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第16回 21世紀の夢号   
                鶴島美智子
                    引用は 「島根の童話」 リブリオ出版より
 
 平成16年4月26日掲載

春岡 かなり前ですが、鶴島美智子さんという方の本に「夕焼けの姉妹」というのがあるということを聞きました。
江波 そうでしたね。何かの時にお話をしたことがありました。
春岡 実は、それで、鶴島さんが書かれたものはないかと思って探したのです。そしたらありました。
江波 何という本ですか?
春岡 「島根の童話」なのです。平成十三年に出たものですが、県別になっているシリーズの一つです。「愛蔵版・県別ふるさと童話館」で、その島根県版です。巻としては三十二ということになっています。
 全部で十七の作品が載せられていて、その内、詩が四つあります。書かれている方は、島根県の方もあり、そうでない作者もあるのですが、この中に、鶴島美智子さんの書かれたものがありました。
江波 探すといろいろな本があるんですね。温泉津出身の難波利三さん、島根女子短大の小泉凡さんも書いておられますね。
春岡 表紙カバーの折り返しのところに、『島根県は日本海に面し、東西に細長い形をしています。東の島根半島沖には隠岐諸島があります。数々の神話や大陸とのかかわりをものがたる歴史が心豊かなひびきを伝えるかと思えば、たたら製鉄の技術や銀の産地でも有名で、県内は宝物だらけです。もちろん、子どもたちにはシジミとりも、むずかしい筒描きも、一本のマツムシソウも、かけがえのない人生の宝になります。――さあ、島根の話をはじめましょう。』と書かれています。
江波 いい言葉ですね。最後の一行がなんとも言えないほどいいです。子ども達に、というよりも大人にも読んで欲しいという思いが溢れていますね。
 鶴島さんについては、少し前ですが、島根日日新聞に記事が載っていましたね。平成十四年の九月でした。「青藍」のページに……。
 作家を志された動機についても書いてありました。松江高校時代に、出雲市におられる桑原文次郎先生とか、松江の兼折博先生に国語の力を引き出してもらったこと、東京時代に児童文学創作のための専門学校に通ったことなどが、きっかけだったと語っておられました。
 鶴島さんは、松江の出身なんですね。東京の大学に勤めておられたけれども、現在は主に松江にお住まいです。
春岡 やはり専門の塾とか学校に行かないといけないのでしょうか。
江波 それはないでしょう。勤めながら書いておられたようですが、でも、二足のわらじというのは大変で、その時にも書きたいと思っていたけれども、手がつけられなかった。その後、比較的時間が取れる持ち場に移ったので、専門学校に通うようになったということでした。

平成16年4月27日掲載

春岡 「21世紀の夢号」は、原稿用紙にして二十枚ちょっとの作品ですから割に短い方ですね。
――夏休みが始まった日の朝、同級生の祥平と誠が、自転車を連ねて祐介の家へきた。ふたりとも、やけに興奮していて口ぐちにいった。
「祐介、自転車で宍道湖一周せんか?」 「小学校最後の夏休みだけんの」
 いいだしっぺは祥平らしく、
「なあ、やらや。来年は中学だけん、進学の補習やなんかで、できへんで」
と、手の甲で鼻の下をこすりながらいった。祥平の、熱中したときのくせである。
「佐陀から平田へ廻るコースで、平田・簸川・宍道・玉湯の町を制覇できるで。えーと……」
と誠が、大きな目で空をにらんで指をおると、
「どのくらい時間がかかるかなぁ。えーと、宍道湖の周囲は、ざっと五十キロだけん……」
と、祐介も左手で頭のうしろを押えながら考えた。祐介の髪はかたくて、寝ぐせがつくと、鶏のとさかのように髪が立ってしまう。――
江波 出雲弁で会話が書かれていて、この地方に住んでいる者にとっては親しみが持てますね。
春岡 さりげなく、宍道湖の周囲の距離や町の名も出て来て、他の地方の人が読んでもよく分かるでしょう。
――「ざっと、六時間はかかるよ」
と、誠が慎重にうなずく。
「な、な、斐川町へ着いたら、荒神谷遺跡を見学せんか。そいから、玉造で温泉に入ったりよ」――
江波 ところが、祐介は自分の自転車を持っていないのですね。いつもおじいさんの自転車、それも錆びてタイヤもすり減っているのを使わせてもらっているので、祐介は、こりゃだめだと思うわけです。
春岡 男の子なら、この年齢になると自転車のいいのが欲しいでしょうね。
――ここ浜佐陀をでると、平田へ着くまでに、起伏の多い坂道がいくつもある。タイヤのすり減った古い自転車では、坂道を越えられないことが、祐介には経験でわかっていた。頼みの綱は、おじいさんが近所の自転車屋に、いまのよりはもうちょつとましな、中古の出物を頼みこんでいることである。――
江波 祐介は松江の浜佐陀に住んでいますが、確かに、あの辺りには自転車屋さんがありますよ。
春岡 あ、そうですね。あの自転車屋なのかなあなどと思って……。

平成16年4月28日掲載

江波 祐介は弟の克哉と、おじいさんのところに住んでいます。父が交通事故で亡くなったので、スーパーに勤めている母と三人暮らしです。だから、そう簡単に母に買ってもらうわけにはいかないのです。
春岡 おじいさんは、祐介が懸命に頼むので、じゃあ様子を見て、ということを言うのですね。
――「ま、自転車は、働きをみてからのことだわ」
というおじいさんの返事をもらうと、祐介はほっとして小屋をでた。
 その足で、祐介は、近くの自転車屋へ向かって走った。自転車屋の店先に並んだ新車の中に、祐介が前から目をつけているマウンテンバイクがある。それは、サドルが濃い紫色で、全体がしぶく黒光りしているやつだ。――
春岡 舞台になっている浜佐陀は、松江湖北芸術文化村があるところで、ティファニー美術館もありますね。
江波 古江という地区なのですが、浜佐陀には天倫寺があって、その灘には漁をする船や書かれているように、桟橋も作られています。
――毎朝、早めにご飯を食べると、祐介は堤防の上へ立って、嫁ヶ島の近くの漁場にいるおじいさんの、舟の動きを見守った。
 祐介は遠目がきいて、浜佐陀へきてからの特技になったのだが、たくさんの舟の中からおじいさんの舟を見分けることができた。
 おじいさんが、シジミかきのじょれん(鉄かごに柄のついたもの)を置いて、引きあげてくるのがわかると、祐介は堤防をかけおりて、お母さんに知らせた。
「お母さん、おじじが帰ってきなあで」
 それから、お母さんとふたりで桟橋へおりて、おじいさんの舟をむかえた。――
春岡 蜆漁をしているのは、湖北では浜佐陀から秋鹿の辺りにかけての漁師さんですから、作者は取材をされたのでしょうね。
江波 作業も細かく書かれています。
――おじいさんは、桟橋の上においた木製の選別機のモーターのスイッチを入れ、木箱のシジミ貝を移してふるいにかけた。小さいシジミ貝が下へ落ち、つぎのベルトで中くらいのが落ち、大きいのが最後に残るしくみだ。
 三つに選別された木箱のシジミ貝を、舟からあがったお母さんが、湖の水をモーターで汲みあげて洗うと、そこから祐介の出番になった。
 祐介は、洗ったシジミ貝の入った箱をゆすって、石ころや木のくずや、空の貝や死貝をとりのぞいていく。死貝は、ゆするとパカッと口を開くのでわかった。――

平成16年4月29日掲載

江波 浜佐陀と言えば、宍道湖で漁をしている人が多いのですよ。
――おじいさんは、宍道湖の漁師で、朝はシジミをかき、夜は網で魚をとっている。
 ふたりの目配せを受けて、祐介は思いきって声をかけた。
「おじじ、自転車を買いかえるなら、こぎゃん新式のにしてもらえんかね」
 おじいさんは、祥平のマウンテンバイクと、誠の五段ギアの自転車をちらとみて、
「おらには、はいからな自転車はいらんけん」
と、そっけなくいった。それから、
「おまえら、休みだからといってふらふらしちょらんと、ちったぁ役にたつことをした」
と、説教をたれると、すたすたと、自分の住居にしている家の後の小屋のほうへと消えた。
 白いシャツとカーキ色のズボン姿の、おじいさんの白髪頭を見送って、祥平がいった。
「役にたつことって、なんのことだや」
「うーん、シンポの人集めのことかいの」
と、祐介は、首をひねって考えた。――
春岡 シンポというのは、中海干拓のことに関連したシンポジウムのことなのですね。もっとも、干拓は中止になりましたけれども、宍道湖が淡水化されると、漁のあり方が変わるから大問題だったわけで。
江波 こういう内容を入れることで、子ども達に環境のことも考えさせたいということなのでしょうか。
――ふたりが帰ったあと、祐介は、家の前の堤防をあがり、桟橋へおりた。なにかあるときは、いつもこの桟橋の上に足がむいてしまう。
 朝の漁を終えたどの家の桟橋も、きれいに片づいていて人影がない。前の防波堤の上に漁のあといつもやってくるサギが、いまも一羽ぽつんと立っていて、宍道湖のほうをみていた。――
春岡 こんな風景は、宍道湖でよく見掛けます。やはり地元の作者ならではということなのですね。
――だが、そのとき、ふいに名案がひらめいた。祐介は、勢いよく堤防をかけあがると、おじいさんを.探して走った。おじいさんは、小屋の中で夜釣りの網をつくろっていた。
 祐介は、小屋にかけこむと一気にいった。
「おじじ、あしたから漁の手伝いするけん、新しい自転車を買ってもらえんだらか」
「なんで、そげん、新車にこだわってや」
「宍道湖一周したいけん。馬力がないと……」
 そういうと、祐介は、じっとおじいさんをみつめて、つっ立っていた。――

平成16年4月30日掲載

春岡 作業のことは詳しく知りませんでしたが、簡潔に書かれていてよく分かります。
――選別したシジミ貝は、網の袋に入れ、計りにのせて、十キロ五百グラムの袋をつくっていく。五百グラムは、殻や石ころが入っている場合を考えてのおまけであった。九時には、仲買人の小型トラックが廻って回収していくので、この作業は手早く片づけなくてはならなかった。
 祐介が貝の袋を計りにかけ、家の番号札を入れて渡す準備をしているあいだに、お母さんはモーターで汲みあげた水で、木箱を洗った。――
江波 端数の出る重さで袋が作られているというのも、実は私も初めて知ったのですが、こういうところが取材をしないと、あるいはもともとよく知っている人でないと書けませんね。
春岡 そうですね。曖昧な知識では書けません。
――シジミ貝の袋は、毎朝だいたい十袋できた。漁協との申しあわせの量だから、おじいさんの腕はたいしたものだ。
江波 そんなに取れるものなんですかね。それこそ宍道湖を目の前にして住んでいながら知りませんでした。
――「あんちゃん、いいてご(手伝い)ができるねぇ」
「じいちゃんも、いい後継ぎができたなぁ」
と、おじさんまで調子を合わせると、祐介はいつも返事に困った。祐介は手伝いをしているだけで、漁師になる気はなかったからだ。
 おじいさんは、いつも、舟の上に仁王立ちになって帰ってきた。祐介は、ロープを受けて杭にかけると、逃げるように堤防にかけあがった。――
春岡 おじいさんの仕事を継いで漁師にしてやりたいと思いますけど。
江波 祐介は、「やだで、おれは漁師にはならんで。」と言ってますよ。作者は、どうするのでしょうか。
――盆まえに、祥平たちがようすをききにやってきた。なんとかするといったてまえ、祐介も内心あせっていた。盆が終われば、夏休みも終わったようなものだからである。――
春岡 あ、これ確かにそうですね。盆が過ぎると本当に夏休みは早く終わる感じですから。
――祐介は、ふたりを連れて、おじいさんの小屋をのぞいた。小屋には、いつも話をしにくる漁協のおじさんがきていた。加勢してくれる人がいるのをあてにして、祐介はいった。
「おじじ、おれの稼ぎは、いまどのくらいだらか」
 おじいさんは、アハハと高笑いをして、祐介たちをじろりとみた。――