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    ランドセルと個性   
                       
       田井 幸子                                                                                                          平成21年11月5日付け島根日日新聞掲載

 文学教室の平里さんが綴られた、緑色についてのエッセイを読ませていただいた。少し前、この青藍§gに『なまなましくも命の色』というタイトルで、二回に分けて掲載されたものだ。
 その中にランドセルの話があった。女の子は赤、男の子は黒が当たり前だった五十年前、緑色が大好きだった彼女は、ランドセルまで緑を買ってもらったという。
 学校でただひとり、女の子なのに緑とは……。人と違うことに抵抗はなかったのだろうか。作品からは毎日嬉々として背負っていた様子が窺え、私は正直驚いた。堂々と自分を貫いている姿に感動すらした。周りの人たちは彼女の個性≠認め、そっと見守ってくれていた、とも書かれていた。
 黄色のランドセルを嫌々持たされていた私とは、正反対だ。私は常に、人の目を気にしていた。
 平里さんから、遅れること二年。私も小学校に上がった。昭和三十六年のことである。母と一緒にランドセルを買いに行ったときのことを覚えている。出雲市駅前の商店街を根気よく回った。鞄屋さんが三、四軒あったが、最後に入ったお店に、それはあった。
 前のほうには、赤や黒が数点並べられていた。母はちらちら値段を確認しながら、さらに奥へと進んでいった。もう、いい加減にしてほしかった。どれも似たようなものばかりなのに、何を迷っているのだろう。早く決めてしまいたかった。
「ああっ、これがいい。牛革で上等だわぁ。色は黄色だけど、こんないいもの、めったにないよ。しかも半額!」
 母の声に、ふっと顔を上げると、少し高いところにデーンという感じで黄色いランドセルが座っていた。
 店主らしき人も出てきて、
「お買い得ですよ。この色なら男の子でも女の子でも、どちらでもいけますしね。丈夫ですから、六年間、いやそれ以上かなぁ、保証しますよ」
 しきりに勧めてくる。売れ残りなんだろうなと思う。半額で千五百円也。それが高いか安いか、私にはわからない。
 赤がいい、みんなと同じがいいと言っていたけど、説き伏せられた。もうどうでもよくなった。私が言ったところで、お金を支払うのは母だし。
 これは後々知ったことだが、八畳一間を借りていた我が家の家賃が、ひと月千五百円。助産師をしていた母が、一回のお産で手にする金額が二千円。
 そう考えると、この買い物は半額といえども決して安くはなかったのである。
 黄色にもいろいろある。レモンのようなさわやかで明るい色から、黄土色のような暗いものまでさまざまだ。
 私のランドセルは、やまぶき色に近い。黄色の絵の具に茶色を筆の先ほど混ぜた色とでもいおうか。落ち着いた色、高級感のある色で母が惹かれた気持ちもわかる。
 当時、私の周りの大人たちは、舶来品・正絹・純毛・本革などを貴重なもの、高級品であると思っていたふしがある。それは日常の言葉の端々から感じられたのだ。
 家はなくとも、人並みにいいものを持たせたいという親心もわからないではない。しかし、子≠ニいう文字が付かない自分の名前ですら恥ずかしかったのに……。着て行く服も友だちとは違って、浮いてみえた。洋裁をしていた叔母が、洒落たデザインの服を作ってくれていたからだ。
 そのことで、からかわれたり、苛められたこともない。それは平里さんと同じだ。違うのは、私が意思のない着せ替え人形だったということだ。個性≠ニいう言葉さえ知らなかった。ただただ目立ちたくなかった。
 たくさんの赤と黒の中に、ぽつんと黄色。個性≠背負うには、私はあまりに小さすぎた。

◇作品を読んで

 短い作品だが、書き手の思いが的確に書かれている。料理は材料で決まるといわれるが、文章も同様だろう。
 題材は、体験や経験、見たり聞いたりしたこと、更には知識や情報の三種がある。その材料への切り口、他の題材による補強、文章力などで読ませる作品に仕上がる。それが腕≠ニいうものだろう。
 この作品は、四百字詰原稿用紙四枚である。余分なことは一切書かれていない。よく考えられたエッセイである。
 長ければ立派な文章のように思えるが、必ずしもそうとはいえない。実は、短い文章ほど難しいので、そのあたりが文章力ということになりそうである。
 作者は子≠フ付いた名前が欲しかったという意味のことを書いているが、この作品でペンネームを使うことによって、願いをかなえたのかもしれない。