デンマークの看護教育
                   デンマーク研究会 関 龍太郎
 保健医療福祉を担う職種として、医師とともに注目されている職種として、看護職員がある。デンマークでは、どうなっているのであろうか。日本とどう違うのであろうか。看護教育については横浜市立看護短期大学の眞舩拓子氏と看護協会の報告書に詳しい。ここではその2つの報告書を日本と比較しながら述べてみたい。
 
1.デンマークの基礎看護教育
 デンマークでは1933年、日本の保健婦・助産婦・看護婦に相当する「看護婦法」が発令され、教育の期間が3年を下回ってはいけないことになった。56年には改訂され、看護婦の資格試験の実施と看護婦免許の授与を国立健康局(NBH)がすべて行うことになった。57年には3年6カ月(旧カリキュラム)、90年には3年9カ月(新カリキュラム)に延長され、看護理論も重視したものになっている。
 入学資格としては@最低10年間の学校教育を受けた者(実際には平均13年以上の教育を受けたハイスクール卒業程度の入学生が多い)、A社会人として1年以上働いたことがある者(例えば他人の家の手伝い、老人・障害者の施設で働く)、B成績のよい者(ハイスクール時代の国語・英語・物理・化学の成績が重視される)、C健康である者、既婚未婚を問わない、である。日本と違う点は1年以上の社会における労働を入学の資格として入れていることであろう。
 入学試験は年に4回(1月、3月、6月、10月)行われ、1〜4のグループで学習する。1クラスは28人程度である。5%が男子学生である。日本は年1回の入学であるのに比べてデンマークの年4回の入学である。
 学習状況は旧カリキュラムでは3年6カ月で3700時間であり、そのうち講義時間は1944時間である。その内容をみると表 のごとくなる。旧カリキュラムでの項目別の講義回数と実習週数をみると表 のごとくなる。実習は実際にスタッフの一員として、病棟に勤務する形で行われる。1年生は、基礎的な看護技術の習得を中心に実習している。特に、初めて経験する処置、重要な事例については十分な指導を受ける。主に臨床の看護婦に指導される。また、2〜3年になるとスタッフの一員として、母性、小児、成人、老人の看護や疾病別の看護を提供していく4年生になると病棟の管理的な役割も実施していく。これを図示すると図 のようになる。また、最初の6カ月は賃金はないが、その後は実習でも講義を受けていても賃金が貰える。1年目は7895クローネ、2年目は8694クローネ、3年目以上は9036クローネである。1クローネは20円なので、1年でも16万円、3年で18万円程度となる。しかも、1年目の最初の6カ月は宿舎に全員入っていて食事代は無料である。しかし、税金は払う。このよう中で医療事故が発生した場合には、その実習を指導している先生や病棟の看護婦でなく、看護学生自身が刑事責任を問われたりすることとなる。
 近年、日本で注目されて来ている訪問看護婦になりたい看護婦は、決められた訪問看護婦コースを選択する。それは、看護学校を卒業した後、小児科、内科、老人科、精神科を各3カ月以上経験することを必要としている。改めて、訪問看護婦になるための学校に行かなくてもよい理由は、基礎看護教育の中で、老人看護・長期療養看護・地域看護、公衆衛生看護・医療社会学・市政学・行政学・宗教論など訪問看護婦に必要な基礎知識を学習しているからである。
 
2.新カリキュラムの教育内容
 
 
 
 
 
 
    
 
 
 
 
 
 
3.日本の看護教育
 ここで日本の看護教育のすべてを述べるつもりはない。ここではデンマークの看護教育との比較に必要なことを中心に述べてみたい。日本の看護教育は「保健婦助産婦看護婦法」をもとに「看護婦等養成所の運営に関する指導要領について(通知文)」および「看護婦等養成所の運営に関する手引きについて(通知文)」を基本として実施されている。現在の看護教育制度を図示すると図 のごとくなる。この中で、高校卒業後修業年限3年の教育内容をみると表 のごとくなる。
 日本の看護教育は平成元年改訂されているが、改訂にあたって次のように述べている。
@急速な医学・医術の進歩に伴い、看護の内容もより高度・複雑となり、看護職者は専門的知識や技術とともに優れた観察力や判断力が要求されるようになってきている。
A人口の高齢化の進展により、看護が医療施設のみでなく、在宅においても必要となってきている。
B高齢化社会の到来に伴って、保健、医療、福祉の連携等が社会のニーズとして求められるようになっている。
C国民の健康に対する意識が高まり、国民自ら健康に対して関心を持つようになり、保健医療のニーズが増大し、多様化している。それに伴い看護職者に対して、健康教育や疾病予防、プライマリ・ヘルス・ケアへの対応の充実が望まれている。
D高学歴化社会において、ターミナルケア等病気についての関心の高まりの中で、看護職者には、一般的な知識の提供だけでなく、これらに対応できる幅広い人間性が求められてきている。
 以上のような変化に対応するために、看護教育の現場では各養成所において、指定規則に定められた以外に科目の追加や時間数の増加等を行い、教育が過密になっていた。
 また、以上の状況を踏まえ、改訂にむけての看護婦、保健婦等の各課程共通の基本的な考え方としては、次のような点がある。
@進展する医療に対応できる判断能力や応用能力、さらには問題解決能力が身につく幅広い学習ができるようゆとりあるカリキュラムとすること。
A社会のニーズに応え、高齢化社会に向けて老人に対応出来るよう、継続看護や在宅看護が従来にも増して重視されるよう配慮すること。
B疾病の治療のみでなく、健康教育、疾病予防、リハビリテーション、ターミナルケア等をも含めた包括医療にも対応できる基礎的知識を重視すること。
C施設内外を問わず、多くの職種と協力しながらチーム医療を推進できるよう教育すること。
D従来の実習については、校内実習や演習を含める例が多いが、従来の校内実習や演習は、講義の時間に含めることとし、実習は直接患者に接する実習(臨地実習)のみをいうこととすること。ただし、高等学校衛生看護科については、その特殊性に鑑み、経過的に配慮を行う必要があること。
 また、看護婦課程については次のように考えが示されている。「看護婦として必要な対象の理解となる実践の基礎となる看護技術の習得ができ、また、進展する医療に対応できる判断能力、応用能力等を身につけるよう教育する必要がある。看護は、人々の健康や不健康を問わず、各個人に対して、より健康に正常な日常生活を援助することであり、そのためには、看護に裏付けられた実践が展開されなければならない。そこで対象の人々を全人的に把握し、看護できるようにするため、教育方法を従来の疾病別の理解から対象別の理解にに改め、さらには、経過別や症状別にも対応できる教育内容に改善することが必要である。また、各施設において、それぞれの施設の教育理念のもとに弾力的に運用できるよう、選択科目の導入や自由裁量の時間を設けることとする。さらに、従来男性と女性を区別していた内容について、医療現場の変化や社会通念の変化に対応してね男女の別なく教育することとする。
 以上のように「考え方」の上ではデンマークと比較してみても差はない。
 
4.日本とデンマークの看護教育の差
 具体的に日本とデンマークの看護教育の差を列記すると次のようになる。
@日本では看護教育は3年間、時間で3000時間であるが、デンマークでは3年6カ月3700時間であり、新カリキュラムでは3年9カ月である。養成期間で9カ月の差がある。講義時間のみをみると日本は1815時間で、デンマークは1944時間である。デンマークの方が129時間長い。
A講義時間をみると日本では基礎科目360時間、専門基礎科目510時間、専門科目945時間で計1815時間であるが、デンマーク(旧カリキュラム)では社会行動科学445時間、自然科学458時間、健康科学933時間、卒業試験65時間、オリエンテーション43時間で計1944時間である。
特に社会行動科学に分類されている時間が長い(表 参照)。ここには医療社会学、市政学、宗教学等が入っている。今後、日本においても充実すべき領域である。
Bデンマークでは訪問看護婦になりたい看護婦は別の学校に行くのでなく決められた「訪問看護婦コース」を選択するようになっている。これも社会行動科学の中で医療社会学、市政学、宗教学、社会科学等を、健康科学の中で地域・公衆衛生看護学、精神看護学等の訪問看護婦に必要な科目が履修されているためである。
 日本でも訪問看護婦を養成する学校はない。
Cデンマークでは医療だけでなく、生活全体・人の一生を考慮したノーマリゼーションに裏打ちされた看護教育がされている。日本においても理念では同様であるが、時間数、講師陣、方法論等において解決すべき点が多い。
Dデンマークでは入学の時期が4回に分かれている。このことは1グループごとに講義と実習が合理的に行われていることが推測される。日本の場合は4月に全員が同時期に入学する。講義は多人数を対象に効率的に出来る。したがって、教員の数が少なくていいし講義も何回もしなくて良い。
Eデンマークでは、学生時代から16〜18万円の賃金が保証されており、自立を容易にしている。日本では親からの仕送りに頼らざるを得ない。
F卒業後、デンマークでは訪問看護の分野でホームヘルパー、作業療法士等の関連する多くの職種が専門性を保持しながら連携できるシステムになっている。日本においては、訪問看護婦制度が発足から時間が経ってなく、今後、検討すべき点が多い。
Gデンマークでは同一資格で同一の賃金であり、地域格差もない。また、看護協会の役割として、看護職員の賃金の交渉をしている。日本では地域間の格差が大きい。
 
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