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   李津子との夜
                         江夏 次郎                   
                                                                                   平成19年10月11日付け 島根日日新聞掲載

 リーちゃんと呼んでいた、小学校の同級生、李津子に再会したのは出雲市の駅前ホテルで開かれた同窓会だった。
 数年に一度の割りで開かれているが、李津子が参加したのは始めてだ。最後に会ったのは高校を卒業した春だから、もう二十年になる。 
 私立の出雲商業高校を出るとすぐに同級生と結婚して、横浜に行ったということを聞いていた。
「あっ、ソウちゃん。元気?」
 僕の名前は創太である。桜の花で飾られた会場の入り口で受け付けをしている僕を見ると、甲高い声で叫ぶように言った。両手を大きく広げて抱き付く仕草をした。李津子は幼い頃から性格は開けっ広げ、小柄だが丸顔で目が大きく、僕は大好きだった。
 四十歳にもなってソウちゃん≠ヘないだろうと思ったが、いち早く声をかけてくれたことが嬉しかった。
「こんなことをしてるわ」
 李津子が名刺をくれた。横浜で夫と一緒に、会計事務所をしているという。
 新聞社の副編集長という肩書のある僕の名刺を見て、えらい人なんだと言った。
 その夜、李津子とベッドに入っている夢を見た。
 実は、僕が決断していれば、本当にそうなっていたかもしれないのだ。
 同窓会の二次会が終わり、僕は李津子を誘って代官町にある行き付けのスナック霞≠ノ行った。
 午前零時過ぎまで、二人で飲んだ。
「今夜……どう?」
 酒の勢いで言ってみた。
 李津子は、水割りのグラスを両手で抱えるようにして答えた。
「うん、ソウちゃんとなら、そうなってもいい」
「つまらない洒落だ」
 二人で笑った。
 じゃあ直ぐに――と言いかけたが、約束が出来たのだから素面のときがいいと思い、そのまま別れた。だから、夢を見たのだ。スナックの霞≠ニいう名もよくなかったと、目が覚めてからカスミがかかったような頭でつまらぬことを考えた。

 李津子から携帯に電話がかかってきたのは、四か月後の八月十日の午後十時。風呂から上がり、寝ようとしていた時だった。
「お盆で帰ってきたの。これから、ソウちゃんとこに行くわ」
 その夜、僕は初めて李津子と――。
 同窓会の夜でなく、待っていてよかったと僕は、本当にそう思った。
 裸の李津子が、僕の隣りで軽い寝息を立てている。
 夢じゃないだろうなあと思った僕は、思い切り自分の手をつねってみた。
 痛くはなかったが、目が覚めた。
 また――夢だった。

◇作品を読んで

 同窓会というのは、タイムスリップである。歳を取ったことを忘れてしまい、気持だけは逆戻りをする。男と女にとって、同窓会は甘美な場になりそうだ。だが、実現するかしないかは別として、誰でも一度や二度はこんなことを思うだろう。この作品は、よくあるそういう話を題材にしたものだ。
 登場人物の名前の設定も意図的で、よく考えられている。代官町のスナック名にしてもそうである。
 四百字詰めにして、わずか三枚の作品だ。長いものを書こうと思わず、余分なことは切り捨てて、言いたいことだけを書いてみるというのはどうだろう。楽しいではないか。