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   夏休み、終わってみれば
                         田井 幸子                   
                                                                                   平成19年8月23日付け 島根日日新聞掲載

 会社も労働組合も、口をそろえて五日間の連続休暇取得を唱える。ならばありがたく頂戴しようと、真っ先に取った、取った。
 前後の土、日を加えると九日連休だ。どこにも出かける予定はない。だらだら、ぐだぐだ、引きこもってみようか。冷房のほどよく効いた静かな部屋で、一日中本が読めたらいいのに。ささやかな希望だった。

 一日目、月曜日。中国地方は、ようやく梅雨が明けた。
家人の弁当作りのために通常通り、五時半起き。しかたないか。この暑さの中、仕事に出かけるのだから、私だけ寝坊するわけにもゆくまい。夏休みの始まった末娘でさえ補習授業のため、学校へ行かねばならない。
「午後二時半、二者面談を忘れないでよ。行ってきます」
 娘は自転車で、出かけた。そうだった。去年は忘れて遅刻してしまった。メモ用紙に大きく二時半と書いた。
 午前中は掃除、買い物、お昼の支度で、ぐだぐだの間もなく終わった。面談が気になり、昼寝もできない。
 教室へは少し早めに着いた。開け放たれた扉の向こうから話し声は聞こえず、がさごそと音がする。入っていいやら悪いやら。と、二時半ぴたりにご案内があった。先生は中で掃除をしていらっしゃったようだ。大きな黒板ふきが仕事を終えた顔をしている。
 面談はしごくあっさりしたもので、成績と学習態度、夏休みの注意事項等を伺い五分で終わった。特に問題がないということか。やれやれ。廊下に次の面談者の姿はなかった。

 二日目、火曜日。朝から暑い。
 布団を干す。家中の掃除が終わると汗だくだくだ。ついつい冷たいものをたくさん飲んでしまった。お腹が痛い。三時に、娘の美容院を予約してある。待ってる間に期日前投票をするだの、自動車の六ヶ月点検に行くだのと計画していたのだけれど……。どうにかお昼すぎには、腹痛も治った。おかげで市役所にも行けたし、図書館で本の借り換えもできた。夜はゆっくり読書といこう。
 しかし、そうはいかなかった。釣りにでかけた夫がめずらしく魚を持ち帰り、九時ごろまで魚と格闘する羽目になった。

 三日目、水曜日。真夏日が続きそう。
 ありがたいことに、給料日である。それに、ひとり暮らしをしている長女の誕生日でもある。二十四年前の今日も、こんな暑い日だったとしみじみ思い出す。メールでもしておこう。
 朝、一番に銀行へ行った。帰りにお中元の手配もしておいた。それにしても家の用事は、どうしてこうも多いのだろう。リフレッシュ休暇なのに休めない。今夜は高校の地区別懇談会がある。借りてきた本の一冊、半分も読めてない。

 四日目、木曜日。あさがおが咲いた。
「ほいほい月曜、まだまだ火曜、すいすい水曜、やっと木曜、ついに金曜」
 昔、ラジオで、サラリーマンの心情をこんな言葉で表していたのを聞いたことがある。木曜日はまさに〈やっと〉という気がする。専業主婦四日目にしてようやく余裕ができた。
 娘に頼まれた買い物をしてから、ふっと宝くじでも買ってみようかという気になった。気の短いわたしには、スクラッチが一番。千円分で五枚買った。
「お客さん、今日はロト6の日ですよ。いかがですか?」
 勧められ、一枚を機械に選んでもらった。今夜、携帯で当たりをチェックすることもできるが、楽しみは明日の朝までとっておこう。とりあえず、スクラッチを削ってみる。千円が一枚と二百円が一枚出た。買った金額が戻ったことになる。
 明日の朝を夢見て、早めに寝た。

 五日目、金曜。朝焼けがきれい。
 新聞は、四時に来た。ああ、残念。本数字が二個当たっているのみ。しかし、体はすこぶる元気だ。主婦業に慣れたせいだろうか。これなら障子が貼れそうだ。
 掃除、炊事の片付けを終え、さっそく取り掛かる。午前中には終わらなかった。それでもどうにか夕飯の支度までには格好がついた。よく見れば裏は不細工であるが、やっぱり白さが気持ちまで明るくしてくれる。
 シルバーセンターへ頼まず、自分でできたことに満足だ。何かご褒美をあげたい気分。
 大好きなチョコレートをたくさん食べる。
 そろそろ会社モードに切り替えよう。宿題を持って帰っていたのに、何も手付かずだ。あと二日あれば何とかなるだろうと、心はいたって軽い。

 こうして私の夏休みは終わった。だらだら、ぐだぐだしていたつもりはないが、なにげなくさわった背中の肉が……。この一週間を物語るように、しっかりと抓めるようになっていた。

◇作品を読んで

夏休みとは、学校に行く子ども達だけの専用言葉ではなくなった。
 作者は、この夏、訪れた九連休に期待を持った。本を読もう、あれもしよう、これもしようと思いは広がった。だが、山場の木曜に思い出した昔の何かの言葉のように、夏休みは、あっという間に過ぎ去る。
 連休の成果は、豊かになった背中の肉だったという結末に、読み手は自分を振り返ってふっと笑う。
 日記という形式ではあるが、事実か虚構かの詮索はともかく、連休物語である。
 子ども達の夏休みは、残りちょうど十日になった。宿題に追われる家庭の風景が、この作品の延長線上にある。