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随 筆 甦った虎
         
大 田 静 間   
                                                                                 島根日日新聞 平成16年1月21日掲載

 今、私はタイガースファンである。
 ひと頃は熱烈とまではいかないまでも、人並みなジャイアンツびいきであった。
 テレビでナイターを観戦し、ピンチのマウンドで桑田がボールに魂を拭き込む仕草をすると、私も一緒に祈った。
 根あかの長嶋采配が、爽やかに見えた。
 松井が快打を放つと、「ヨッシャ、ヨッシャ」とこぶしを作っていた。
 負け試合に出合うと、その日にあった好事が帳消しになったような気がした。
 しかし、ある時期から球団の悪い虫が動き出したことに気がついた。ジャイアンツは、常勝に固執し、豊富な資金力で、他球団の誇るスター選手を引き抜くという勝つための最も安易で、確実な手段に走るようになった。
 常勝ジャイアンツが実現すれば、プロ野球の人気が維持できると思うのはあまりに読売巨人軍のエゴであろう。
 この時を境に、私は「たてじま軍団」に移籍したのである。
 その豹変ぶりを女房が、傍で醒めた目で見ていた。いい齢をして情けないと思う。
 さて、タイガースである。
 去年も断トツで、オープン戦を駆け抜けた。ここまでは予想通りであった。ところが、思わぬことに、少しシナリオは書き換えられたのである。その前の年までの束の間の歓喜に慣らされたファンは、嬉しい不安に囚われ始めた。
 開幕を過ぎ、夏を迎える頃になって、「まさか」が「もしや」に変わり、あれよ、あれよという間にマジックを点灯させてしまった。
 あり得ないであろうことが現実味を帯び、我慢の軍団が燃えないはずがない。
 ふり絞るような声援が、甲子園の夜気を異質なものにした。
 あれだけどん底で喘いでいた選手が、一年で変貌し、そして輝いた。
 ことに、打線の要である日替わりの四番打者は、改造の過程を経て再生した知る人ぞ知る往年の大打者である。
 その彼が若手の脱皮した姿に触発され、さらに星野マジックにはまり、おそらく現役最後になるであろうシーズンに、自分の野球生命を賭けた。この姿がスタンドを沸き立たせたのは、間違いない事実であろう。
 去年のシーズン中、一気に膨れあがった応援団の中に、私のような俄に移籍したファンがメガフォンを振りながら声を枯らしていたように思う。
 アルプススタンドで大写しになる「夢をありがとう」の段幕は、もちろん十八年ぶりの夢を渇望する生粋のファンの感謝であったに違いはないであろう。
 だが、私は、吹き荒れるリストラで自信をなくした人たちが、その段幕に、自分の再起の姿を重ね、勇気を貰ったことへの感謝の思いを込めているような気がしてならないのであった。

講師評

 長い間、読売巨人軍のファンであったが、ある時期から阪神球団に肩入れをするようになった。理由は、おおかたのアンチジャイアンツ派がそうであるように、資金力にものを言わせた選手補強やテレビ放映についての偏り過ぎた巨人関係情報に対する苛立ちである。そして、ついに作者はタイガースに移籍した。
 全体として短い作品だが、「移籍した」、「魂を拭き込む仕草」というような光る言葉が、この文章を説得力のあるものにしている。
 作者は、ただタイガースファンになったことだけを言いたいのではなかった。起承転結の形でうまくまとめられた文の最後の段落で、再生した球団に人生を重ねて表現したのである。おそらく作者は、長かった勤めをリタイアして、新たな目標に向かって歩んでいるのではないか。この一文のタイトルも、まさにそのことを表現しているように思えてならない。