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  詐 欺 師
                                   曽田 依世
                                                                          島根日日新聞 平成17年10月20日付け掲載

 電話のボタンを押した。
 間違えないようにと思いながら、実家の電話番号をプッシュする。母親が電話に出た時にはお母さん、おはよう≠ニ言うのだが、今日は、運良く? 父親が出た。
「おれ、俺」
 私は話し出す。
「こちらでは、俺、オレ≠ニ、自分の名前を名乗らないような、品のない娘は育てておりませんでしたが……」
 その後、無言が続く。
「私ですが」
 切り込む。
「私の前に、何か言葉を添えてください」
 すかさず返って来た。
「面倒くさいので省きます……」
「詐欺師の依世さんでしょうか?」
 電話の向こうの父親が答えた。
 私は、詐欺師の娘になってしまったようである。
「今日は、何の用事だ?」
 父親が聞いた。
「お母さんは?」
「今、代わるけんな」
 ここからが長くなるのだ。母親はなかなか電話に出て来ないのである。直ぐにお母さんに代わると言いながら、電話だとは伝えていない。
 待っている間、私の電話代はどんどん上がっていくという仕組みになる。
 詐欺師は私ではない。父親である。
 電話を切って、もう一度、掛け直す。
「はい」
 母親が出た。
「お母さん、何してたの。早く電話に出てよ」
「お父さん、詐欺師の娘から電話ですよ」
 違うのだ。母親に用事がある。
「お母さんが、なかなか電話に出てくれないから、今、掛け直したところです。用事はお母さんにあるから、このままで話を聞いてね……」
「詐欺師の娘が何の用なの。ごちゃごちゃ言っていないで、用件だけを言いなさい」
 落語の寿限無≠聞いている気分になってきた。
 母親の後ろで、「要するに、依世は暇なんだがや」と間延びした父親の声が聞こえた。
(私は、暇ではありません)
 言おうとした途端に、用件を忘れた。
 母親も歳を取ったが、私も同様である。どうやらご機嫌伺いの電話を掛けたかったのだと、思い出した。
「私、マッサージ器を買ったのだけれど」
「按摩機……。お母さんは、いらんよ」
 言うが早いか、母親は電話を切ってしまった。まだ、言いたいことがあるのだけれども……。
「詐欺師は、一体どっちなのよ」
 呟きながら、私は電話機を睨んだ。

◇作品を読んで

 ショートショートいうジャンルがある。短編小説よりも短く、切れ味のよいオチがついたショートショート・ストーリー、つまりは「超」という字が付く「短い小説」のことで、軽妙なタッチや新鮮なアイディアと素材を身上とする。短編小説は設定や構成をきちんと立て、登場人物もそれなりに描かなくてはいけない。
 この作品からは、原稿用紙約三枚に集約された数分間の電話のやりとりが、小気味よく伝わってくる。無駄な言葉がまるでない。計算された短文の積み重ねが、的確に配置されている。説明不足という部分があるとすれば、それは読み手の想像にまかせられている。なぜなら、状況を推測、もしくは誘発するフレーズが、意図的に散りばめられているからである。
 書き手の名前と登場人物が同じだが、ある種のミステリーで時々見かける手法である。