デンマークの母子保健
                    デンマーク研究会
                           関 龍太郎
1.はじめに
 デンマークの母子保健活動に保健婦(パブリックヘルスナース)が重要な役割を果たしていることは、今までの訪問で明らかになっていた。また、保健婦がネストベッズ市(人口約5万人)で9名、ホルベック市(人口約3万人)で9名、リングステット市(人口約3万人)で10名であることはわかっていたが、私たちのツアーの目的が高齢者福祉であることが多くなかなか保健婦の活動が明かにならなかった。そのようななかで、私たちが関与している「日本公衆衛生学会」の「第6回デンマーク、スウェーデンの高齢者福祉対策に学ぶ自由集会」(94年10月、鳥取)の機会に千葉県松戸市の久保田米子保健婦の母子保健に関する報告があり、母子保健の実態が少し明かになった。また、日本看護協会のスタデイツアー報告書「海外の先駆的保健活動に学ぶ」にも、報告されているので、今回は日本の実情と比較しながら紹介しておきたい。
 
2.デンマークの母と子へのケア
 デンマークでは、妊婦に対しては助産婦が、乳幼児には保健婦(パブリックヘルスナース)が指導している。ほとんど、病院で出産しており、入院期間は2日程度ある。出産後、助産婦は市の保健婦に対して出産の報告する義務があり、保健婦は早期に新生児訪問を実施している。保健婦の訪問は1人の乳児に対して4〜5回実施されており、体重測定、発達テスト、視覚テスト、聴覚テストなどを行っている。異常を発見した場合は家庭医や専門医、言語療法士、等の専門のセラピストに連絡して治療が受けられるようにしている。産前産後の育児休暇制度があり、男性も取れる。産後の休暇は6ヵ月でしかも有給。両親休暇は1年間。給与の8割を支給。出産は無料。保育料は低額(ホルベック市では無料)。保健婦は入学後も地域の小学校で児童の健康管理に従事する。そのため、乳幼児期から継続的に保健活動が実践出来ている。
 ホルベック市の母子保健対策の実情をみると図1のようになる。
 
 日本の場合はどうであろうか。全国の市町村において差のみられることは当然であるが、助産婦の役割が明確でない。特に地域保健においての助産婦の活動は弱く、病院・診療所の医師に頼ることが多い。妊娠期間中に2回、産科の診察が無料で受けられるような診察券が発行されている。地域によっては母親学級、両親学級も行われているが、学級に参加する母親は半数に達しない。現状では、病院・診療所の医師に頼ることが多い。地域での相談は助産婦よりも保健婦に頼ることが大きい。日本でもほとんどが病院で出産しているが、入院期間は約1週間とデンマークよりは長い。乳児期の保健婦の訪問は皆無に等しい。日本の場合、乳児期に2回、専門医の診察を受けるべく診察券が発行されている。市町村によっては、4ヵ月に発達テストを考慮に入れた検診が行われている。
 日本の実情を島根県の斐川町(人口約25,000人、出生数約250人)でみると図2のようになる。日本に比較して、デンマークでは、この時期においても家庭医のはたしている役割が大きい。また、日本の場合、スタッフが少ないために訪問が出来てないのが現状である。
 
3.学校保健
 デンマークでは学校にも、保健婦(パブリックヘルスナース)が配置されている。学校保健は保健婦を中心に校医、歯科医、担任が協力して行われている。しかし、近年(ホルベック市では92年、コペンハーゲン市では94年)に地域と学校の保健婦が融合政策が取られている。教育費は無料。活動の実績をホルベック市を例にみると、図3のようになる。
 また、障害のある児に対しては、たとえば、次のように、障害者の立場に立った教育がされている。
身体の障害がある場合・・必ずヘルパーをつけて通学し、ヘルパーは1日中付き 添う。また、18歳以上の障害者は自分の世話するヘルパーを選ぶ権利がある。
精神薄弱のある場合・・市の特に準備した学級へ入る。いわゆる「統合教育」の 形態を取っていない。
自閉児の場合・・デンマークでも対応に苦慮している。ホルベック市で1度に4 名が見られたときには別に学級をもった。
入院中の子供の場合・・病院から医師の許可を得て通学、出来ないときは教師を 派遣。
 また、生活支援法の48条にによると、次のような援助がある。
@18歳未満の障害のある児を養育するために、費用が増加した場合には、その費用が支給される(1年間2,400クローネ以上の者)・・。
A14歳未満の重症児の保護者は、児の疾病のため収入が減少した場合、経済的
補填が受けられる(病院または施設に25日以上の期間、入院または入所が必要となった場合)。
 
 日本では、各学校に養護教員が配置されている。すでに1名配置では、95%の配置といわれている。しかし、どの学校にも1名の配置であり、休暇が取りにくいのが現状である。また、近年、いじめ、不登校、自殺、等の原因といわれる受験教育の中で、子供の心理的立場に立ったケースワーカー等の指導が求められている。だれが、その指導をするかが課題であるが、私は心理の専門家の指導が必要ではないかと思っている。
 また、デンマークに比較して、性教育、エイズ教育、歯科教育では不十分である。特に歯科教育では専任歯科医をかかえる学校も多いと感じている。また、校医による診察もデンマークの方が丁寧な上、科学的であると観測される。
 また、障害のある子供に対しては、最大限の配慮がされている。障害を持ったという責任は本人にはない。このような障害を持った人に対する「配慮」、「物の見方考え方」が高齢者に対する考え方に通じている。
 
4.おわりに
 以上、みてきたように、日本に比較して、母子保健、学校保健においても、健康を最大限に配慮した施策が取られている。特に、障害をもった児に対する配慮がされている。日本においても、高齢化、少子化の中、もっと子供の健康に配慮した施策をすべきである。1997年(平成9年)からは母子保健法が改正され図4のようになる。母子保健の基本的サービスの提供するものは市町村になり、妊婦及び乳幼児に対する母子保健サービスが一貫して市町村で実施される。この機会に母子保健についても検討すべきではなかろうか。

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