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  一文字違いで……
                        森 マコ  
                                                                                     平成18年8月24日付け島根日日新聞掲載修正分
         ※新聞掲載作品を推敲して修正したもの

 父は娘によく似た性格で、きわめて個性的です。
 とてもあわてん坊の父親なのに、そう見えないのが不思議です。年寄りだからです。年を積み重ねると、貫禄がつくというか、落ち着いた人に見えるからです。
 父は、私が言うのもどうかと思いますが、スタイル良く、顔はある有名な映画俳優に似ています。自分でもそう思っているようです。
「お父さん、映画俳優みたいだねえ」
「ワシもそう思っている」
「おいおい、自惚れてはいけませんよ。私の話を最後まで、聞いてね」
 私と父の関わりは、たいがい、そんな会話で成り立っています。
 ただし、私の言う映画俳優とは(いかりや長介)のことです。
 あまりにも計画性の無い私の行為にあきれたり、激怒したりしていた父ですが、この頃は、私を叱りません。私が、人間的に成長したからでしょうか。そうだと良いのですが……自分とそっくりの娘に、匙をなげたのです。それとも、鏡をみているようで、怖かったのかもしれません。 
 父は、三回脳梗塞で入院しました。
 四回目の発作があったら、もう死ぬしかないと医者に言われています。
 最近では、まだこの世とお別れしたくないらしく、健康的な毎日を心がけて暮らしているようです。お酒を飲まなくなったことが、その証明のひとつです。
 その上に、嬉しいというべきなのかどうなのか。困ったことに、健康に関わるテレビ番組を見ては、真似の出来ることは全てやりたいと言うのです。
 たとえば、朝起きたら、布団の中で、ラジオ体操をしたり、納豆を毎日食べたり、などなど……。そんな話を父から聴くと、笑ってしまいます。
「ラジオ体操は、広い場所でするから効果があるものなのよ」
 なだめようとすると、
「依世ちゃん、長生きの秘訣はねえ」
 などと、無理やりの蘊蓄を垂れます。そして、ついに無理の無い、自分の健康法を編み出したようです。
「たまに、お酒が飲みたいとか……そんな事を考えることはない?」
「全然、まったく」
 ある日電話がかかってきました。何としたことか、突然に健康オタクになってしまったのです。
「今日の新聞広告――見たか?」
「見てないよ、なにかおもしろいことが載ってたの?」
「Sという健康雑誌を買ってきてくれんか」
「何……が書いてあるの」
「股こすり健康法という見出しが載っていた」
「股をこすって、健康を維持できるの」
 何だか、怪しげな広告です。股をこすって……でも年寄りには、良いかもしれないと思ったので、早速本屋に走ったのです。
 Sという健康雑誌を買って、父親のところに持って行きました。
 本屋では、本の名前だけを言い、袋に入れてもらったので、ゆっくりと表紙を見ている暇はありませんでした。
「お父さん、股間こすりで、健康になるなんて、一体どんな健康方法なのよ。私にもちょっと、本を見せて」
「おお、良いぞ、見れ見れ」
 自分が読むよりも先に本を見せてくれるなんて、やっぱり私の大事なお父さんね……。
 興味でワクワクでした。袋から、出したのです。S誌を……。
 見出しには、こう書かれてありました。
股関節こすりで美脚、美尻に大変身
 股間こすりと股関節こすりは――場所が違うんじゃない。さすが、私の父だと、驚きました。

◇作品を読んで

 たった一文字の違いだが、「使わない」と「使えない」は、別物である。「往生」に「大」が付くと、ある場合にめでたい方の話になる。漢字で書けば間違いはないだろうが、「しつけ」と「おしつけ」、「はけ」と「はげ」なども、全く別のことになる。
 この作品は、一字の違いで意味が全く変わってくるという日本語の特質を題材にした。
 Sという健康雑誌を調べてみると、股関節こすり≠フ話が少し前の号にあった。作者は、それをうまく利用した。日常には、こうした取るに足らないというのか、何気なく見過ごしてしまう出来事はいくらでもある。目に触れた何かをそれだけで終わらせず、そこから、もうひとつの世界を創り上げる。それは、題材が生まれ変わったということである。