デンマークにおける認知症老人のケア

                 デンマーク研究会 関 龍太郎

 

寝たきり老人にならないように予防すること、エイズを予防することは現代の医学において可能であるが、痴呆老人にならないようにすることは、極めて困難である。痴呆老人は65歳以上の5%といわれている。人口の高齢化のすすむ島根県にとってはさけて通れない問題である。では、福祉のすすんでいるデンマークでは、どのような試みがされているのであろうか。ここでは4回の訪問で得た記録をもとにデンマークでは、どのようなことがされており、どのような成果をあげているかについて述べてみよう。

 

1.ゲントフテ市の老人対策

ゲントフテ市はコペンハーゲンに隣接する人口6万5千人の市である。このうち人口の24%を65歳以上の高齢者が占めている。また、年金生活者の3分の2が200万クローネ(4000万円)の資産を保有しており、デンマークでは比較的豊かな市である。プライエムは761ベット、ホームヘルパー385.6人、訪問看護婦32.5である(1989年)。ここでも、在宅ケアの方向にすすみ、訪問した92年2月時点では761のベットが535になっていた。これらの数字はデンマークの平均に比較して、プライエム、ホームヘルパー、訪問看護婦ともに少ない。もちろん、「24時間在宅ケアシステム」は実施しており、ケア付き住宅、デイホームに重点の置いた施策が進められている。また、必要者には「配食サービス」が実施されており、専用センターによって毎日900食の昼食を提供している。ゲントフテ市の「老人ケアシステム」を具体的に見てみよう。年金生活者の3分2が年金生活に入って1年以内になんらかの「危機」に陥る。特に知識人やアクティブに活動した人にこの傾向は強い。その原因で最も多いものは男性の場合は「仕事を止めたことによる」であり、女性の場合は「夫との死別によるもの」である。年金生活者は問題がおきると市役所の年金生活者のセクションにを相談に行く、そこで図1にみられるように、まず、病院で対応すべきかどうかが検討される。そこで、リハビリの必要とされたものは、「トラノハーベン」のような老人専用のリハビリセンターに紹介される。そこで、平均4週間のリハビリののち「判定委員会」が行われ「自宅」「デイホーム」「デイセンター」「ケア付き住宅(老人障害者住宅)」「プライエム(ナーシングホーム)「精神科のプライエム(ナーシングホーム)」等に区分され、ケアが行われる。この委員会はプライエムの職員、市の福祉部の代表、在宅ケアのチームで構成されていて、ここでは、本人の生活にどこが適しているかのケアの方針を決める。ほとんどの人は自宅となり、在宅ケアシステムによって援助される。これらの人は「24時間在宅ケアシステム」によって支えられる。ホームヘルパー、訪問看護婦によって老人の自立が支えられている。したがって、場合によっては、1日に13回〜14回もホームヘルパーが等が訪問する。

身体的なケアの問題は、このような「24時間在宅ケアシステム」でほぼ解決したが、孤独の問題は解決しなかった。孤独とか孤立は痴呆の誘因になりやすい。したがって、デイセンターとかデイホームの活用、ケア付き住宅の建設が検討されている。例えば、デイセンターは孤独対策として有効な施設である。また、経費的にも、プライエムの年間800万円(40万クローネ)に比較して、ケア付き住宅は400万円(20万クローネ)、デイホームは340万円(17万クローネ)であり、経済的にも有効である。

日本の場合、高齢者調整チームが各市町村に発足しているが軌道に乗っていない。そのその原因としては施設、在宅ともに資源が不足していること、家族の生活が老人の調整に大きく影響する、医療が患者と医師との契約で成立するので調整チームで調整出来ない、調整チームのスタッフが多忙である、等の理由があげられている。 

 

2.トラノハーベンリハビリセンターを見学して

1992年2月に「トラノハーベン」を見学するとともにミカエル・クリステンセン医師の話を聞くことが出来た。「トラノハーベン」は1970年にプライエムとして出発した。しかし、しだいにケアの必要な後期高齢者が増加し、痴呆老人のケアが重要になる中で85年に「高齢者リハビリセンター」として再出発している。「お年寄りの立場にたって、高齢者の暮らしの質を高めよう」「お年寄りは家で生活することを望んでる」いうお年寄りの人権問題と「施設は経費がかかるし、今後、ケアの必要な後期高齢者が増加して財政的に問題となる」という財政的な理由のふたつの理由でもってこの「トラノハーベンリハビリセンター」は運営されている。

「トラノハーベン」は92ベットであり、ほとんどが個室である。「トラノハーベン」の入所者の疾患をみると表1.にみられるように老人性の痴呆が全体の27.8%を占めている。痴呆老人は今までも増加したし、今後も増加することが予想される。入所してくる経路をみると表2.のように病院からが57.4%および自宅からが40.0%と両者で97.%を占めている。プライエムからの入所がないのが特徴的である。また、退所してどこに行くのかをみると、表3.にみられるように75.3%は自宅に帰っている。また、11.8%はプライエムである。痴呆性老人のみをみると51.5%が自宅に帰っており、33.8%はプライエムである。このような傾向は決して「トラノハーベン」が終末施設でなくリハビリの施設であることを物語っている。しかも年令構成をみると70歳までが7.3%、70歳代27.5%、80歳代53.2%、90歳代が12.0%と、決して前期高齢者のみでなく、後期高齢者にもリハビリを実施していることが明かである。大体、4週間で生活リズム訓練とかリハビリをし、その後3週間で自宅と「トラノハーベン」を往復しながら自宅に帰ってからの生活の訓練と自宅で生活出来るように自宅の改善をしている。施設の入所の期間は平均40日である。痴呆の場合、病院に入院するとかえって悪くなることが多いので、ここで訓練する。痴呆老人と介護者の生活リズム訓練に重きを置き、残存能力をポジティブに評価するようにしている。週に1回はリハビリの評価のための会議を開き退所についての検討会をしている。

この施設はリハビリをしていても医療施設でなく福祉施設として位置づけられている。したがって、働いている医師等のスタッフも福祉の職員ということになる。

経費の面でも医療費に入らない。この点でも日本と異なる。92ベットに対して働いている職員は144.7人であり、福祉関係職員だけでも110人を越える。このように、1ベツトに対して1以上のスタッフを配置すること、言い替えれば50万円以上の経費をかけることはデンマークでは常識であるが、日本では考えられない。表4、に 見られるように医師も6人働いているし、65.8人の看護職員、12.6人の理学療法士、12.6人の作業療法士、3.8人の趣味指導員等が働いている。

また、ここでも痴呆老人の「グループハウジング」が実施されていた。これは7〜10人を単位としてグループ住居で生活する。「グループハウジング」は各人の専有部分と共同のダイニングキッチンや居間等のコモンベース、それにスタッフのための部屋の3部門で構成されている。スタッフはほぼ患者と1対1である。職員も患者との信頼関係を大切にするために、グループをつくり、同一グループが担当している。痴呆老人のケアの場合、重症心身障害児とか発達障害児のグループハウジングの単位4〜6人より、継続性とかさらに気に入った仲間同士でアクティヴィティを行うためには、やや多めの7〜10人になっていた。 

 

3.ニーボプライエムを見学して

1990年5月にコペンハーゲンから22キロメートル離れたニーボ市にゲントフテ市の痴呆老人のためのプライエムを訪問した。幼稚園や住宅に隣合う2万平方メートルの土地に368平方メートルの木造の二階建ての建物である。ここには、40人の痴呆老人と40人の精神分裂症の患者が暮らしていた。痴呆老人はひとりひとりが25平方メートルの個室に入っていた。トイレ、シャワー、キッチンのある個室。日本では考えれない状態である。ひとりに要している費用を計算すると月60万円を越える。個人負担は原則としてない。すべての費用をゲントフテ市が負担する。広い庭と自由に歩き回れる建物。建物の中には鍵はない。どこでも痴呆老人が徘徊して良い。日本における「常識」では痴呆老人が30平方メートルの庭付きの個室にすみ、広い庭を散歩しているのは考えられない。「お年寄りは徘徊したいから徘徊しているのだから、疲れるまでついて歩いていれば良い」「疲れて寝れば、その場で寝かせてあげれば良い」「ここから外に出るには4桁の暗証番号を押せば良い。それが出来る人は外に出てよい」「外に出て交通事故をおこしたときの責任ですって。それより暗証番号が出来る人を束縛した人権の無視の責任がデンマークでは問われます」等の意見にみられるように、日本に足らないものがデンマークには多くあることが明かである。

 

4.まとめ

このように、ゲントフテ市では、いろんな試みをしている。「トラノハーベンリハビリセンター」「ニーボプライエム」、等に見られる試みは、必ず、今後の高齢化対策において参考になるであろう。検討を重ねて行かねばならない。

また、11月19日に益田医師会で、21日に出雲市民会館大ホールで、22日には松江の島根県医師会館でトラノハーベンのミカエル・クリステンセン医師を招いての講演会が関係者の努力で企画されている。是非、出席して意見の交換をしていただきたい。

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