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  夢みる時間
                                   田井 幸子
                                                                          島根日日新聞 平成17年8月10日付け掲載

 ああ、今日も残業だった。
 とっくに八時を過ぎているのに、一階フロアにまだ二十人はいる。お先に失礼します、というのも憚られるような雰囲気であったが、私の仕事は一段落した。着替えのため、女子休養室へと急いだ。
 子供の声がする。引戸を開けると、三人の小さい男の子がテレビを観ているところだった。年格好から、すぐに同僚の雪江さんの子供たちと察しが付いた。寝そべったり、足を投げ出したり、めいめい気ままななりで私にはおかまいなしだ。
 私は買っておいた今日の買い物を、冷蔵庫から出したかった。前をごめんね、と断ってテレビの前を横切った。袋の中には、ちょうど三個入りのドーナツが入っている。
「食べる?」と聞くと、嬉しそうな顔が一斉に私に向いた。
 雪江さんは一旦、保育園に迎えに行き、ご主人も残業のときは子供をここで待たせて仕事に戻っているらしい。
 ――この子たちの夕食は、一体、何時になるのだろう――
 勝手におやつをあげたことで雪江さんの気を損なわないかと、出すぎたまねを反省しながら帰路についた。
 私にもあった。母を待った長い時間が。
 今から四十年も前のことだ。当時、母は、内職をしたり、少なくなった助産婦としての仕事をしながら、私をひとりで育てていた。
 それが、ある日、近くの医院に請われ、看護婦として勤めることになった。私が小学校に入り、三年目の時だったと思う。
 そこはちょうど、家から学校へ通う途中、半分くらいのところにあった。畳敷きの小さい待合室は、病院というよりは顔馴染みの人たちが集まる憩いの場といった感じがした。
 看護婦さんも母以外は若い人ばかりで、親しめた。中には准看護婦を目指して下宿している、中学を終えたばかりの姉のような人もいた。
 どうせ家に帰っても私ひとりだ。おとなしくしていさえすれば、誰も文句を言う人はいなかった。ここで、私は母の帰りをずっと待っていたのである。
 あの時、私は何を考え、どんなことを思って待っていたのだろう。働く母を好きだったか。母との帰り道は楽しかったか。待ちわびるという気持ちはあったのか。
 目を閉じると、日暮れてトボトボと家路につく二人の姿が浮かぶ。心は弾んだ様子には見えない。家にテレビはなかった。ご飯は冷えている。ラジオを聞きながら、ぼそぼそと遅い食事を終える。
 母は、患者さんから貰ったリンゴを切り分ける。いつものように、消毒薬の匂いがした。母のそれだった。
 することがないので、早めに寝る。狭い部屋に二つの布団を並べていると、何となく息苦しくなる。話すことがなかったわけではなかろうに、覚えているのは喧嘩したことばかりだ。止める人がいないというのは、やっかいなことだ。見られないように泣いた。
 私には夢があった。
 鉄筋コンクリートの白いアパートに引っ越すこと。
 石油ストーブを買ってもらうこと。
 お正月には、家族そろって、トランプやカルタで遊ぶこと。
 夏の夜は、庭で大きな花火をすること。
 クリスマスには、丸く大きなクリスマスケーキにナイフを入れること。
 最初の二つは、母に言ってみたことがある。即座に「だめ」と言われ、黙るしかなかった。あとの三つは、鏡に写った自分にだけいつも語りかけていた。
 団欒にはほど遠いこの借家の一室で、中学二年になるまで過ごした。
 一度だけ、たった一度だけ、いくら待っても母が帰って来ないことがあった。インフルエンザが流行った時など、医院に出入りすることを止められていたので、この日も多分家に居るよう言われていたのだろう。
 七時すぎには帰るはずが、いつまで経っても帰らない。表に自転車の音を聞くたび、今度こそと思うのだけれど、すでに八時。医院まで行ってみるとか、祖母に電話するとかの方法はあっただろうに、ただ、ただ待っていた。
 五分、十分と過ぎていく。不安な気持ちを抱えたまま、表をのぞいてみる。
 ――お母さんは、私をきらいになったのだろうか――
 二十分、三十分……。とうとう私は耐えきれなくなった。近所の家をたずね歩くのは恥ずかしかったけれど、母の行きそうなところを一軒、また一軒と回った。(小さな子供に心配させて)と思われないよう、できるだけ何でもないような顔をつくって。
 三軒目か四軒目だったと思う。無駄だと思いながら行った家の中から、母の高笑いが聞こえてきた。いや、庭先に置かれた自転車を目にしたのが先だったかもしれない。
 次の瞬間、私の両眼からは耐えていたものが一気に噴出した。
 母は笑っていた。
「バカだねぇ」
 そんなことを言いながら、それでも手をしっかりと握ってくれた。
 バカと言われようが笑われようが、待ってなさい、と言われたら子供は待つしかないじゃない、大人になった私は思う。少なくとも、その頃の私は信じて待つこと以外、何も思いつかなかった。
 待っている時間、ひたすら夢を見ていたように思う。
 ――早く大人になりたい――

 今、私は孫がいてもおかしくない歳になった。家族も七人に増えた。もう何も要らないと思える程、たくさんの物に囲まれている。
 休養室の子供たちを見ていると、幼い日の自分と重なり、心からいとおしく思えてくる。
 もしかしたら、もう一度、夢を見ることを望んでいるからかもしれない。

◇作品を読んで

 人は誰でも、生きてきた人生のあの時を、あるいは自分の人生に大きな影響を及ぼした人のことなどを、書くことによって永遠に残しておきたいと思う。
 また、心の中に湧き上がった気持ちや考えを文章で表現したいと思う。
 作品は、仕事先で見た同僚の子ども達から、かつての幼かった自分を思い出し、たどった心の軌跡を鮮やかに、語りかけるように書かれている。それは、作者の心の中に今も眠っている記憶であり回想でもある。そして、それは書くことによって人生の物語となって生まれ変わる。
 頭の中に漠然とした、まとまらない思いが浮かんだ時、それは文字にして書き綴ることによって形となって見えてくる。書きながら、忘れていたことを思い出すこともある。
 この作品から、そんなことを思わせられた。