グラズサックセ市の高齢者福祉対策から学ぶもの
 
                  デンマーク研究会(出雲)  関 龍太郎
 1992年の2月、デンマークにでかけた。4回目の訪問である。今回は、前回との変化を見ることを目的とした。3月号ではホルベックの変化を見たので今回はグラズサックセ市についてみてみようと思う。また、この市の課長ライフ・ウィルソムさんを10月15日に安来、17日に益田に招く計画も進められている。その前の学習という意味でもとりあげておく。
 
1.グラズサックセ市の特徴
グラズサックセ市は人口6万人の都市である。この都市のひとつの特徴は全市を4つに分け、そのひとつひとつに高齢者福祉政策センターがあることである。この高齢者福祉政策センターの設立によって、集合住宅の中にすむ高齢者とプライエムとかデイセンターを利用する高齢者が死亡率の面でも同じものになったことにみられるようにあらゆる面で、両者の差がなくなった。このことは、高齢者にとって、出来たら自分の生活を変えないで在宅で生活したいという要求にかなったものになった。このことにより高齢者は、早い時期から高齢者福祉政策センター にある集合住宅に入居することになり、プライエムに入所することを選択しなくなった。
第二の特徴は、予防的な面に力を入れていることである。その主なものとしては、高齢者の住み易い住宅の建設、老人クラブの育成、海外旅行とか国内旅行の企画と助成、高齢者に役立つ情報の提供、森の散歩会の企画、高齢者ダンス会の企画、補助器具倉庫の充実などである。予防といっても日本においてよくみられるような「タバコを止めなさい」「塩分を少なくしなさい」「牛乳を飲みなさい」ということだけではない。個人で努力することで出来ることは、その意義の情報を与えることはしても、そのことを実行することの決定は本人に任されている。予防とはなにかについては、いろんな場で再三再四質問したが、予防の面でデンマークで大切にしていることは、個人の努力よりも社会環境の改善で、高齢者の自己資源を最大限に活用するために、住宅の改善、補助器具の提供、老人の社会事業への参加についての配慮が市によってされている。日本から行った私たちはデンマークでは個人への指導が弱く、日本では社会環境の改善の努力が足りないように感じた。日本の生活改善が個人の努力に負うことが大きいのに対してデンマークの生活改善は社会の努力に負うことが大きいと感じた。
 
2.グラズサックセ市の高齢者福祉の実情
グラズサックセ市の高齢者福祉の実情をキラゴーンの高齢者福祉政策センターのアニー・フンクさんの講義の記録からみてみよう。
高齢者対策はこの20年間に大きな変化をとげた。しかし、過去がまちがっていたというのではない。ことわざに「過去がなけねば未来はない」というのがある。1932年にキラゴーンの建物が出来たが高齢者に衣食住という形であった。そういう意味ではデンマークおいても救貧対策のかたちでプライエム(日本の老人ホームのようなもの)はスタートとしている。1955年にキラゴーンにシックホームの色彩が加わり入所して5年で老人が死去するなら出来るだけ、その間のケアを充実すべきだという考えで、看護婦、作業療法士、理学療法士等のスタッフの確保が行われ、ケアの充実が図られた。1976年には生活支援法ができ、今行われている老人のケアの基本が決まった。1980年代に入ると「専門家が指導をする事によって、かえってお年寄りの人間性を奪っているのでないか」という反省から、職員の服装は平服にし、ケアのメニューを広げ、お年寄りと共に行う活動を重要視した。そうすることによってプライエムでも在宅でも同じような生活が出来るようにした。プライエムには緊急の時のみ入所するようにした。カフェ、デイホーム、デイセンター、等のお年寄りの「寄り合い場所」をつくった。ハーフデイ・プライエム(1978年より)という夜だけとか、昼だけのプライエムもつくった。例えばキラゴーンでは、1982年には施設外の仕事を25%に増やし、予防的活動に力をいれて行こうとした。年間に展覧会を5〜6回、高齢者福祉政策センターの壁を利用して開き、入所者と地域の交流をねらっている。また、キラゴーンの近くにケア付き住宅の建設を進めており、1992年現在、すでに70世帯が入っている。したがつて、在宅ケアのスタッフがこのケア付き住宅に出前に行く形になっている。出前に行くことによって、プライエムの入所者とまったく同じケアを保障している。キラゴーンには、今、37時間労働で110人(延べ172人)の職員が働いている。この人達がプライエムと在宅ケアの両方の労働していることになる。予算は2900万クローネ(6億円)である。
1988年にはこれらのニーズにあったような教育制度がスタートした。また、1988年より、デンマークにはプライエムをつくらないという法律に変わった。多くの高齢者はプライエムに入ることよりも、自分の独立した世帯として生活することを選択した。このような考えでプライエムのベットを住宅にかえる試みがされた。既にキラゴーンでは100ベットあったプライエムのベットは53ベットになっており、プライエムの個室の跡はデイセンター、カフェになっていた。グラズサックセ市では1992年現在、526ベットのうち24が住宅になり、502ベットになっている。3月号で紹介したホルベック市ではプライエムを全廃するといっているがグラズサックセ市ては、プライエムの必要な人がいると考えており、全廃するという考えは今のところない。1992年現在、67歳以上の90%は在宅で自分たちで生活し、在宅でケアの必要な人は4%、プライエムへの入所の必要な人は6%にすぎないという。また、プライエムとケア付き住宅の利用者の死亡率を比較した調査では差が認められないという。このことは、在宅でもプライエム並みの医療とケアが出来ていることを示している。
 
3.グラズサックセ市の福祉資源と財政
ここでグラズサックセ市の福祉資源と財政について見てみよう。グラズサックセ市は人口が60,882人(1990年)の自治体である。デンマークの中では大きな自治体である。高齢者の全人口に占める割合は65歳以上で11.9%,85歳以上で0.7%である。産業なども活発な自治体である。グラズサックセ市民の職業構成を見ると表1のように、製造業、商業とかレストラン、金融サービス、福祉関係が多い。このグラズサックセ市の福祉資源をみると表2のように、ここでも、在宅に324人、施設に535人の859人が働いている。前述したように、今、グラズサックセ市ではこれらのスタッフを施設から在宅の方向に動かしているということである。わたしたちの訪問した1992年には、表2の31名の訪問看護婦が40名に、279名のホームヘルパーが320名になっていた。その理由としては、市では高齢者が増加していくことによる財政的理由と老人の在宅で暮らしたいという要求のふたつをあげている。日本の場合、人口の6万人の都市で859人の人が高齢者福祉で働いていることは考えられない。
では、その財源はどうなっているのであろうか。表3はグラズサックセ市の1991年の決算をみたものである。これによって明かなように、運営活動費用の58%が福祉委員会決算で占めている。このなかは年金部分があるので、それを除いても50%が福祉予算で占められる。そのことは、市の行政にとって福祉が重要な位置を占めてきていることを意味している。また、歳入の市税の占める位置は大きく全体の41%を占めている。デンマークは税金が高いがグラズサックセ市の税金は表4のように53.6%となっている。これだけの税率を認める中での福祉であることを理解することも必要である。 
 
4.まとめ
今回は1992年2月に訪問したグラズサックセ市の概略について述べた。グラズサックセ市の高齢者福祉課長のライフ・ウィルソムさんが10月15日に安来、17日に益田に来る計画が進められている。この機会に充分に意見交換をし、グラズサックセ市の貴重な経験を島根の将来に少しでも生かせたらと思っている。

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