デンマークの高齢者保健福祉政策に学ぶもの
                    デンマーク研究会 関 龍太郎
 デンマークの高齢者保健福祉政策から多くの事を学ぶ事が出来る。著者は1989年、90年、92年と3回にわたってスタディツアーに参加した。一方、この間に日本ではゴールドプラン(2000年目標)を制定し、94年には全国の市町村で老人保健福祉計画が策定されている。今回は、デンマークの高齢者保健福祉政策について、日本と比較しながら述べてみたい。
 デンマークは面積4万3000km、人口約500万人の国である。面積では九州、人口では兵庫県とほぼ同じである。最高峰でも147mで山らしい山がない。宗教としてはキリスト教ルーテル派であるが、宗教心の強い国とは言えない。89年の国民所得に占める割合をみると、サービス業66%(民間43%、公的23%)、製造業21%、建築関係業7%、農業5%、電気ガスなど1%であり、サービス業の占める割合が大きい。資源の乏しいこの国では、輸出で外貨を獲得している。輸出のうち、農産物は12%にすぎなく75%が工業製品である。GNPは世界第5位であり日本より上位である(87年)。この国は、租税方式による社会保障をしている。また、保健、福祉、医療、教育は無料である。保育には利用者負担がある。67歳以上の高齢者には約6万円の年金がある。税金は所得税をみると国税23%、県税11%、市税21%(14〜25%)である。付加価値税が22%である。なぜ、デンマークのような福祉国家が出来たかの質問を、しばしばしたが、「昔から貧しかったので平等意識がつよく相互援助が発達した」「デンマークの民主主義の成果である」「女性の社会進出が老人福祉を発達さした。家事から女性を解放した」「長期間戦争がなかった」などの理由をデンマークの人々はあげていた。
 市の行政は市議会が行い、財務、福祉、文化、環境、技術の委員会がある。市長は市議会より選出され、財務委員長を兼ねる。
 
1.基本的な理念について
 デンマークの基本的な理念としては、「基本的人権の尊重」をあげなけねばならない。どのような分野においても、基本的人権は尊重されていると感じて。また、基本的人権について浸透させる過程において、ものごとの処理が民主的に行われている。民主主義についても学ぶべき要素を多く持っている国である。
 デンマーク主な出来事をみると表1のようになる。59年以降をみると、59年にバンク・ミケルセン氏の起草による「1959年法」が出来ている。この法でノーマリゼーションという考えが打ち出される。日本が高度成長政策をとり、農村の崩壊の起こっているころの64年には、プライエム(デンマークでは日本の特別養護老人ホームをこのように呼んでいる。また、障害者も一緒に入所している)の法律の改正。ガイドラインによって、全室個室、居間部分が15m以上、バストイレ付き等になっている。68年に「高齢者年金者福祉サービス法」の制定。老人福祉対策が「慈悲型」から「ケア型」になっていく。70年には自治体の合併が行われ1388の自治体が277になる。74年には「生活支援法」が制定。この年にホームヘルパーを制度化される。79年には「高齢者問題委員会」を設置、87年には市への補助金行政をやめ、その予算を地方交付税にふりかえる。88年にはプライエムの新設をやめ、「ケア型」の福祉から「自立型」の福祉に転換している。(表1参照)
 
2.「デンマークの高齢者福祉の三原則」について
 「自己決定権」「生活の継続性」「自己能力の活用」はデンマークの高齢者福祉の三原則である。この三原則は79年に設置された「高齢者問題委員会」(委員長ベント・ロル・アナセン氏)の答申(82年)に基づいている。まず、「自己決定権」であるが、どのお年寄りでも「自分の老後の過ごしかたは自分で決めたい」「どんな老人ホームに入るのかは自分で決めたい」「自分の起きたい時に起き、寝たい時に寝たい」「個室の老人ホームに入りたい」「自分の部屋は自分の趣味でもって飾りたい」「歳をとってもおしゃれがしたい」「息子と同居するかどうかは自分の意志で決めたい」「自分の思うリズムで生活したい」と思っている。デンマークで保障されている、この「自己決定権」が日本で保障されているとは思えない。次に「生活の継続性」はどうであろうか。「自宅で生き自宅で死にたい」「自分の友人のいる場所で暮らしたい」「老人ホームに入所するとしたら個室で安心空間を継続したい」「自分の特技とか趣味を生かしたい」などがいかなる国においても老人の本音ではなかろうか。デンマークではこれらの点が保障されている。もう一つ原則である「自己能力の活用」はどうであろうか。デンマークでは、老人が自分の能力を最大限活用して生活をすることが基本になっている。例えば、料理をする力がある間は、不経済でも一日何回もホームヘルパーを派遣して一緒に料理をし、決して、配食サービスにはしない。日本の場合、自分の能力とか残存能力を生活の中で積極的に生かすという文化は弱い。島根県安来市に来訪したデンマークの訪問看護婦ダンボーさんの感想でも、「安来のスタッフは手をかけすぎる、本人が出来ることはもっと、してもらうようにすべきだ」ということであった。日本には「なにか年寄りを床の間に飾っておくような文化」がある。いづれにしても、デンマークの高齢者福祉の三原則である「自己決定」「自己能力の活用」「生活の継続性」は、今後の日本の高齢者の福祉をすすめるにあたっても必要であると考える。
 
3.ホームヘルパーの重要性の確認
 デンマークの高齢者の多くが在宅で生活出来るのは、フルタイムに換算して、約27,000人のホームヘルパーがいるからである(表2参照)。人によっては一日六回もヘルパーが来る。料理はもちろんのこと花木への水、猫の餌をやるためにも派遣される。日本においてはゴールドプランでホームヘルパーを10万人にするといっている。しかし、日本は家族が老人をみる考えが強くニーズ調査では目標に達しない市町村が多いと言われている。確かに日本には家庭の中に他人の援助を入れたがらない文化がある。しかし、核家族化、子供の意識の変化、都市での子供の就職、過疎化、同居率の減少等の要因はホームヘルパーの必要性を余儀なくしている。財政的にも、国が2分の1、県が4分の1、市町村は4分の1であり、他の補助金よりも市町村負担が少ない。基準額も92年より改善している。しかし、雇用される側からすると、賃金が安い、本採用でなくパート職員である、仕事内容が曖昧である、等の問題が残っている。しかし、このゴールドプランのホームヘルパーの数にしても、デンマークと比較すると約5分の1の数である。日本のゴールドプランとデンマークの現状を比較した(表3参照)。日本の100万人あたり、1,000人に比較してデンマークは5,300人と約5倍である。表4はデンマークの主要都市の高齢者の数、ホームヘルパーの数とプライエムのベット数、スタッフの数等についてみたものであるが、ホームヘルパーは65歳以上の人口の2.5〜4.5%にあたる。日本では現状で0.3%、ゴールドプランで0.6%である。このように、デンマークの主要都市のホームヘルパー数は日本のゴールドプランが実現したとしても、4〜8倍である。確かに、デンマークの高齢者は子供と同居する割合が少ない。子供と同居しているのは3〜5%といわれている。日本は50%前後である。しかし、日本において、今後、子供と同居する高齢者は減少すると考えられ、ホームヘルパーの支援は必要である。また、デンマークでは、ホームヘルパーの養成期間を従来の七週間から一年へ延長している(91年)。
 
4.訪問看護活動について
 デンマークの訪問看護活動の主役は訪問看護婦である。全国で約4,000人いる(表2、表4参照)。これは65歳以上の人口の0.5%にあたる。訪問看護活動の主役は訪問看護婦である。訪問看護婦は精神的、身体的な健康状態の観察、血圧測定、家庭医から投薬された薬の管理、医師の指示に基づく注射や傷口の手当という看護業務をしている。注射、傷の手当等が看護婦にまかされており、日本よりは看護業務が広いという印象である。さらに、各種の福祉サービスのニーズを判定するという重要な業務をしている。ホームヘルパー、配食サービス、補助器具、住宅改造の必要性の判定と手配も訪問看護婦のを業務になっている。訪問看護婦は、すべて市の職員(公務員)で「在宅ケア課」に所属している。近年ほとんどの自治体が「24時間在宅ケアシステム」を実施している。また、退院患者が、いかに在宅で生活するかを検討する「連絡会議(在宅と施設のスタッフで構成)」への出席も重要な仕事になっている。近年、作業療法士を採用する自治体も増え、補助器具、住宅改善については作業療法士の業務になっている。また、しだいに分権化の傾向も出てきており、市役所で集中管理するのでなく、訪問看護婦1〜2人、ホームヘルパー10〜14人のチームに分権化し70〜80人の対象者の処遇の判断権をまかすホルベック市のような自治体も増えてきている。この際も、在宅ケアのコーディネーターは訪問看護婦である。しかし、近年ホームヘルパーの養成期間の延長、専門職意識の確立の中で相対的に数の少ない訪問看護婦の立場が厳しくなってきている。
 
5.施設ケア体制について
 デンマークの施設ケアの実態をみると、人口513万人の国で、プライエムが1,212箇所、ベットが47,065ベットがある(1989年、後述するように、その後、プライエムのベット数は減少の傾向にある)。これは65歳以上の6.0%にあたる(表4参照)。人口100万人あたり、9,300ベットである。人口100万人あたりで比較してみると、日本(2000目標)は特別養護老人ホームが2,400ベット、老人保健施設が2,800ベットで合計5,200ベットであり、デンマークの2分1程度である。このように、ベット数が2分の1程度であることは認識すべきである。この点は主要とし都市別にみたベット数においても裏付けられる。
 しかし、ベットの数の面だけでなく、いくつかの点でデンマークの施設ケアの方が充実している。第一にデンマークのプライエムは個室が原則である。89年現在、10%が2人部屋である。プライバシーの尊重という意味から個室が当たり前になってきている。第二に部屋の広さである。64年の法改正により、個室で居室部分15mとバストイレ4m以上となっている。したがって、それ以後に建設されたプライエムでは必ず、この基準が守られている。居室は個人のホームなので、自分の愛用している食器とか椅子が持ち込まれ、壁には自分の好きな絵とか家族の写真が飾られている。第三にプライエムのスタッフの数である。デンマークでは47、065のベットに47,613人のスタッフがいる。看護介護のスタッフだけでも25,424人である。この数は一人の入所者にひとりのスタッフという割合である。日本の場合は100ベットで45人前後のスタッフである。第四に自己負担金は本人の所得のみで決定されている。日本の場合は本人の財産、子供の所得が自己負担金を決定する要素になっている。このほかにも、プライエム全体に各種の配慮がされている。共通部分であるフロアーが広く花木があり、鳥が飼われている。入所者のニーズによって、美容室があり、車椅子の人のための花壇があり、売店ではアルコール類が売られている。食堂が広く美しく飾られており、地区の人も利用するようになっている。これらの結果、デンマークでは入所者ひとり当たりの経費が50〜67万円になっている。日本では20〜35万円にすぎない。
 また、近年、デンマークにおいては、お年寄りを施設でケアするのでなく在宅でケアする傾向が強くなってきている。その動きはスケヴィング市とかホルベック市において顕著である。前述したように国全体においても、88年以降のプライエムの建設を認めていない。88年から始まったホルベック市の変革は施設ケアを全廃して、完全在宅ケア体制に変えることである。その原因のひとつはこのまま施設ケアをすると後期高齢者の増加によって、21世紀初頭には88年の二倍以上の財源を必要とし、財政的に破綻することが明らかになったためである。プライエムの250人の入所者が全福祉予算の63%を費やしている。また入所者にとっても、入所したら一生いることになる、社会から隔離することになる、自分のものの持ち込みが限られるにくい、協調性が強要される、ケアが規格化される等の理由があった。88年、職員・市民・高齢者によるワーキンググループを12箇所に設置し、24時間在宅ケア、給食サービスの方法、住宅の問題等を検討。88年のホームヘルパーは122.5人、訪問看護婦は21.1人。プライエムは252ベットである。89年、上記事項で「アイディアコンテスト」を実施、同年5月市議会可決、8月より職員500人の配置替えと再教育、プライエムを廃止し高齢者地域総合センター(5箇所)に改造、高齢者住宅(床面積56〜60mとプライエムの20mより広い)の建設等の施策の具体化がはじまる。表5は財政面からみた変革の計画である。11月には24時間在宅ケア体制の導入すると同時に、業務管理を市役所の集中管理からホームヘルパー(約12名)と訪問看護婦(1〜2名)のチームに分権化。90年11月、選挙の結果改革反対派が増加し、再評価が必要となる。92年1月現在ホームヘルパー197人、訪問看護婦39人、プライエムは151ベットになる。88年に比較してホームヘルパーは75人、訪問看護婦は18人の増加、プライエムは101ベット減少している。93年1月、コペンハーゲン大学より再評価の分析結果が出る。市民への情報提供の不十分、掃除の回数等の若干の問題はあるが、高齢者のニーズ、職員のニーズは満足していたという結果であった。93年8月現在、改革はほぼ順調であり、目標の7割を実現、費用は予定より600万クローネ多くかかっている。
 改革の必要費用は国の補助金と施設入所者を少なくする事により捻出している。しかし、プライエムを全廃するといっても54ベットのショートステイは存在している。また、500人のスタッフは決して削減するのでなく、施設から在宅への配置替えである。いづれにしても、人口3万人のホルベック市に「高齢者福祉」で働く公務員が500人いることに注目すべきである。このホルベック市の変革の中でもうひとつの注目すべき点は、住民・高齢者参加である。変革の過程で再三再四、住民・高齢者とスタッフと市が協議している点である。日本にとっても、学ぶ点である。
 
6.デイサービスセンターの充実について
 デンマークではデイセンターは415箇所あり、フルタイム換算で2,475人が働いている(表2参照)。日本においてはデイサービスは「在宅福祉の三本柱」のひとつであり、2,000年までに、全国で1万箇所を設置する計画である。デンマークのデイサービスは理学訓練のみならず、機織り、手芸、染め物、ケーキづくり、絵画、コーラスと多種多様の訓練が行われている。老人は自分の興味のあるものに参加している。スタッフも必ず作業療法士が確保されているし、作業療法士のもとに趣味の指導員というスタッフもいる。日本の場合、メニューが少ない。これは指導スタッフの数、対象者の選定の違い、経費、施設の広さと構造等の違いによるものと考えられる。したがって、すぐにデンマークのようなデイケアの実現は困難である。しかし、高齢者の増加するなかで、どのようなデイサービスが良いのか検討すべき時期にきている。
 
7.社会的入院について
 医学的な治療が必要でないのに病院に入院していることを「社会的入院」といっている。日本の入院期間が欧米諸国に比較して長い。OECD諸国の調査によると平均在院期間はデンマーク(82年)11.9日、スウェーデン22.7日(83年)に比較して、日本は55.1日である。アナセン氏の91年の講演ではデンマーク7.5日、日本約30日であった。この平均在院期間を短くする工夫として、日本では、老人の診療報酬において在宅重視の訪問看護・指導料、入院時医学管理料、老人検査料、老人注射料など設定されつつある(92年、94年の改訂)。しかし、それでも差は縮まっていない。その要因としては日本では退院患者を受け入れる在宅福祉が不十分であることと病院医療が私的資本で占めていることである。ちなみに、入院率はデンマーク19.2%(83年)に対して、日本は6.7%(83年)である。このことは、日本はデンマークと比較して特定の人が極めて長期間入院していることを示している。しかし、日本において社会的入院を少なくするといっても、それを受け入れる「特別養護老人ホーム」「老人保健施設」「ケアハウス」等の施設が少ないし、ホームヘルパー、訪問看護婦、作業療法士、かかりつけ医の在宅ケア等のスタッフが少ない。このような中では、今、社会的入院をしている患者を退院さすと家族、親戚に重い負担がかかる。また、病院から退院しても、在宅で生活出来ずに、すぐに他の病院に入院していくケースもみられる。すなわち、社会的入院を減らすには在宅ケアの充実がないと不可能である。デンマークでは医療は県、福祉は市の責任で実施されているが、「社会的入院」が明らかな場合、要した経費は福祉の責任者である市が負担し、県に支払うようになっている(91年より)。
 
8.保健福祉医療を総合的・継続的に実施することの意味
 日本でも市町村の窓口を総合的にするという意味では、同じ課で事務がとられている。「高齢者調整チーム」が各市町村におかれているが、まだ十分に機能していない。これは在宅ケアのネットワークが十分に機能していないためである。十分に機能さすためには、ホームヘルパー、訪問看護婦、保健婦、栄養士、作業療法士、歯科衛生士等の在宅ケアのスタッフの充実が必要である。さらに、保健福祉医療を総合的に実施するには「かかりつけ医」「病院」との連携をも欠かすことが出来ない。しかし、総合的というのは単に窓口に総合的にすることではない。保健福祉医療が総合的に運営されなけねばならない。デンマークの「慢性疾患治療病棟」では、定例的に二週間に一回の割合で「評価委員会」が主治医、看護婦、作業療法士等の「院内のスタッフ」とホームヘルパー、訪問看護婦、作業療法士等の「在宅ケアのスタッフ」で持たれている。院内のスタッフは地域に出かけ患者の住宅を見、改善計画を指示している。在宅ケアのスタッフは、入院中の患者を観察するために病院に出かけている。このように、病院と在宅ケアが密接に連携出来ている。しかし、このようにデンマークにおいて、総合的な保健福祉医療が出来ているのには、諸条件がある。第一に専門的な多くのスタッフがいることである。第二に業務が一元的に行われていることである。アナセン氏は「デンマークでは福祉の分野は民間の競争原理を使うよりも公的に行う方が効率的でり、総合的である」と松江市での講演で述べている。さらに、「デンマークでは福祉はみんなのものですから、現物給付のニーズがあれば、収入に関係なしに提供する。しかも、日本のように申請があればでなくて、サービスの網に落ちこぼれないようにどこかの公的な機関がサポートする。デンマークではニーズによって包括的、総合的に提供する。アメリカとか日本のように保険会社方式だと、ニーズがなくても権利があるから提供しなくちゃならないとか、あるいは本当はもっと必要なのにあるとこまでしか提供出来ない。公的でないためにおこる欠陥である。さらに、他の種類のリハビリを必要と思うと、アメリカでは、もっと高い保険を買う以外に方法がない。どうしても、保険方式は細切れになりやすい。デンマークでは総合的な公的なシステムになっている。住宅改造、補助器具、ホームヘルパー、訪問看護活動、デイサービス、ショートステイ等を総合的にするには、公的に一元的に実施した方が経費がかからない。」と述べている。保健福祉医療の連携を考える時に、デンマークのように個人の自己負担がなく、公的に保障されることは、総合的かつ継続性を保つ意味でもきわめて有効であると考える。
 
9.ネストベッズ市と益田市の比較
 デンマークのネストベッズ市と人口の同規模の島根県益田市について比較検討を行った(90年)。表6にみられるように、人口、高齢化率はほぼ同じなのに、施設面では老人ホーム、配食センター、補助器具センターにおいて差がみられる。特別養護老人ホーム(プライエム)はネストベッズ市は7施設325ベットなのに、益田市は2施設150ベットである。ネストベッズ市のホームは個室なのに、益田市のホームは四人部屋を原則としている。ネストベッズ市のホームで働いているスタッフの数は360.4人であるが、益田市は71人である。その結果は経費にあらわれ、ネストベッズ市ではひとりあたり月に52万円をかけているが、益田市では20万円前後である。病院はネストベッズ市にはの473ベットの県立病院があるが、益田市には赤十字と医師会病院があり512ベットある。しかし、スタッフはネストベッズ市は1,223人であるが益田市は434人である。益田市の病院がいかに少ないスタッフで運営されているかがわかる。また、表にはないが、ホームドクターの数はほぼ同数である。ネストベッズ市にあって、益田市にない施設としては、配食サービスの施設があるが、ここでは年間365日、520人の在宅老人に対して、昼食のサービスをしている。スタッフは27人である。また、県立の補助器具センターがあり、10人のスタッフが働いている。デイセンターがあり、18.2人のスタッフが働いている。在宅ケアでは、差がみられるのはホームヘルパーである。ネストベッズ市がフルタイムに換算して296.3人に対して益田市は11人である。あまりにも差が大きい。訪問看護婦はネストベッズ市が26.2人に対して益田市は3人、ここでも差が大きい。保健婦はネストベッズ市では9人に対して益田市6人、作業療法士はネストベッズ市6.3人いるが、益田市には一人もいない。このように益田市は在宅ケアの面においても遅れている。しかし、これは益田市が遅れているのでなく、日本のどこの市町村を比較しても同じような傾向を示す。
 次に地方財政の面から検討してみよう。まず、歳入からみてみよう。歳入総額はネストベッズ市は376億円(188,080万クローネ)に対して益田市は129億余円である。ネストベッズ市には年金会計の132億円が含まれ、これを引くと244億円となる。益田市にはこれ以外に特別会計があり、老人医療、国保、競馬等の特別会計を加えても211余億円である。その差は33億円である(表7参照)。次に構成比であるが、表7にみられるように市税がいずれも3割強を占め、同じようにみえるがネストベッズ市には35.0%の年金等に対する特別補助が含まれており、これを除くと50.2%となり、歳入に占める市税割合は大きい。また、ネストベッズ市には国庫支出金、県支出金の補助金がない。これは、デンマークでは87年より「補助金制度」が廃止されているためである。歳出をみてみよう(表8参照)。ネストベッズ市の内訳をみると、福祉関係費63.2%、教育文化費10.8%、総務費7.1%、建物の維持費5.0%等である。福祉関係費のなかに約98億円の年金が含まれており、これを除くと約50%が福祉関係費である。一方、益田市は民生費21.9%、土木費15.6%、公債費14.0%、教育費13.3%、総務費12.0%等である。このように、ネストベッズ市は福祉関係費の占める割合多い、一方土木費、農林水産費、商工費の歳出はない。ネストベッズ市の歳出のうち福祉関係費が63.2%を占めているが、この割合は他の市においても同様である。福祉関係費の内訳をみると高齢者福祉費55.2%、就労者福祉費14.9%、児童福祉費7.7%、事務および施設関係費22.2%であり、高齢者福祉費の割合が大きい。さらに、高齢者福祉の内訳をみたのが表9である。年金が全体の81.8%を占めている。注目したいのはそれぞれの部門の金額の多さである。ホームヘルプに6,300万クローネ(12億円強)、補助器具に1,500万クローネ(約3億円)、配食サービス、老人活性化事業に1,195万クローネ(2億円強)、訪問看護に986万クローネ(約2億円)、プライエム11,747万クローネ(23億円強)である。ネストベッズ市ではこれだけの経費をかけて、高齢者の福祉を実施している。表10は65歳以上および市民一人あたりの歳出をみたものであるが、ネストベッズ市では65歳以上の一人あたり100,276クローネ(約200万円)の経費をかけている。
 
10.おわりに
 デンマークでは高齢者保健福祉の三原則をもとにした行政が行われている。今回、日本と比較検討を行い、次の点が明らかとなった。
@ホームヘルパーは65歳以上人口の2.5〜4.5%であり、日本のゴールドプラン(2000年)の4〜8倍である。訪問看護婦は0.5%である。また、在宅ケアをすすめるためにデイセンター、配食サービス、補助器具センター等も設置されている。
A施設では、プライエムが65歳以上の約6%におかれている。この数はゴールドプランの約2倍である。プライエムは個室であること、部屋が広いこと、スタッフの数の多いこと、美容院があること等、優れている点が多い。しかし、ホルベック市では、完全在宅ケア体制への変革が行われている。
Bデンマークでは高齢者保健福祉医療の提供が公的に総合的に行われている。
C地方財政では、デンマークの方が日本より歳入総額は多い、福祉予算が全予算の50%をこえている、国とか県の補助金がない、等の特色がみられ、地方分権が徹底している。
Dホルベックの変革の過程にもみられるように、利用者、高齢者と職員の頻回に民主的に協議が行われている。また、ホームヘルパー等の配置にみられるように、自治体から地域への分権化もおこなわれており、「生活レベルでの民主主義」の徹底がみられる。
 
この論文をまとめるにあたり、3回にわたるスタデイ・ツアーのコーディネーターをし、資料の収集をはじめ、多くのご指導をいただいたコペンハーゲン大学の伊東敬文先生に厚く感謝します。
 
   参考文献
1)エイジング総合研究センター:「デンマークの高齢者福祉医療対策」、1993.11
2)岡本祐三:「医療と福祉の新時代」、日本評論社、1993.12
3)大熊由紀子:「寝たきり老人いる国いない国」、ぶどう社、1990.9
4)伊東敬文:「デンマークにおける地域ケアの動向」、GERONTOLOGY、5(2)、1993、163ー171.
5)関 龍太郎:「デンマークにおける高齢者福祉の構築」、松江、1993
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