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    三代目リン  
                       
       高木 さやか                                                                                                          平成21年6月25日付け島根日日新聞掲載

  初代アン行年九才、二代目サブ行年十八才、二十七年間、犬と共に仲良し家庭を過ごしていた。
 四月半ばサブは天寿を全うし、平成四年の真夏に亡くなったアンの眠るお墓の隣で、永遠のお休みタイムに入った。
 紅白歌合戦で三年連続で歌われた『千の風になって』のメロデーが不思議と思い浮かび、たまらなく涙を誘われる。
 まだ天国への旅支度も整わないのに、七人目の家族を迎えようという気持のコントロールができず、家族六人は戸惑うばかりの日々を重ねていた。
 孫三人には、「四十九日が終わるとサブは、木家の皆、可愛がってもらった誰もにサヨナラし、アンの待っている天国に行くから、もう少しサブが行き着くまで我慢ね」
「わかった」と、孫は言うものの、カレンダーの赤印を見つめつつ「まだだ……まだか……」と悲しそうな目で私やお父さんお母さんに、訴えかける。その目が、サブの目に感じられる。
 孫三人は、生まれた時から常にサブとの生活が当たり前だった。家族を一人もがれたようなショックから、抜け出す術が会得できる訳がないという思いが、フツフツと私の胸に湧いてきた。
「明日はサブの三十五日に当たるから、お墓に参り、七人目の家族も長生きできるよう頼もう」
 大人三人は、水面下で合意ができていた。
 翌日、アンとサブに「家族を楽しませてくれてありがとう」とお礼を唱え、皆で合掌した。
 変身術に長けている六人の心は、次なる家族にすっ飛んでいっていく。
 私はインターネットで、可愛い子犬を探すことにした。
 出かけてしまった他の五人は、保健所を回ったり、ペット屋さんを訪ねたりだ。
 どこまで行ったのか、夕ご飯はどうなってるのか? と気にかっていた時だった。電話が鳴った。
「もしもし。とっても賢そうで、ぬいぐるみみたいな子犬がおった。連れて帰ってもいい?」
「五人全員の気持がまとまっているならいいよ」
 間もなく五人は、子犬と共に帰って来た。想像していた以上に愛くるしい。生後三ヶ月の女の子だった。
 連れて帰る道すがら、我が子に名前を考えるよりもっと真剣に考慮中だったという。
「このチビ子ちゃんの名前は?」
「ペット屋さんで、生まれた時からリンと呼んでいたそうだから、リンにしよう」
 全員大賛成で、リンは七人目の家族に仲間入り。心配だった排泄の躾は、クリアーできていた。その夜からの我が家は、リン・リン・リンの大合唱。
 三日後のことである。リンは余りの住環境変化の衝撃に、下痢をし始めた。留守居役の私に動物クリニックへ連れて行くようにと、五人の様子が言っている。
 出費の案件はご容赦願いたいと腹に決めて、問いかけた。
「リンの必要経費は、三分の一ずつの均等割りでどう?」
「アイアイサー」
 一週間で下痢は止まった。
 誰もがでかけた昼間、一人になった時にリンと戯れることが、私のストレスを溜めないための一役を担っている。
 私も還暦。長生き競争の格好なお相手が、三代目リンである。

◇作品を読んで

 犬の平均寿命は、十歳から十五歳くらいのようだから、計算上は人の寿命の五分の一くらいになりそうだ。作者も家族も犬が好きで、何十年と飼い続けてきた。犬とはいえ亡くなると悲しく、もう二度とそんな思いはしたくないという気持ちになるが、不思議とそのうちまた新しい犬を飼いたくなる。
 三代目の犬を飼うことになった作者の家にやってきたリンは、長ければ二十年は家族の一員として共に暮らす。作品に書かれた最後の一行は、そんな思いが込められているのだろう。
 五月五日にNHKBSで『マイ・ドッグ・スキップ』という、愛犬と少年の友情を描いたドラマが放映された。同様に、作者や家族とリンの間に新しいドラマが生まれ、エッセイとして残されることになりそうである。