隠岐の高齢者福祉を考える
               デンマーク研究会
                         関 龍太郎
 
 隠岐における高齢者を支える地域づくりをテーマに、「保健福祉指導者と住民の集い」が六月一、二の両日、布施村と西郷町で開かれた。デンマークから離島の高齢者福祉に取り組んでいるランディ・コープ・ハンセンさんと益田市、松江市等の保健福祉について指導をしているコペンハーゲン大学の伊東敬文先生を招いて、間近に迫る離島の超高齢社会に、どう対処すべきかについて、話し合った。主催は隠岐地区老人福祉施設研究協議会(会長 名越 彰、事務局 隠岐共生学園)である。著者は全日程参加し、多くのことを学ぶことが出来たので、この紙上を借りて、その主なものについて報告する。
 
1.きっかけと参加メンバー
 この研修会を開催するきっかけとなったのは平成7年11月のスタディツアーである。スタディツアーは平成7年5月の隠岐二次医療圏内での、保健医療福祉の供給体制確保のためのマスタープランづくりでの会合に発端があった。マスタープランづくりにおいて「高齢化が進み、人口が少なく資源の少ない離島での質の高い保健医療福祉サービス供給体制をつくりあげるためにどうしたらという話し合いがされたが、ひとつに、皆が広い視野に立ち、一丸となって取り組むためには、隠岐島の行政、保健福祉医療のリーダーが先進地を視察し、その知見を基に議論を進めていくという方法が良いのではないかということになり、リョネ市へのスタディツアーが実現した。11月に、伊東敬文先生の世話で、山川布施村村長をはじめとして、行政、福祉施設、病院、社会福祉協議会等の関係者が島前から5名、島後から8名の計13名が参加した。
 今回の高齢者福祉研修会の企画は、このツアーの参加者を中心として、それに、島根県、鳥取県のデンマーク視察経験者で構成する「デンマーク研究会」と伊東敬文先生のネットである「コペンハーゲンクラブ」の協力で行われた。
 参加者は初日の研修会が隠岐老研関係68名、その他の隠岐関係44名、隠岐島以外32名であった。二日目の講演会には400名の島民が参加した。
 
2.フォーラム「日本でもここまで出来る」について
 研修会のプログラムは表1のとおりであった。
 初日は「高齢者を支える社会づくり」では、「日本でもここまで出来ている」をテーマに話し合いをした。ややもすれば、デンマークは税金も高いし、民主主義もある特殊な国であるから現在の福祉が出来ているとしがちである。今回は日本の条件の中でこういうことなら出来るということを具体的に示すことにした。
 まづ、医療法人同仁会理事長桜井照久氏より宍道町における報告を受けた。桜井氏は医療法人におけて@病院の老人病棟、A老人保健施設、B訪問看護ステーション、Cデイケア・・痴呆老人デイケア(病院)、老人デイケア(老人保健施設)を有機的に連携することによって、高齢者のサービスの継続性、自己支援、生活の質の向上を目標にしたサービスが日本の中でも可能であることについて実践の中から報告した。また、医療法人昌林会理事長である杉原氏からも自分のところでも実践しているという報告があった。
 次にエスポアール出雲クリニックの婦長石橋典子さんは、痴呆老人の集団精神療法(グループ療法)について報告した。このことはすでに多くの本、テレビで報告されているが、新しく「私たちが考える老人ホーム」(中央法規出版、永和良之助編著)が出版されたことが紹介された。石橋さんは精神医療を「街の中」に移すなかでも、痴呆老人の様々な精神症状や異常行動が、物忘れによって起こる外界との摩擦で引き起こされた不適応反応であり、それらを取り除くことで穏やかな生活が送られるを老人の言葉や手記、日常の様子などを織りまぜながら述べ、参加者の涙を誘った。「やすらぎ家」の日野さんから出雲市からE型のディサービスの委託を受け、痴呆老人を支える家族の会の協力によって運営しているという報告があった。
 以上の二つの報告は、日本における現在の医療の中で、ここまでは可能であることを示し、参加者に感動を与えた。
 次に出雲市の健康課の課長補佐井上明夫さんは出雲市における在宅福祉サービスの基本的考え方と現状について述べた。出雲市の在宅福祉が優れているというが、隠岐のホームヘルパーの数にはかなわないと前おきし、出雲市では平成8年にヘルパーが60人なる。平成12年の目標は87人であると述べた。しかし、デンマークのグラスザックセ市と比較すると6分1程度であり、平成7年度から24時間365日ヘルパーを問題を持ちながらも開始したこと、特別養護老人ホーム委託のヘルパーが増加していること、についても述べた。デイサービスはB型4カ所(特老併設2カ所、軽費併設1カ所)、D型1カ所、E型2カ所センターであり、痴呆高齢者等のためのデイケア施設3カ所(単独1カ所、老健)であると述べた。出雲市は今の日本の中で、在宅福祉のすぐれた市のひとつである。しかし、在宅がすぐれているとはいいながらも、財政的には施設の経費の2分1以下であり、依然と施設福祉中心であると述べた。また、在宅福祉の中で最も予算的に伸びたものは日常生活用具であり、平成8年は1700万円であり、これは2年の約20倍であると述べた。
 次に、益田市のふれあい福祉課の岸田智津子さんは、益田市の保健医療福祉のまちづくり事業の「ワーキンググループ活動」について述べた。益田市は人口5100人、高齢化率20.5%の市であるが、益田市の「保健医療福祉のまちづくり懇談会」のもとに伊東先生の指導で希望すれば誰でも参加出来る「ワーキンググループ」をつくり、毎月1回の会議を継続している。テーマとしては@ボランティアの育成とネットワークづくり、Aマンバワーの確保と活用、B生きがい対策、C公共機関と公共施設の改善、整備、D保健福祉施設の改善、整備、E保健福祉サービスの改善、F資源の活用・・補助器具の活用、G医療・福祉の連携(専門プロジェクト医師会チーム)、H痴呆性老人の在宅サービスを図る、I生け花によるリラクゼーション、Jふれあいづくり、K環境美化、L地域医療と福祉、M二条地域ワーキング等である。参加者は20ー60代の希望する住民130名からなる。グループをさらに10名位に分け自分が取り組みたいテーマに取り組んでいる。担当者も「地域や個人で解決出来る問題と行政で進めるべきもの、関連団体の必要なものに分類し、テーマごとに取り組めるようになった。なによりも何でも行政にとう受け身の姿勢が少なくなった」と評価している。その結果、シルバーふれあい農園、シルバー学習会、配食サービス、痴呆性老人を支える家族の会、ケアハウスの設立、バス停名称の変更、社会的入院者の退院計画、等について提案がなされ実現してきていると報告があった。
 以上の二つの報告は日本の地方行政の中での先駆的な取り組みである。出雲市の取り組みは行政が指導的に積極的に取り組み住民の中に問題提起している例であり、益田市の取り組みは、住民の参画を具体的に「ワーキンググループ」という希望すれば誰でも参加出来る形で示した例である。
 このように、島根県のなかでも、関係者の努力でここまで出来ていることが報告された。医療と行政で最大限努力している結果である。デンマークだから出来るのでなく、島根県の中にどのようにしていけば出来るかが課題である。また、これらの報告は参加者に注目され、伊予の医師会では医師会で積極的に行政に働きかけている(愛媛県医師)、我孫子市では社会教育の中で福祉を取り上げている(千葉県市会議員)、組合も福祉の時代となっている(大分、自治体職員)、など県内外から発言が相次いだ。時間切れとなり、この続きは夜のバンガローでのグループ討論に引継れた
 
3.リョネ市の高齢者福祉対策の現状
 2日目にはランデイ・コープ・ハンセンさんからリョネ市を中心にデンマークの高齢者福祉の現状についての講演を聞いた。講演の内容から次の様な点を感じとることが出来た。
 リョネ市はデンマーク本土から200キロ離れたボーンホルム島にあり、人口1万5千人、67歳以上の高齢者は2600人(17.3%)、80歳以上f730人(4.9%)である。
 デンマークの高齢者福祉制度の特徴の第一は豊富なマンパワーである。高齢者福祉従事しているスタッフをみると表2のように、主として地域で高齢者を対象に働いていたヘルプする「福祉保健福祉ケアヘルパー、ホームサービス」が114名、主として施設で働いたいた「保健福祉アシスタント、介護職、趣味活動協力士」が125人、「訪問看護婦」が38名、「主任看護婦」が12名、「保健婦」が5名、「理学療法士、作業療法士」が5名等である。これらの職員で422名となる。規模のほぼ同じ西郷町のホームヘルパーの数が19名から充実の程度が解る。第二に、今、リョネ市では、在宅と施設を統合する試みがされている点である。すでに、スケヴィング市、ホルベック市で試みられているが、「在宅と施設のスタッフ」を一元化しようとしている。図2のように現在3カ所あるプライエムを地域の在宅ケアや高齢者福祉活動の拠点として位置づけている。それぞれのプライエムにはホームヘルパー10人、看護婦2人からなる在宅ケアチームを配置。日勤、准夜、深夜の三交代で在宅ケアに当たれる体制をとっており、こうしたチームがリョネ市には14チームある。プライエムを建設するかわりに高齢者や障害者が暮らし易いようなバリアフリーの約60平方メートルの2DKの住宅を10月までに300戸提供する計画が進められている。
 第三に住民のニーズに柔軟い対応できるようなシステムづくりである。そのために地域のグループにサービス決定の権限がまかされていること、第四にサービス提供の目的、結果を明確にしてサービスの「品質の管理」が出来ていることである。第五に管理体制が、在宅とか施設、若い障害者と高齢者福祉という風に縦割りでなく総合化していることである。第六に目的を実現のために適宜評価のための調査がされていることである。この調査にあたってはコンサルタント等の第三者の意見が入れられている。第七に常に利用者の意見が取り入れられていること、第八に市の中で多くのコンピュターが使われ情報の提供がされていること、第九に地域全体をどのように経営していくかの視点が必要であること等の特色がみられた。いずれも、最近、日本で語られている点である。しかし、日本の現実とはなにかが異なる。それは私たちに民主的にものごとを処理する能力に欠けているためなのか、現場のスタッフにものをまかすという体制がないためなのか、住民の監視の目、というような住民の参画が少ないためなのか、その原因がはっきりしない。
 なお、会場では引き続いて「隠岐島高齢者を考える集い」が渡辺俊介日本経済新聞の論説委員の司会で行われた。
 
 4.おわりに
 今回の隠岐における高齢者福祉研修会で私たちは多くのことを学ぶことが出来た。ただ、日程的には、@デンマークの話を先に聞いて、Aデンマークの中で行われているが日本では一般的には困難である。Bしかし、日本の中でも、宍道、出雲、のような条件のある中では可能である。というようなプログラムが組めた方が良かったのかもしれない。また、デンマークの報告にしても、デンマークで現在問題となっていることが講師から話の中心となり、老人ホームの個室化、24時間ヘルパー制度、かかりつけ医の定期往診、作業療法士の住宅改善のように、デンマークではあたりまえの事が2時間の講演では話題となりにくいという事を感じた。また、あたりまえなことかも知れないが隠岐には隠岐の文化があるということである。隠岐には歴史的に古い文化があり、隠岐魂があることを感じとることが出来た。それ故に、隠岐の問題は隠岐の人が解決していかねばならないし、解決すべきということである。次は隠岐は在宅福祉しても、施設福祉しても隠岐は島根県の中でも先進地あるということである。例えばヘルパー一人当たりの高齢者の数にしても、デンマークの25.1人にはおよばないが島根県の406人、松江市の848人に比較して202人と少ない。特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、老人保健施設を合計した施設にしても1床あたりの老人人口が島根県36人、松江市33人、に比較して19人と少ない。逆に1万人あたりの病院のベット数は島根県142床、松江圏187床に比較して隠岐は71床と少ない。次に離島という地理的条件である。本土から海上80キロメートルのところにある。したがって、海の荒れる時期の医療の提供体制が問題となる。また、漁村集落が多い。漁村はとなり近所が近く助け合いの体制が出来やすい。
 いずれにしても隠岐の特色十二分に生かした取り組みを充実することを願ってやまない。
 
(参考資料)
1.隠岐地区老人福祉施設研究協議会、隠岐島高齢者福祉研修会資料、1996.  6
2.デンマーク高齢者医療保健福祉研修レポート、1995.11
3.関 龍太郎、デンマークにおける高齢者福祉の構築、1993.9
4.永和良之助編著、私たちが考える老人ホーム、中央法規出版、1996.5

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