冬 の 旅(抜粋)
上野発新幹線やまびこ三号が仙台駅十四番線に到着したのは、予定時刻ちょうどの午前十時
二十一分であった。新幹線コンコースを抜け、自由通路へ出る。
島根県松江を夜行で出発し、疲れていた私を目覚めさせてくれたのは、三月下旬の明るい太陽
と透明な空気、林立する高層ビル群、鮮やかな赤や青の虫のように走り回る無数のタクシーであ
った。東北仙台は大都会であったのだ。
東京から北には一度も足を踏み入れたことのなかった私にとって、東北のイメージは、吹雪、雨、
灰色の陰鬱なぶ厚い空などで形づくられたものでしかなかったのである。
そのイメージを見事にひっくり返してくれたのは、吸い込まれそうに遠く明るい空、駅前から青葉
山に向かって真っすぐ延びる幅の広い街路樹の道であった。華やいだ世界が待ち構えているとい
う思いが一瞬頭の中を横切った。
山寺立石寺は市街地から北東へ十四キロ、山形市の鬼門にあたる宝珠山の山腹にあり、一般
には山寺と呼ばれる東北の名刹である。
仙山線山寺駅前に車を置き、奥の院までの参道を二人で歩いた。参道のわきには、板碑、石碑
や句碑が立ち並んでいる。参道を進むにつれて、苔むした岩や、鬱蒼とした自然林の中に根本中
堂など大小の堂宇が姿を見せる。「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」で有名な芭蕉の句碑は、中堂
の左脇にあった。
雨はすでに降り止んでいた。
「静かだなあ、私こういうとこ好き」
「一度どっか北の方にでも行ってみようか」
「……うん」
美也子がそっと肩を寄せて腕をからめてきた。フィジー の香りとペンダントはなかった。
天童を通って国道四十八号に入ると仙台に向かう。
九月になると日の暮れるのも早く、木町通りには昼の 雨に濡れたネオンが輝いていた。
明るい大通りであったが、夕暮れのせいか寂しさの影 があった。
「私、今日は帰らない……」
「……」
「ひとり暮らしだから、何も無いじゃん」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、美也子は私を車の中で待たせると、駅前のスーパー
に駆け込んだ。
予想はしていたが、その夜の美也子は初めてではなかった。