TOPページにもどる   ウエブ青藍トップにもどる

    友愛精神    
                       
       鶴 見   優                                                                                                          平成21年12月17日付け島根日日新聞掲載

 残飯をコンポで処理をするようになって、二十五年くらいが経つ。
 EM菌というのは、有用微生物群(Effective Micro-organisms)の頭文字をとって付けた略語である。微生物の多くは、酸化や腐敗によって環境を悪化させているが、EM菌は有機物の腐敗を発酵に変え、植物や動物に利用されやすい形の物質や養分となることを利用して、土壌改良用として開発されたものである。
 エコロジーという観点から、循環型の環境作りに強い関心を抱いていた私は、家庭ゴミのリサイクル、特に生ゴミの処理に苦慮していた。辿り着いたのが、EM菌による生ゴミ処理の方法であった。屋敷内の庭に三個のコンポを据え付け、交互に使っている。
 今年の春のことである。庭のあちこちに真新しい土が盛られ、小さな穴ぼこができているのを発見した。
 子どもの頃、耕された柔らかい畑にこんもりと幾つも盛り土ができ、モグラという小動物がいるということを知った。それを思い出し、きっとモグラのしわざに違いないと、しばらく様子を見ることにした。
 そのうち、昼間だというのに子ねずみがチョロチョロ動き回る姿が目に止まるようになった。
「これはいけない、大変ッ、早く何とかしなくっちゃ」 
 大層慌てた。
 築十年余の我が家が齧られかねないと思った私は、ラットライス≠ネるものを購入。雨に濡れないよう穴の近くの数ヵ所に置いてみた。ラットライスは米粒に赤い毒薬が塗ってあり、ネズミがそれを食べ続けると失明し死に至らしめるというものである。
 二週間位経った頃、興味津々、隈なく庭を調べたが子ねずみの姿はなく、それらしい気配も全く感じられなくなっていた。しかし、よく見るとコンポの近くに新しく掘られた小さな穴があった。しかもコンポの中の片隅には穴があけられ、外に通じていることが分かった。コンポの中と外には秘密の通路ができていたのである。ラットライスから逃れ、生き残ったねずみもいたのだ。おまけにコンポの傍には小さく粉砕された卵の殻が点々と白い貝殻のように土と混ざり合い、肉や魚などのなま物の形はなく、野菜は腐葉土よりも細かく刻まれていて栄養たっぷりでさらさらのほどよい培養土に処理されている。どうぞこれをお使い下さいと言わんばかりに、こんもりと盛られている。
 よくよく目を凝らすと、何やら銀色に光るものが見えるではないか。恐る恐る近づき、土を掻き分けてみると、なあーんだ、小さいスプーンが出てきた。(スプーンがあったよおーっ) と、ミッキー君に言われた気がした。
 どうしてスプーンが出てきたって?
 そりゃあ、あなたっ、ひとえに私の不注意とずさんさから生じたことであって、ミッキー君にはしっかりと見透かされていたようだ。
 キッチンの流し台の片隅に置かれている三角コーナーに、そのスプーンは残飯と共に棄てられたのか、はたまた食器を洗う時に紛れ込んだのか。
 何はともあれ、間違いなくいったんはコンポの中にあったはずのスプーンなのである。それをわざわざコンポの外に持ち出し、こなれた土と一緒に目立つ所に置いたということは、単なる間違いや偶然ではなく、ミッキー君の強い意図とメッセージを感じるのだ。
(駄目じゃないか、スプーンを棄てちゃあ、よく見るんだよ……)って。
 思わずニンマリ。
(毎日、お食事を頂いているのでお礼だよオ……)
 同居家族が、ひとり増えたように思った。
 私は思案する。
 一匹残らず彼らを退治すべきか、それとも共存共栄の道を選択すべきか。我が家に被害を及ぼさない限り、彼らの働きを認めて共に助け合って生きるべきか。
 毎日のように安定供給される残飯は、彼らに栄養過多を招き、異常な繁殖を促進させることになりはすまいか。その恐れがあるにはあったが、しばらくミッキー君の動向を観察した後に対策を考えることにしよう。
 そう言えば二年前、近所で山の掘削工事があった時、ガーデニング用として貰ってきた土をコンポ近くに放置していた。その土を、彼らは上手く利用したのだ。
 今ではEM菌を使わずとも、早々に食べてくれるので、臭いもなく虫もつかず、いつもコンポの中はスッキリとしている。
 ミッキー君達の姿を見かけることはないが、最近、南瓜の切れ端にそれらしき歯型がくっきりと櫛の目のように付いているのを見た。健在なのだ。
 今日もパンジーの苗の植え付けにその土を利用し、畳五帖分程度の畑で大きくなりかけている春菊にも追肥した。私のささやかなガーデニングの大切な協力者なのである。
「ミッキー君、これからもよろしくね。鳩山首相の提唱する友愛精神で……ねッ」
 私は呟いた。

◇作品を読んで

 無くなったと思っていた大事なスプーンを発見した。それは庭に据え付けた肥料作りのコンポに巣くっているネズミによって、その中から持ち出されたものだった。しかも目立つところに置いてあるというのだ。それは偶然ではなく、ネズミの意図だと作者は判断したのである。残飯を食べて生きているネズミを日頃から苦々しく思い、退治したいとまで考えていた作者は、考えを変えることになる。
 人間も生き物の一つで、生態系の一員として他の生物と健全な共生を保ちながら生存を続けているという環境問題提起である。そのことをユーモアたっぷりに描いた佳作といえる。