.デンマークの教育システムについて (亀家朗介報告書より)
コペンハーゲン在住 添乗員 宮下里美さんより聴取
                           2003, 5, 18
クロンボー城にて宮下さん
  教育の父 グルンドヴィは、信仰の自由を法律で認めさせ、教育の大切さ、国民高等学校の考え方の基礎を創り上げた重要な人といわれる。1848年に現在のデンマーク憲法の原案作成に携わった方。民主主義、信仰の自由、教育の大切さを教え、今でも その理念が生きている。
 
2.義務教育は9年間
  1年生から9年生までの国民学校。
 
  デンマークは0歳児からの保育所があるが、幼児教育を目的とした幼稚園はない。幼児期に教育はしない。普通、保育所で数年間過ごした後、6歳で1年生に入学するが、45分の集中時間が持てない子供がいることから、教育制度が変わり1年生に入る前に幼稚園クラスを用意して、時間単位でスケジュールを決めて動くことに慣れさせる。1時限45分以内は、一応先生の言うことに耳を傾け、集団行動ができる態度を植え付けることを目的としている。
  今日では,ほぼ100%がこの幼稚園クラスを経験して1年生に入学する。
  1年生から4年生までは国語を教える先生が担任になる。5年生からは科目毎の専任の担任となるので、クラス担任は国語の教師でなくてもよい。                     
  9年生で卒業試験を受けるが、高等学校   コペンハーゲン郊外にあるグルンドヴィ教会
へ進学、或いは専門学校へ行くには精神的に人間形成が調っていない学生に対しては、更に1年国民高等学校に残って人間形成を磨く。義務教育ではないが10年生クラスも用意されている。だから11年続くとも言われる。
  9年生が終わって高等学校や専門学校に入学する者も沢山いる。
  学校教育に関しては、低学年の内は成績表(通知表)を出さない方針。ただし、学業態度は家庭に渡している。
 
3.卒業試験
  9年生は卒業試験という国家試験がある。そのため7年生、8年生になると何度か模擬試験を繰り返す。模擬テストで評価基盤ができるので7,8年生では成績表が手渡される。成績表は独特の13点法が採られる。
 
4.13点法
  試験を受けて、名前を書いただけでゼロに等しい時00点(改ざんがないよう00と記載)、1,2点はなくその上が03点、5点、6点、7点、8点、9点、10点、11点、13点となる。
  この様な採点には理由があり、合格点は6点、5点は不合格、平均点は8点。7点や6点で合格しては不十分という考え方で、もっと努力しなさい。9点は良い。10点は更に良く、11点はほぼ完璧に近いという評価になる。12点を飛び越して13点は理由があり、デンマークでは質問を受け、その質問で要求されている解答をしただけでは最高点にはならない。質問に対する答えに加えて独自の解釈、分析を加えて独自の意見を一つ加えることにより更に完璧で13点が与えられる。
  特に作文やレポート形式では、この考え方が取り入れられる。数学等正しい答えが出やすい場合は、正しい答えを正しい方法で順番通り導いて行けば13点が得られる。レポート形式では、質問に対する要件プラスαがあって初めて13点となる。
  この試験は国家試験方式になっており、全国一斉に同じ日時に同じ科目の試験が行われる。答案の採点をするのは、その科目を教えた担任の先生と他の学校の正式に任命された先生の二人が、別々の所で採点し、答案用紙には何も記載せず、別の用紙に採点結果を記入する。初めに任命された先生が採点をする。二人の先生の採点が終わると会議を開き、二人の採点結果を付き合わせ、大きく違う場合は(作文、レポートに起きやすい)二人が協議し最適とされる点が与えられる。筆記試験はこういう方法。義務教育修了認定試験である。
  口頭試験は、試験の日時を1クラス毎に決める。試験会場に入るのは生徒一人ずつ。先ず担任の先生が幾つかの問題を用意して事前に公表してあり、問題の中から先生が無作為に問題番号を選び、番号の質問用紙を受け取り、準備の部屋に入る。準備の部屋には、辞書等参考書もある通常の教室と同じ状況が用意されており、自分の勉強したメモなども全てOKで、準備時間は40分〜45分だが、科目によっては20分位の場合もある。自分で回答のメモを取る。準備が出来ると先生が呼びに来る。別の試験会場に行き予め準備した解答を答える。
 例えば、英語、物理、化学等それぞれの担任と、正式に任命された試験官の二人の前で、生徒は口頭で自分の意見をいう。試験官は普通発言しない。担任は解答が不十分な時、成績アップのため色々と質問して、旨く答えられるよう誘導もしてくれる。担任の先生のやり方が目に余ると試験官が口出しや質問でカバーしてくれる。
  試験が終わり生徒が部屋を出ると、5分間は先生同士の話し合いの時間。二人の評価が異なる場合は意見があわない時で話し合いの時間が長くなる。
  筆記試験が終わって、2〜3週間で結果が発表になる。口頭試験は、15分の試験と5分後に成績を受け取ることとなる。生徒はその間廊下で待つ。
 質問 1〜4年生まで国語の先生が担任の理由? 国語を教える時間が一番長い。
  デンマークでは筆記試験も口頭試験も同じように評価される。殊に自分の意見をまとめ、口頭で相手に伝えることが出来なければ、理解しているとは言わないという評価になる。自分の意見や主張を相手にどの様に伝えることが出来るか、それが評価の対象となる。だから、筆記試験で如何に良い点を取っても、それは理解していることにはならない。よく授業中に意味もないのに手を挙げる。積極的に発言するが言う内容が出鱈目の場合、それはそれでいいという評価もある。発言がなければいい評価は受け得ない。
  民主主義を大切にする国だから、小さい子供の頃から口頭で相手を納得させるだけの発言力を付けさせる。これが教育の中に染み込んでいる。口頭と筆記の両方が揃って初めて相手の理解が得られる。
 
5.教育者育成の方針
  教育者育成の方針は、2〜3課目の専門科目を持つことが義務づけられている。
  国語を教える先生は、その他に数学や英語も教えられる先生でもある。
 中にはデンマーク語を専門科目に持たない先生もあり、その人は下級生を担任に持てない。
  デンマークでは大学を卒業して教師になる場合は、高等学校以上のレベルの教師となれる。
  国民学校の教師になる場合は、高校卒業後養成学校に入りセミナーを受け、何年かで教師の資格が取れる。
  デンマークでは物を教える教師の外、もう一つ、教育者という専門の知識の二つが要求される。専門教科の教師資格があっても、教育者の知識が欠ければ教師になれない
  文部省検定教科書はデンマークにはない。教科書を決めるのは、保護者会の中から役員が選ばれ、教師代表の役員と校長が学校運営役員会を構成し、それぞれの学年、それぞれのクラスで使う教科書を決めて使用する。また、教師によっては教科書を使わなく、自分で良いと思う色々な書物の中からコピーを取り、これを教科書とする先生もいる。また、保護者の中には子供のため一生懸命の人、顔すら出さない人もいる。
  市はそれぞれの学校に年間予算幾らと決めており、地方分権が隅々まで行き亘っているので学校運営委員会が予算をどう使うか決定できる。だから、保護者が学校制度、学校のサービス内容に口出しでき、最大限その権利を利用し積極的に働きかけている。
 
6.デンマークは政党政治
 問 デンマークの現大臣に20代が男女各2名いるという。どうしてそんなことが可能か。
  若いときから政治に関心を持ち、政党に会員として登録され、党のために一生懸命努力し続ける人達がいる。
  18歳以上なら正式に立候補できる年齢で政治活動する。大人のための政党とそれ以外に各政党とも若者向けの政党を持っている。其処で政治活動をして感覚を磨き、大政治家を目指す。
日本の中学生位の年齢から政治感覚を経験し、5年、10年と腕を磨き続け20歳位で立候補する可能性は充分にある。
  18歳で選ばれ議員になっている人もあり、実力を発揮して充分やれると認められている。
 
7.子育ての考え方
  子供が生まれると、0歳から18歳まで親に育児援助金が国から現金支給される。
  デンマークの法律では、親の子供に対する扶養の義務は、0歳から18歳までで18歳の誕生日を迎えれば、その日から親の扶養の義務はなくなり、子供の社会的言動にも責任はない。
  18歳を過ぎても未だ学生だと授業料は税金で賄われるが、生活費、交通費は親ではなく国が学生援助金として支給する。親元に住んでいれば月額2,000kr(4万円)強、独立して生活していれば、最高額月額4,500kr(8万円)ずつ支払われ、国に返す必要のない奨学金である。奨学金は、一般収入扱いになる。学生が奨学金だけでは足らず、アルバイト(大部分がしている)収入を足すと国の定める基礎控除額30,000kr(60万円)位を越すこととなる。越した金額は税金の対象となる。自立した学生の援助金月額4,000krは、年5万kr位になり基礎控除額を越し税金の対象となる。
 
8.国の教育方針
  今、これからの社会がどんな資格を持つ人が必要かを考え、学校教育をそれに応じた制度に少しずつ変えている。
  デンマークの場合、全労働者の79%が何らかの形で職業人として使える知識、資格を持っている。しかし、政府はこの79%には満足できず、90%以上に上げて更に労働市場向けの教育制度を充実したいという希望を持っている。
  デンマークは資格取得社会と言われ、その為の教育制度になっている。教育を受け学校を卒業したということは、国の認める資格を取得したという証となる。子供達が義務教育、その上の高等学校に進んで行く、その教育の中で資格は取れない。上に行くための準備教育期間と言われている。義務教育が終わった後の普通高校卒業は、大学入学の国家資格である。
  勉強は得意ではないという人のためには、義務教育が終わったあと専門学校が用意されていて、数年間の教育で無事全ての単位が合格点を取れたら卒業でき、国の認める国家資格に匹敵するということで、何処でも仕事が可能となる。デンマークでは必要とされる単位全部に合格点を取らないと卒業出来ないシステムである。
  大学を例に取れば、同じ一つの単位を取るのに最高試験は3回しか受けることが認められていない。1回目に合格すれば次に進めるという仕組み。同じ課目を3回たて続けに落ちてしまえば、どんなに他の課目が全て良くても大学は卒業できない方式になっている。無事卒業できたということは、国の要求している全てを合格点でクリヤーできたということである。
  無事、専門学校、大学を卒業した後で国家試験を受ける必要はない。
  デンマークで大学に行けるのは、学部により多少差があるが10年である。10年以内に単位が取れない場合は、やる気がないとみなされ追い出される可能性がある。国の税金を使って全体を養成するのだから、やる気のない者は税金の無駄使いという考え方。
  国を支える人材育成が基本理念であり、国の責任、社会の責任である。教育の機会は全ての国民に平等という社会的基本姿勢がある。教育費は大学まで全て無料で受けられる。
  一度、社会人になり収入を得るようになり、別の資格を目指す人の為に成人講座、成人教育コースが夜間に用意されており、夜の学校に通う場合は、ある程度自己負担額があり、働きながら、税金を払いながら新しい資格を得ることができる。新しい資格を得ると新しい労働組合にも入られ、給与レベルも加わってくることとなる。
  デンマークは、全国組織の労働組合と全国組織の雇用者側の組合が話し合いをして、最低賃金、最低労働条件をどうするか決めていく。だから新しく資格を取ると、卒業したばかりの若い人でも、5年、10年働いて可成り慣れたベテランでも、保証される最低賃金は同じということになる。企業によっては、慣れた分だけ給与の上乗せをしてくれる制度を用意する所もある。単純労働の場合は、慣れているかいないかは関係ない。同じ仕事をする場合は、10年のキャリア組も卒業したばかりのピカピカの1年生も同じ給与ということも充分にある。反対に資格によっては、新しく卒業して最新の知識を取得した方が社会に役立つコンピューター関係等でよく見られるケースで、新卒者が10年前の卒業者より給与が高いというケースもある。徹底した合理主義である。
  国民学校をある程度の学力で卒業し、学校から「この者は高校教育に充分付いていけるだけの人間形成が出来ている」「この人は適正だ」という推薦状を書いて貰えれば、すんなりと高校に入学できる。同様に高校を卒業する時に試験の総合平均点が、希望する大学に入学できるかどうか決まる。だから、1年生、2年生、3年生のそれぞれの必要な単位を取得して、最終的に無事卒業できることとなる。普段の学業態度で得た成績と筆記試験、口頭試験、全て総合して総合平均点が出される。この総合平均点で大学、学部の申し込みが決まる仕組み。
自分の総合平均点は低いがどうしてもあの学部に行きたい場合は、成績を上げる努力をするのではなく、足りない成績を社会体験で補う、労働市場に出て社会人としての体験を何年間かしてそれを成績に上乗せして貰うというやり方も用意してある。
 
9.デンマークの後継者問題
  農業でも企業でも辞めようかという人がいれば、土地、家屋ごと売却。そこの農業ができればよいという考え方。例えば、息子や娘が父の農業を引き継ぐとすると、土地家屋とも市場価格の15%引き位の安い値段で買い取る必要がある。息子に譲ることは認められない。家族に引き継ぐときは15%引きが認められている。土地に執着しない。18歳で自立し親元から離れ、経済力ができれば自分で家、土地を買う。両親が使った家が必要でなければ、家は売り払い、兄弟で分け遺産相続することとなる。今日のデンマークでは同じ家に代々住み続けることはあり得ない。
 
10.職業について
  教育は全ての人に無料で平等に行われ、子供が何になりたいか、本人が希望すればどんな資格でも取れるシステムが用意されている。親が医者だから子供も医者、職人だから職人という考え方は全くない。両親が大学を卒業した家庭の子供は、両親と同じ道を選ぶ可能性が高いという統計はある。これは親の指導ではなく、親の姿を見て子が育ったと言われる。
 
11.振り返って 1
  民生児童委員をしていると、小中学校の参観日に参加する。45分の授業時間が椅子に座っておれない小学1年生、授業時間中生徒が後ろ向きに座り生徒同士が話をしていて、先生も生徒も互いに無視為合っていたり、授業をボイコットして廊下を徘徊する中学生。
  日常の報道に、次々と信じられない事件事故。子供たちばかりではないけれども。
  デンマークでは、子供の教育方針や教科書にまでに、親も係わっていたが、それは18歳からは経済的にも社会的にも自立して一人で生きていける人づくりをしていた。
日本では、ひとを押し分けて、いい学校に進学し、いい会社に就職し、たくさんお金を儲けができるように。そのためにはいつも競争。親は自分の出来なかったことを子供に求め、これだけ与えたのだから困った時には当然助けてくれると信じ、子供は親から与えて貰うのは当たり前と思っている。
 
11.振り返って 2
1) 子育てで忘れられないことは、16年前、ホルベック市で研修したとき、元気な高齢者の家庭訪問したとき経験したことがある。訪問先は、コーディネーターのコペンハーゲン大学助教授ビヨン先生の奥さんの親友シギストさん。彼女は70歳の元訪問看護婦さん。
訪問先で日本のお年玉の習慣の話をした。当時、小学生の平均が、2万円台と銀行の報告。
すると彼女は大笑いした。私たちは笑いの理由がわからなかった。
しばらく笑って、「一体、日本人は何を考えているのか」と。何を言われているか判らない。
「お年玉を貰った子供は、呉れた人に何をしたか」「何もしていないのに、そんな大金を与えたら、ものを大切にしたり、思いやりの心が育つはずがない。一体日本人は何を考えているのか」と言われた。あの時から、私の生き方が変わった。
 
2) ホルベック市のもう一つの出来事。当時、県庁公衆衛生課に勤務していて、子供の虫歯予防に関わっていた。訪問看護主任のトーベ・フィスカルさんに「3歳児の齲歯罹患率は何%?」
 0%の返事。当時島根県は3歳児罹患率80%、1.5歳児15%であった。「小学生の罹患率は」と畳み込むと「処置した子供はいるが、齲歯のある子はいない」という返事で、学校に見学に行った。
  人口3万人の市に8つの国民学校があり、4人の歯科医がフルタイムで働いていた。
何故、デンマークの子供達に虫歯がないのか。齲歯のない学校で歯科医は何をしているか。
  デンマークの親は、この子が一生使う歯だから、自分で歯が管理できるようにブラッシングを教える。勿論、幼児期は親が点検磨きでフォローしながら。「生涯自分の歯で食べられるように」それが自助自立のデンマーク人の当たり前の結果であった。歯科医は、税金により生徒の自己負担なしで歯列矯正をしていた。だから、北欧もイギリスもスイスもヨーロッパも歯列は綺麗である。

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