イギリスにおける高齢者のためのボランティア活動
                   デンマーク研究会
                           関 龍太郎
 
はじめに
 私はイギリスには2回訪れたことになる。今回と約20年前である。今回のイギリス滞在の一日目はロンドンを見学した。20年前に訪問したときの印象の「霧の町ロンドン」「山高帽と傘を持つイギリス紳士の町ロンドン」の印象は消え去り、それにかわって「アラブ系外国人労働者の町」「観光の町ロンドン」の印象であった。二日目はノーサンプソン市へバスで移動し、バーミンガム大学の副所長の小山善彦氏より、「イギリスにおけるボランタリー活動」の講義とエイジコンサーン中部地区代表のリズ・オニール氏より「エイジコンサーンの活動とコミュニティケア」の話を聞いた。三日目は近代的な町並の「ミルトンキーンズ市」を訪れエイジコンサーンの「活動ステーション」および「立ち寄りセンター」(Drop in centar)を視察するとともに活動内容の話を聞いた。四日目は農山村を抱えた古い教会のある町の「レスター市」のエイジコンサーンの活動を聞くとともに高齢者のための施設を見学した。今回の視察が主としてボランティアの活動についてであったので、その内容を中心について報告する。
 
エイジコンサーンを訪問
 高齢者を対象としたボランテイア団体ではイギリスでは最も大きい「エイジコンサーン」の支部のひとつであるミルトンキーンズ市支部を訪問した。この市の人口は十八万人、六十歳以上の人口はニ万五千人である。ロンドンの北西にあるニュータウンである。所長のローズマリーさんは「エイジコンサーンはチャリティー団体の資格を持っていて、ボランティアで構成する理事会が活動内容の意志決定をします。その決定に従って有給スタッフを雇い、事業を進めます」と日本にみられない仕組みを説明した。ミルトンキーンズ市の支部には有給スタッフ五十人と三百二十人のボランティアが登録されている。ここでは、日本人でボランティアをしているニ名からも、話を聞くことが出来た。ご主人が仕事に忙しい中で有効に時間を活用しているようであった。五十人の有給スタッフの内訳は総括責任者のローズマリー、訪問分野の責任者、ディケアの責任者、会計の責任者、十七のデイクラブの十七人の責任者、十四人の訪問スタッフ、料理担当、オーガナイザー等である。活動活動は@五百人の高齢者の家庭訪問、A四台のミニバスによる送り迎え付きの十七のデイクラブ、Bニカ所の立ち寄りセンター(Drop in centar)の運営、C高齢者に替わって政策決定者への要求の提出、Dどの店がどのような物を配達してくれるか等の高齢者や移民者のニーズのへの対応、E各種の旅行の手助け、各種保険の手続きの代行、F高齢者を自治体や他の団体や機関への紹介、G医療福祉への紹介等である。
 年間予算は約七千万円(約四十万ポンド)、収入の内訳は六十%が県や市からの契約金や補助金、残りは寄付、募金、チャリティショップの売上等である。ローズマリーさんは「コミュニティケァの時代に入って、高齢者ができるだけ長く自宅で生活できるようにするためのサービスを続けねばなりません。他の団体とも共同しての在宅ケアパッケージの仕事は増えています。でも、県からの予算は五%カットされました」と語っていた。コミュニティケアというのは、一九九0年に成立した「国民保健サービスおよび地域ケア法」で高齢者を施設から在宅へ戻し、地域の施設や団体からケアを求めるやりかたである。
 また、スーパーマーケットの二階にある「ミルトンキーンズ市の立ち寄りセンター」には、旅行、保険の手続きの他、月曜から金曜日の午前十時から午後ニ時までは、安い料金で食事も出来る食堂があった。食事中のトリックスさん(七七歳)は「週一、ニ回は来ます。ここのラザニアはおいしくて安いのよ。同世代の人ともゆっくりおしゃべりもできるし」と満足げだった。「立ち寄りセンター」の給食係も有給スタッフは一人、五人はボランティアスタッフということであった。
 このように何故イギリスにおいてはボランティア活動が盛んなのかついては、レスター市でボランティアをしているクリスさん(五十七)は共同通信の記者に次のように語っている。「私は仕事を早く定年前にやめてボランティアをしています。この社会に入って新しい知り合いが増えたうえに、以前の会社と違って自分が必要とされているという実感があります。活動を通じて新しい技術を学べ、自分の好きな分野の活動を自分で選べるのです」と。
 
レスター市におけるエイジコンサーン
 レスター市は人口三十五万人の都市で、町の中央に古い教会のある町である。アジア系の移民も多く、高齢者も多い。六十五歳以上が十四万人いる。ここでは、エイジコンサーンの代表トニーさん、教区代表のコナーさん、定年前退職者のクリスさん、日本の横浜の教会に滞在していたマイケルさんたちからの話を聞いた。ここには、135人の有給スタッフと650人のボランティアがいる。その人たちが独居、シングルマザー、アジア系移民等に対するケアをしている。異文化理解のための講座も盛んな様子であった。レスター市をエイジコンサーンが補完しているという感じであった。エイジコンサーンでの予算の一部は、地域の実状にあった企画をして、自治体にPRして自治体から予算を獲得するという形になっていた。具体的に実施する内容については自治体は口をださなくて、エイジコンサーンを独立の団体として認める形になっていた。県から1,600万円(80万ポンド)、国から400万円(20万ポンド)の予算を、獲得していると言うことであった。この他の経費はチャリティとか寄付でまかなっていると言うことであった。
 レスター市のエイジコンサーンの活動としては@デイケア60箇所、12ー15人を対象にミニバスで送り迎えしてのサービス付きで実施されている、A新聞、ポスター、口コミによる老後対策の必要性のPR、Bサポートグループの育成、C移動型のランチクラブ、D精神面からの支え、家族の役割や介護者への介護、E痴呆のデイケア、Fパスファインティグ(このプロジェクトではモニタリング、介護者の休みの促進、薬の管理、買い物、薬をとりに行く、をしている)、G家庭医に時間単価の安い訪問看護婦を販売する、Hボランティアネットワークによって、寒い日には「湯たんぽ、毛布、ガス」のサービスをしていることをラジオ放送する、I食事サービス、安価、J介護サービス、等をしている。
 
イギリスにおけるボランティア活動
 神戸の大震災、日本海における油の流出等のなかで、日本におけるボランティア活動が論議されている。日本にボランタリー活動が根付くものなのであろうか。
たとえば、イギリスと比べてみても、ボランティアといえばイギリスでは、「よりよい社会を創るために欠かせない力」と考えられるが、日本ではボランティアに対して、ある種の抵抗観があって、むしろマイナスのイメージで捉える傾向がある。ボランティアを安い労働力とみる行政姿勢への批判、営利企業との連携に対するアレルギー、金持ちの趣味活動という固定イメージへの反発、さらには他人の施しを受けたくないとする本人および家族の考え方がある。ボランティアは与える側と受け取る側の双方の自由意志を原則とするだけにこのような国による違いは仕方のないことである。
 では、イギリスのボランティアについて、考えてみよう。福祉ケアを考える場合、それをだれが提供するかという視点から、社会全体は四つのセクターがある。国、県、市町村などの「公共セクター」、企業が代表する民間の「営利セクター」、市民グループや民間で非営利の「ボランタリーセクター」、家族、友人等の「インフォーマルセクター」の四つである(図1参照)。この四つのセクターの各々に一定の役割を与えているのがイギリスの考え方である。
 
 この中でボランタリーセクターは、日本と違ってイギリスでは大きな役割をはたしている。主な社会的機能は次の五点である(図2参照)。
@ボランティアを民主主義、自由社会を保障するための基本的な権利とみるという考えである。
 すなわち、個人として自由に声を発し、行動を起こし、社会に貢献できる、また、他人を説得するという行為をすることである。イギリスではボランティアに、このような役割を担なわしている。日本にはこのような考えは少ない。
A社会の隙間への対応
 社会の光の当たらない問題を取り上げ、キャンペーン活動をすると同時に市民活動のもとに具体的な援助提供する。
B社会変革の推進役、変化を生み出すメカニズムとしての機能
 市民の中にある問題を発見し、その解決に向けて、圧力団体になったり、新しいアイデアや手法を提供する。
C社会参加の場、個人の自己実現の場
 他人のためにということが強調されるが、実際には与える側にとってもメリットの大きな行為でもある。 
D福祉行政への利益
 ボランティア活動を通しての人手の提供。高齢者の福祉活動においてしばしば経費の節減につながっている。
 
エイジコンサーンについて
 エイジコンサーンは第二次世界大戦の混乱における高齢者の生活の援助をきっかけに出来たボランティア団体である。本部をイングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドのそれぞれに置いている。支部数はイングランドで約1,000、イギリス全体では1,400に及んでいる。支部として認められるためには次の四つの点を活動の原則とすることになっている。
@地域のさまざまな団体と協力しながら高齢者福祉に対応すること
A高齢者への具体的なサービスを提供すること
B高齢者の声を代弁するキャンペーンを行うこと
C革新的な姿勢で新しいものを創造すること
 また、本部には約220人の有給スタッフが雇用されており、うち、160人がロンドン本部に勤務している。残りが現場のスタッフで、広域担当マネージャー、フィールド・オフィサー、研修担当スタッフといった構成になっている。全国1,400の団体のプログラムには、約25万人がボランティアとして、参加している。本部だけでも年間の問い合わせは10万件を越えており、その社会的な認知度の高いことを示している。主なプログラムは「自立した生活の支援プログラム」「資金管理」「健康増進プログラム」「固定観念の払拭プログラム」「研修プログラム」等がある。
 財政は93年の収入が22億円(1,300万ポンド)。内訳は1/2が「寄付や遺贈」、1/4が「政府助成(人件費やプロジェクトコスト)」、1/4が「営利企業からの収入」である。一方、支出は40%が「サービス提供のための費用(人件費など)」、23%が「ローカルグループへの補助金」、10%が募金活動費、18%が子会社経費となっている。エイジコンサーンでは収益事業する子会社がつくられている。日本にみられない随分大きなボランティア団体ということになる。
 
新しい「地域ケア」政策への転換
 イギリスの新しい地域ケア政策がめざすもの、その哲学は、1989年の政府白書、および1990年の「国民サービスおよび地域ケア法」の中で述べられている。今、在宅福祉を進めている日本にとって参考となるので述べる。
@ノーマルな生活の推進・・人々が望むだけ、できるだけ長く、自宅あるいは地域社会の家庭的な環境の中で、独立した、尊厳に満ちた生活をおくれるようにすること
A国民の選択権の重視・・サービスをまず用意し、それに人々を合わせるのではなく、人々のニーズを正しく把握し、それに合わせてサービスを提供すること
Bケア水準の向上とケアレベルの適正化・・サービスの質を高めると同時に、国民の税金をムダにしないために、適正なレベルのケアサービスを正しく把握し、それに合わせてサービスを提供すること
C福祉の混合経済化の促進・・公共サイドですべてを提供するのでなく、できるだけ民間力を活用すること
 
 これを実行するために表1に見られるような六つの目的が設定されている。実行するための手段としては次のような施策が実施されている。
@ケアプランの作成・・地域全体のニーズと手持ちの資源をにらみながら、どういうタイプのサービスを、どういう優先順位で提供するかをはっきりさせなければならない。
Aケアマネージメントの導入・・一人ひとりのケアニーズを正しく判定し、それに基づいてケアを提供する。
B自治体機能の分割・・公共サービスを「サービス提供」と「サービス購入」とに分け、前者は民間サービスと競争させて経営改善に努めさせ、後者はサービス主体に関係なく、手持ちの資源の範囲内で、利用者にとって最適のサービスを自由に購入できるようにする。こうすることで、自治体職員にコスト意識と競争意識をもたせ、ケアの質の改善と費用効率の向上を意識させる。
Cパートナーシップの促進・・ケアプランの作成、実践のなかで外部関係者との連携を深める。
D市場原理に添った福祉の監視・・監督制度の強化と苦情処理制度の導入をする。E地方自治体への権限と財源
 
 このように、サッチャー政権は地域ケア政策の責任と財源をセットで、地方自治体に与えたと言っているが、消費者の選択と市場原理、民間活力の導入等の一定の枠をはめている。この点、日本においても十分な論議が必要である。また、すべてが市場原理を通してでなく、「ケアマネージメント」の過程の中でプロフェッショナルな視点や福祉の公平さなどが加味されている。また、この点もややもすれば現実に目を奪われ、当面の切り抜けのみに追われ安い日本人なのでプロフェッショナルの視点の重要性は認識すべきである(表2、図3参照)。
 
 イギリスのチャリティ団体
 イギリスの制度の特徴としてチャリティ制度がある。チャリティ団体としての登録はチャリティ法のもとにチャリティ委員会という国の機関によって行われている。登録が認可されるためには、活動の目的が「チャリティ(公益)」にあっていなければならない。チャリティにあたる行為として、@貧困者の救済、A教育の進歩、B宗教の進歩、Cその他、環境、保健、医療、芸術、スポーツ、福祉などコミュニティにとって有益となること、である。
 このようなイギリスのチャリティ制度の特徴として次の点があげられている。
@組織の形式とチャリティの分離
 チャリティとしての認可は組織の活動目的によって決められ、組織の法的形態には影響されない。
A簡便な登録手続き
 チャリティ登録の許認可は、チャリティ委員会というひとつ窓口を通して行われており手続きも簡単である。
B明確な判断基準
 チャリティ許認可の裁定では、設立目的の公益性だけが判断材料となり、政治家の意向等に影響されない。
C公益認可の柔軟性
 チャリティ法には「チャリティ」の定義がなく、事例/判例をもとに許認可が判断されているため、市民にとって柔軟にニーズに対応できる。
D受託者の法的責任
 チャリティ団体への登録申請をする際に、その団体の目的にふさわしい受託者(通常3名)を決めなければならない。チャリティ団体を運営する受託者はすべてボランティアで、市民から「公益目的」に託された浄財を効率的、かつ有効に活かす法的義務が課せられる。
E各種の特典
 チャリティ団体には多くの特典が与えられている。とくに税制面での優遇措置があり、企業からの応援が得られ安い。また、「チャリティ」と聞けば「信頼できる公益活動」というイメージが出来あがっており、市民との信頼関係が築き安い。
F活動の継続性
 一度、チャリティになれば、活動の公益性が失われない限り、その活動の継続性が保証される。
 
おわりに
 日本において、今、ボランティア活動、介護保険、医療法の改正が論議されている中でイギリスを訪問した。イギリスでは伝統的なボランティア活動があり、その意義についても多くのことを学ぶことが出来た。デンマーク、ドイツ、スウェーデン、イギリスと見ていく中で、高齢化、介護力低下、在宅福祉の充実、民間活力の活用と共通するものも多い。今後、これらの国々から学び、充実した社会をつくりたいものである。
 
参考資料
@エイジング総合研究センター:イギリスの高齢者福祉におけるボランタリーセクターの役割、1994.3.
Aエイジング総合研究センター:イギリスの高齢者福祉医療対策、1992.3.

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