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  二つの出来事
                           天従勝己                   
                                                                                   平成19年7月4日付け 島根日日新聞掲載

 インコースからの出発(スタート)であった。時刻は十時十分。ハーフ休憩二十分くらいを除いても、最終の9番ホールのティーグランドに立っていたのは午後五時過ぎだった。

 ある新聞社主催のゴルフ選手権大会である。朝から三人で同行競技(ラウンド)をしていた。
 前半をボギーペースで終了。アウトコースも8番ホールまで九つオーバーである。ハーフ休憩の間に、数人の競技委員におおよその通過分岐点を尋ねると、九十点を一点でもクリアすれば大丈夫でしょうという話だった。
 松江C・CのK氏は、予選通過間違いなしであった。前半6オーバーだからである。もう一人の大社C・CのR氏は、途中、余計に打ったこともあり、もう諦めの様子だった。

 私のティーショットは、自分でも納得できる程に完璧だった。次打、つまりセカンドショットはもちろん三番手である。残り、ピンまでの距離は一三五ヤード。9番アイアンで打った。ところが、残念なことにミスショットである。グリーンの左側の端(カラー)から二十センチくらいで球が止まった。旗竿(ピン)はやや右よりで下りのライン。いつもはピッチングを使ってピンの近くに寄せるのが私の手法である。だが、この時に限って判断が悪かった。パターを使った結果、幅二十センチの少し短めに刈られた芝草(ラフ)に球が弱められた。球はピンに近づかず、右の方向一・二メートル程のところに流れるように転がって止まった。一・二メートルの上がりで球一ヶ分、左に曲がるフックライン。
 これを一回でカップインしたら、待望の九十点だ。緊張感を静めるのに必死だった。強めに打ったが、カップの右を無情にも真っ直ぐに通り過ぎてしまった。結局、そのホールは終わってみれば六点だ。九十二点。
 振り返って内容を分析してみると、3パットの四つが致命傷だった。八回目の県選手権予選だが、今年も通過ならずである。
 先輩の話によると、六十五歳くらいまでは飛距離はあまり落ちないという。あと、三回程、挑戦の気持ちだけは持ったほうが、心身両面に健康であろうと思う。
 予選落ちしたことが結果的によかったと納得しながら、旭インターチェンジ入口から江津方面に向かってハンドルを握った。
 一般道と違い、有料道路は路面がよい。それに安全である。それでも多伎町あたりに辿り着いたのは午後七時半頃で、まわりは暗くなっていた。
 途中にいい温泉があるのを思い出した。久し振りに、いつもと違う場所もいいだろう。一般駐車場は一台も停めるスペースがない。道路の反対側には幾分の空きスペースが見えたが、横着をして身障者用のスペースに愛車を停めた。
 空腹だったので、急いで入浴を済ませ、出入り口の所まで来た。すると館内放送で、愛車のプレート番号が呼ばれた。「島根三〇〇の××××でお越しのお客様、受付までおいで下さい」。「私です」。職員の直前で答えた。男性職員が赤い筒型の懐中電灯を手に、「実はあちらに腰掛けているお客様が、あなたの車に少し当てたようですので確認して頂けませんか?」と言われる。
 外は暗かった。愛車の後ろのバンパーには泥が乾燥した状態で付いていた。よく見ると、微かだが縦に五センチくらいの引っ掻いたような傷跡があった。私は、「今日は暗くてよく見えないので、明朝、確認して電話します」と返事をした。
 相手は運転免許証を受付の職員に差し出し、自宅の電話番号も伝えていた。免許証に書かれた生年月日をちらっと覗いた。10年≠ニいう数字が見えた。七十二歳かと思った。職員が、大正十年ですよと私に言う。
 昭和に換算すれば八十二年だから、プラス五歳か、道理で私の話すのが聞こえない手振りをしていたなと思った。
 バンパーの僅かな傷だし、新車でもない。相手も意図的ではないのだから、許してあげよう。あのくらいの傷であれば、まわりは暗いし、誰も見ていなかったのだから知らんふりをしていれば分からないだろう。そう考える人もいる。相手が若い人であったら、当てたことを言わなかっただろうと思った。
 善意の気持ちを持った年配の人々が、都会よりも沢山住んでいるのが出雲なのである。

◇作品を読んで

 これまでに書かれた作品に、時折だがゴルフが登場する。五月の連休が終わったある日、作者は趣味のゴルフに行った。
 最初の原稿書き出しに、「インコースからの出発であった。」とあるが、たとえば、「ある日の思い出である。」と書くよりも、いきなり本題に入るほうが、読み手をその情景に強く引き込むことになる。
 ゴルフ大会では、かなりな苦戦を強いられた。その後、温泉好きの作者は寄り道をして、愛車を傷付けられるというハプニングに出会う。だが、相手の善意とさほどの傷でもないので、取り立てて問題にはしなかった。
 二つの出来事は明暗とでもいうべきものだが、作者は作品としてうまく結び付けようとしたのである。