ノルウェーの高齢者保健福祉対策
                      デンマーク研究会 関 龍太郎
 
デンマークの高齢者保健福祉対策の報告を続けていく中で、ひとつの疑問としてデンマークの人々の意識の中で「家制度」の意識はないのかということがあった。
これについては日本より意識が随分弱い事を今まで報告した。日本においても、「家制度」はくずれていっているのでないか。島根県の場合でも出雲部よりも石見部の「家制度」の崩壊は強いと感じている。しかし、家制度を横においても、土地に対する執着が強い。デンマーク人よりも日本人はなれ親しんだ土地で住みたいと思っている。デンマークでは農民は一定程度の年齢に達すると引退し土地を近所の人とか子供たちに販売して老後は都市部に移動するという説明である。これひとつをみても家に対する意識とか土地に対する執着心はデンマークの方が日本よりも弱い。この点はノルウェーも同じであった。デンマークの高齢者保健福祉対策を可能にしているもうひとつの条件として、「山がない」と言うことがある。最高峰でも174メートルである。したがって、町づくりも高齢者保健福祉対策が楽である。それでは、山の多いノルウェーの実情はどうであろうか。1992年のスタディツアーではノルウェーの3つの都市を訪問した。そのひとつにヴォス市があった。今回はその実態を報告する。
 
1.ヴォス市の高齢者保健福祉対策
 ノルウェーは山岳地帯が多い。山の上に麓に多くの人が住んでいる。ヴォス市も例外でない。ヴォス市はオスロとベルゲンの間にある人口14,000人、面積1,812平方キロメートルの市である。南北は80キロメートルである。14,000人のうち8,000人は市街地に、6,000人は農村地帯に住んでいる。70歳以上は1985年をピークに下降線をたどっているが、80、90歳代は増加の傾向にある。保健福祉部門は保健福祉部長のもとに350名の分の予算が確保されている。保健福祉部門は4ヵ所のシックホームと保健医療課、児童・福祉課、ケア課の3課で構成されている(図1)。デンマークと違って家庭医は市の仕事である。保健医療課に家庭医10人、PT11人(5人の正規と6人は契約)、OT3人、保健婦(乳児を担当)4.5人、食品衛生、企画等の職員がいる。児童・福祉課には生保関係、児童福祉、青少年問題、家族福祉、アルコール問題、難民問題等の職員がいる。ケア課には在宅ケア、給食、移送、ニーズ判定、利用者委員会等の職員がいる。予算の面からみると家庭医等の保健医療課が780万クローネ(15,600万円)、児童・福祉課が一般福祉1,450万クローネ(29,000万円)、精薄関係1,100万クローネ(22,000万円)、等、在宅ケア課が1,900万クローネ(38,000万円)である。シックホーム等の施設の予算は6,000万クローネ(120,000万円)である。デンマークの在宅ケアと施設ケアの予算の比は1対2以下なので、ノルウェーの1対3はデンマークよりも施設ケアに力が入っていることは明かである。しかし、日本は全体の予算が乏しい上に施設中心主義になっている。今後、福祉10ヵ年戦略の中での各町村の実践に期待される。ヴォス市の場合、保健福祉医療の予算は全予算の40%であり、デンマークの60%代よりも少ない。また、高齢者関係に全保健福祉医療の80%が使われている。ヴォス市にはリハビリセンターがあるが国から全予算が補助されているのでこの予算のなかにない。ノルウェーのヴォス市と1990年に訪問したデンマークのカルンボー市と島根県の同規模の大社町、斐川町と、それらと規模が3分1の湖陵町、六日市町の資料を比較して表示すると表1ごとくなる。ナーシングホームは日本の特別養護老人ホームと養護老人ホームを合わせたものである。かっこの中は特別養護老人ホームと考えていただけたら良い。日本の場合はまだ各市町村にホームがあるというわけではないので、調査時点での入所者をあげた。これによると、ヴォス市で3倍、カルンボー市で2倍以上の老人ホームがあることがあきらかである。一方、在宅ケアではヴォス市で11倍、カルンボー市で46倍のホームヘルパーをかかえての在宅ケアがされている。訪問看護婦も10倍いる。デンマークとかノルウェーの在宅ケアを論じるときスタッフの数の差を忘れて論じられる場面に遭遇することがある。数の差は充分に考慮に入れ論じるべきである。如何に、日本の在宅ケアが今後の問題であるかを示す数字である。表2は中部福祉事務所の検討資料である。これによると、管内の町では高齢者のいる家庭は47ー62%である。高齢者夫婦世帯は2.0ー6.3%である。高齢者の単身世帯は1.7ー8.8%であった。これらの数字も地域差が見られ、今後老人保健福祉計画策定の際に充分に検討すべきである。
 
2.ヴォス市の在宅ケア
ヴォス市はほんとど山であり、山岳の谷間の合間の道路に沿って住民が居住してる。そういう意味では、広い平野の中に教会を中心に町のひらけた都市の多いデンマークとは異なる。在宅ケアは市街地2地区、農村部2地区に区分して展開されている。ここでも、出来るだけ高齢者は在宅で生活するようにする、そのために個々のニーズにあわせるように対応する。なるべく仕事は分権化して現場の訪問看護婦、ホームヘルパー、OT、PTに各種の権限があるようになっていた。今回、話を聞いた印象では地区主任の訪問看護婦に権限が強いと感じた。このほかにも、今後、サービスセンター(現在1ヵ所)を建設してサービスを充実する、ショートステイを有効利用する、高齢者自身の参加を重んじる、等の現在重要視されている施策の方向である。具体的にヴォス市の在宅ケアの施策を列記すると、次のようになる。訪問看護、ホームヘルプ、大工、補助器具の提供および修理、緊急警報機、移送、電話、友愛訪問、ショートステイ、介護手当、リハビリ(在宅および施設)、デイセンター、住宅改善、配食サービス等である。これらの業務をホームヘルパー34人分、代理主婦4人、用務員2人、PT1〜2人、事務員1人、事務員秘書1人、看護助手8.25人、訪問看護婦7.1人、深夜看護婦1.86人、精神衛生看護婦1人、地域主任看護婦2人、高齢者福祉コンサルタント1人で実施している(表3)。これらの在宅ケア関係の予算をみると表4のごとくなる。総額で28,560万円になる。人口14,000人のノルウェーの1つの市のヴォス市で2億8千万円の経費をかけて在宅ケアが行われている。それでも、デンマークよりも在宅ケアの予算は少ないという。比較すればするほど、如何に日本が乏しいか明らかになる。
 
3.ヴォス市シックホームについて
ヴォス市には4つのシックホームがある。人口14,000人のうち65才以上は2,650人(18.9%)、70才以上は1,880人(13.4%)、80才以上が740人(5.3%)、90才以上120人(0.9%)である。介護が問題となるのは全人口の5.3%にあたる80才以上である。この740人のうち540人は健康で、介護を要するのは150人、完全入所は50人である。シックホームは身体的障害の人のためのナーシングホームであるが、ヴォス市では146ベットある。これは70才以上の7.6%にあたる。このほかに43ベットの老人ホーム、213の高齢者住宅がある。これらで70才以上の人口の約20%を占めるということであった。このように人口構成、人口の推移の予測をたてながら、施設ケア、在宅ケアを考えることは大切なことであると思った。私たちの訪問した「ポプホルム」は105人の入所者のベットがあった。86人の身体的要介護老人、7人の痴呆老人、それにショートステイでリハビリ用に11人分のベット、ショートステイで週に2ー3回来所出来る1ベットであった。35ベットづつ3区分にして運営がされていた。マンパワーはフルタイムで96.52人である。入所者一人あたりの職員割合は0.92。介護職員だけを見ても0.66人である。医師、事務長のもとに看護、OT、PT、送迎、掃除洗濯の5セクションに分かれていた。デイホームセクションはここにはなく3キロ離れたとこにあるということであった。ここでもリハビリの考えと現状について聞いた。この国でも、出来るだけ高齢者の在宅ケアでという考え方は強い。リハビリの機能としては長期的な構想で考えることの大切さが強調されていた。すなわち、死ぬまでどのようなリハビリが必要で、どのようなシステムを組むのか、いかにショートステイを活用するのか、ノウハウをどのように作るのか、等のリハビリが考えられていた。「高齢者のリハビリはある程度時間がかかるが、1ー2週間観察してリハビリの目標を立てている。週に2回、フォローアップし、計算どうりにいっているかどうかについて、検討評価をし軌道の修正をする。在宅ケアと連携をとり、住宅改善等がうまくいっているかどうかの情報を入れる。住宅改善、補助器具、介護職員の支援、住宅の移動等の、その人に対しての支援体制の検討評価をする。また、その人のリハビリが成功するかどうかは、看護婦、OT、PT、看護助手、医師のチームワークにかかっている。さらに、経済、エンジニア、歯科眼科等の専門医療を加えリハビリを実施する場合もある。リハビリを来所した74%の人に実施し、10%は重度のために10ー35日、簡単なリハビリを実施している。リハビリを実施した74%の人のうち70%がリハビリを終えて自宅に帰っている。リハビリのための平均入所期間は40日である。」ということであった。
 
4.ノルウェーの特徴
以上、見てきたようにノルウェーの高齢者保健福祉からまなぶものをあげると次のようになる。
 ▲山岳地が多いなかでも在宅ケアを重要と考えた試みがされている。人口の14,000のヴォス市では3億円の経費をかけて在宅ケアが行われている。老人の基本的人権を考えるなら、ホームヘルパーを日本においでも増員する必要がある。
 ▲デンマークと比較すると、ノルウェーは施設ケアの割合が大きい。しかし、日本とは比較にならないぐらい在宅ケア、施設ケアともに充実している。
 ▲人口の将来予想を考えた対策がとられていた。特に14,000人のうち80才以上が5.3%にあたる740人いて、介助の必要なのが150人、完全入所の必要なのが50人という話は印象的であった。日本においても老人保健福祉計画をたてる時に高齢者人口の推移、同居者の有無、介護の必要の人の割合、等は重要なポイントである。
 ▲ヴォス市でも在宅ケアを中心とする方向性の理解が、まだまだ行政当局に乏しいと言うことであったが、日本の現状とは雲泥の差を感じた。
 ▲リハビリの効果が一定の期間で検討評価されている。島根においも、デイセンターとかデイケアが増加しているが、きちんと評価する指標とか方法の確立が不十分ではないのかと感じた。

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