・怪談篇』を書くためだった、とありましたね。
春岡 デビュー作のようなものだとも書かれていましたが、つまり、それは直木賞を受賞した作品が、そうだということで、怪談篇ではないのですね。
江波 そうです。怪談篇で直木賞であれば、出雲はブームになったかも。
 村松友視は、慶応大学を出て、中央公論社に入り、編集者をしていたのですが、昭和五十五年に『私、プロレスの味方です』という作品でデビューし、二年後に『時代屋の女房』で直木賞を受賞しています。『時代屋の女房』というのは、全部で三冊あるのです。
春岡 連作ということになりますね。
江波 最初の本が直木賞で、二冊目がいわば続き、三冊目が『時代屋の女房・怪談篇』なのですね。サブタイトルに怪談篇という言葉付いているわけです。小説としては、やや珍しいシリーズの形ですが、面白いことに直木賞を受賞した『時代屋の女房』は「野性時代」という雑誌の昭和五十七年六月号に載ってます。
春岡 「野性時代」……というと、前回の阿刀田高の『異形の地図』に入っていた短編が全て「野性時代」でした。偶然ということでもないでしょうが、その雑誌の編集者の目の付け所がいいということ?
江波 かもしれませんね。ところで、怪談篇に登場する人物は、安さん、という骨董品店「時代屋」の主人、安さんの妻である真弓、アブサンという猫、クリーニング屋の今井、喫茶店のマスターなどです。

平成16年2月17日掲載

春岡 「湖都松江」の巻頭随想に書いてありましたが、登場人物の設定というのか、いわゆる連作のベースになっているものがあるんですね。
 東京の大井町にある古道具屋の安さんの店に、ある日、ふらりと現れた真弓という女が居着いてしまって……。
江波 そうそう、面白い設定ですよね。
春岡 入籍もせずに、女房気取りで暮らしているけれども、何年かに一度くらい、病いにかかったように姿を消してしまいます。けれども、たいてい一週間くらいで必ず帰ってくる、というのが『時代屋の女房』の縦軸だ、と村松友視は書いてます。
江波 「湖都松江」の第五号で、「廃船とお辞儀」というタイトルで書いてましたね。
春岡 私、実は、その骨董屋を知っているのです。小説の舞台になったところだよ、と友達に教えられて、大井町の骨董屋さんに行ったことがあるのです。
江波 それは、また偶然に。
春岡 ええ、ほこり臭いような黴臭いような、古い匂いが印象的でした。骨董品が所狭しと置いてあるので当たり前ですが。
江波 どの辺りになるんですか。
春岡 大井町は品川区なんですが、大通りから通りを一本はずれるとせまい路地になって、面白いところがあるのです。この骨董屋さんもそんな感じの所でした。
江波 そうですか。小説の舞台を歩いてみるというのは、いいですねえ。
春岡 小説の舞台は当然、出雲ですね。
江波 そうです。舞台は全て出雲、それも松江周辺という、この地方に住んでいる者からすれば、我が町のことが出てくるわけで、非常にそういう点で興味があり、面白いこと間違いなしです。米子空港から始まり、大根島、八束町ですが、それから松江、しかも松江の町の非常に細かいところが描かれ、しかも、実在の人物がモデルとして出てくるという話。
春岡 えっ、そうなんだ、という感じですねえ。
江波 出雲、日御碕というように出雲のほとんが出て来ますから、小説全編が、まさに出雲地方そのものを、これでもか、これでもかという感じで描いてます。ストーリーは、真弓が、出雲の寝かせた紙を探して旅に出たという話ですね。寝かせた紙というのは、昔の古い手紙などの和紙が襖の下張りに使われているからですが、その面白い呼び方に惹かれての旅というわけです。
春岡 真弓は米子空港で飛行機を降りて、松江へ車を走らせるのですが、その途中で異様な光景を見ます。
江波 それが大根島、つまり八束町の海にある廃船なんですね。だから、随想のタイトルも「廃船とお辞儀」……。

平成16年2月18日掲載

春岡 村松友視も、廃船にそそられて小説を書いたというのが、面白いですね。
江波 あれは、誰が見ても凄いですから。
――何艘もの廃船が、躯を斜めにして沈みかけたかたちで横たわっていた。朽ち果てる直前のその姿は、すでに船の原形をとどめてはいない。だが、骨だけになっても魚の骨と分かるように、あきらかにそれは船の断末魔の姿だった。――
春岡 いずれは、それこそ朽ちてしまうでしょうが、八束町の人には悪いけれども残念という感じです。
――沖へ目を投げると、小さな岩で出来た島に松の木が生え、芝居の大道具のように見えていた。水面に映る廃船の輪郭が、小さな波のためによじれ不思議な線となっている。水鳥が水面を飛び交い、道路を行き来する車はかなりのスピードで通り過ぎてゆく。米子空港からタクシーへ乗った真弓は、廃船のあるところまでやって来ると、車を停めてしばらく茫然とながめていた。
(まるで、時代屋みたい)――
江波 きれいな中海に、不気味な船があるというのが、いかにもアンバランスです。
そこへ突然、男が一人現れます。その男と一緒に真弓は出雲を歩き回るということになりますね。
春岡 まず最初は松江。
江波 実在の店が出て来ます。
―― 街へ出てしばらく歩き、「山小舎」という店のたたずまいに惹かれて入ると、二階にも席がある木造りの古いバーで、落ちついた大人っぽい雰囲気が店全体をつつんでいた。カウンターには五、六人の客がいた。――
春岡 松江の大橋北詰から東にある東本町一丁目にありますね。山小舎というバーで、サントリーバーとか。
江波 山小舎は、昭和三十二年にできた店です。私の家の隣でしたから知ってます。春岡 そうですか。で、真弓は廃船の所で出会った男とあちこち行くんですね。
江波 次は美保関です。
――島根半島東部、東西に細長く開けたのが、美保神社のある門前町、美保関だ。その南側には鏡のごとく静かな入江をかかえた美保関港があり、ここは古くから山陰の要港として栄えた。江戸時代には、一日の入出船千隻、遊女百人を数える盛んな町だったという。――
春岡 話が前後しますが、美保関に行っている間に、安さん、クリーニング屋の今井さん、マスターの三人がが真弓を探して出雲にやって来て、玉造温泉の保性館に泊まるんですね。
江波 これも実在の旅館で、玉造温泉の様子など、詳しく書かれています。

平成16年2月19日掲載

春岡 実際の風景もですが、実在する宿とか人物が出てくるというのは、この地方の人に取って垂涎ものの小説でしょう。
江波 そうですねえ。美保関も同じですが。
――男が運転する車は、美保関港へ入ると、波止場を半周したあたりで停まった。男は、車へ真弓を残したまま、「あさひ館」と書いた料理屋らしい店へ入って行った。――
春岡 あさひ館も実在しますか?
江波 「朝日館」が本当なんですが、でも実際の宿と考えていいでしょう。男と真弓は、そこでイカの刺身を食べ、それから岬の先端にある灯台に行きます。この説明とか、町に戻って歩いた石畳の小路などが、しっかり描いてあります。
春岡 まさに全編が出雲という感じ……。
江波 場所を知っている人は、あ、ここは本当に真弓が歩いたのだ、などと思うかも。
――天満宮の前から高架をくぐって寺町へ向うと、すぐに左側に「松本そば」という蕎麦屋があった。松江へ戻って出雲そばを食べようと提案した男は、まっすぐにそこまでやって来た。――
春岡 松江まで帰って来たのですね。
江波 松本蕎麦屋さんは、平成十一年の夏だったか閉店しました。跡継ぎがないということで。
――店へ入ると、客は座敷の方に一組いるだけだった。そこを通り越し、小さな庭の脇へ迫り出したような席へ二人は坐った。「わりご二つ」
 男は、素っ気なくそう注文した。店の中はやや暗く、畳の中央に客が坐るためか、そこだけが窪んだようになっていた。仏壇と物入れが漆塗りで、それが見事に手入れされていて、うす暗い中で重々しい光沢を見せている。――
春岡 先生も、当然、行かれたことがあるでしょう?
江波 昭和五十年代の頃に、よく行きましたよ。全くこの通りで、座敷も普通の民家のようで、いかにも古いという感じでした。百六十年続いていたとか。
春岡 そうなんですか。全国的にも有名だったでしょうに、惜しい店がなくなりましたね。『時代屋の女房』の本を持って蕎麦を食べに行けば、最高の贅沢でしょう。
江波 出雲も松江も、古さ、ということでアピールするんですけどね。
 次は、安さんなどが大社の方まで真弓を探して歩きます。
――美保関から境港大橋を渡り、中海を通って松江へ入り、そのまま宍道湖の南側を出雲へ向った安さん、マスター、今井さんの三人組は、出雲大社へ行く前に阿国の墓へ参ろうと決めたのだった。
「しかし何やなあ、阿国も八十七歳とは、よう生きたもんやな」――

平成16年2月20日掲載

春岡 阿国の墓に行けば、次は出雲大社ですが。
――三人は、観光パンフレットにしたがって、出雲大社を見物した。青銅鳥居、拝殿、
八足門、楼門、本殿、東西十九社、釜社、素鵞社、氏社、神?殿……いずれも圧倒されるほどの壮大さで、安さんにはいまひとつ爪がかからない気がした。だが、今井さんとマスターは、そのいちいちに律義に感心し唸りながら先へ進んだ。だが、木々の繁る山々を背景とした出雲大社の空気が、重くのしかかってくるような迫力をおぼえたのは、安さんも同じだった。――
江波 安さんは、真弓を探しに来ているわけですから、大社への途中で行った来待についても気になります。
――安さんは、宍道湖を右に見て出雲へ向う途中の、「来待」という名の駅を思い浮べた。来るから待つのか、待つから来るのか……この謎かけみたいな駅の名が、安さんの頭に貼りついた。――
春岡 作者はよく調べていますね、感心します。
江波 真弓は日御碕に行っています。要するにすれ違いということですが。
春岡 大社まで来たら、日御碕が出ないといけませんね。
――絵はがきや小冊子、それに民芸品やラムネなど、雑然と列んだみやげ物屋の店先で、イカの干物を焼いているおばさんが、前を通る者にいちいち声をかける。そんなみやげ物屋を通り過ぎて左へまがると、六十メートルほどの高さの灯台があり、下の入口あたりまで女学生の列がつづいていた。――
江波 ページをめくるごとに、出雲のあちこちが出てくるこの小説は、珍しいと思います。何度も言いますが、読んでいて楽しくなるじゃないですか。
春岡 ほんとにそうです。真弓と安さん達の情景が交互に、それが出雲の風景に重なって出てきますから、サービス満点です。
江波 ところで、安さん達は、松江で真弓を探しています。
――小泉八雲の文学碑の前に立っていた女が、どこか真弓に似ているような気がした。昼間から何度もそんな感じをおぼえた瞬間があり、誰を見ても真弓とかさなってしまう自分を苦々しく思い、安さんは「京橋のたもとの珈琲館」と、タクシーの運転手に行先を告げた。――
 真弓は、小泉八雲記念館や旧居に行ってみるのです。ここも詳しいですねえ。
春岡 かなり松江に長い時間居ないと書けないです。八重垣神社とか農協の来待支所とか、まだまだ出雲の情景が出てきますが、最後はどうなるのでしょうか。
江波 それが意外なことに……。

平成16年2月21日掲載

春岡 意外な結末ということですか。
江波 真弓が米子空港から大根島、つまり八束町を通って松江に行く時に、廃船を見てますね。その海で小説は終わるのですが、最初の舞台と最後のそれが連動し、うまく場面設定されてます。
春岡 と言うことは、得体の知れないあの男が関わるわけですね。
――お湯かけ地蔵のところでタクシーを降りると、男はかるく振り向いて、自分の下を指さした。真弓がのぞき込むと、そこには一隻のモーターボートが浮かんでいた。江波 男と真弓は、そのモーターボートに乗り込みます。
――男と真弓を乗せたモーターボートは、お湯かけ地蔵のあたりから、南平台団地方面へ向ってスタートした。そして、岸に近いところを出雲方面へと走りつづけ、斐伊川の河口でいったん停り、ふたたび宍道湖を来待方面へと走り出した。
 来待のあたりへ来ると、男はモーターボートを停め、ボートの中へ仰向けになった。
「出雲の夜空を宍道湖から見上げる……、こいつをもう一回やってみたかったんだ」
 男は、頭のうしろで手を組み、しみじみとした調子で言った。
「こうやってボートの上に寝ころがって、雲の流れを見ていると、このへんが出雲とか雲州とか呼ばれるのが分るような気がしてね」――
春岡 そう言われると確かに……。
江波 そして、しだいに物語は大団円に向かって行きます。廃船のある場所です。
――船の屍が見る見るうちに近づいてきた。その姿は、昼とは打って変って、荒々しい息遣いさえ感じさせていた。夜になると昼の屍が息を吹き返し、己れの世界を謳歌する……これもまた出雲らしい風景かと、真弓はまぢかに迫ったいくつかの廃船をながめていた。――
春岡 男がある事件で追われ、ピストルで撃たれて怪我をしていることを真弓は知るのですね。
江波 真弓はひとりモーターボートを運転して松江に引き返し、医者を連れて来ますが、男は居なくなっていた。少しはしょりましたので分かりにくいですが、実は、男は幽霊だったのです。後で真弓が東京に帰って新聞を見ると、出会う前にその男は死んでいたというのです。
春岡 すごいオチです。で、安さん達に言うのですね。
――「告白するけど、あたし幽霊と浮気してきちゃった」
 謳うごとく言い放った。――
 出雲の風物と人情などがふんだんに出てくるこの小説は非常に面白いですよ。
春岡 もう一度読んでみます。では来週。

時代屋の女房 終わり