前編 〜ヒマな人へ捧ぐドナドナ〜

 世の8割の人々が疲れを癒すゴールデンタイムに、私は目覚める。
 「さて、と…。」
 おもむろに立ち上がろうとしたが、ひざが笑っている。
 ”オレが入ったのにベスト8ぐらいで負けてたまるか…!”
 無理やり上半身を起こして壁に寄りかかる。
 ”…来い…!”
 この最後まであきらめない姿勢!たぶん彼は三井寿のファンでしょう。
 なんてことを言ってたら、またごく一部の人にしか分からないネタを
 使いやがったとぼやかれます。
 9時40分を回る頃、家を出て自転車に乗り暗闇へ消える。
 家から最も近く、かつ大学との直線距離のほぼ真ん中地点に点在する
 コンビニまでは、ものの数分で着いてしまう。
 覚悟を決める暇もない。
 何の覚悟かって?いやいや、コンビニの夜勤はかなり忙しいんですよ。
 ただ立ってるだけなんじゃないの?と思ってる人が多いこの世界、
 とんでもありません。
 私もそう思っておりましたのですよ。まったく。
 今回はそんなコンビニ夜勤の実態を私がお届けいたします。
 た、だ、し。午前4時以降は心が荒んできますのでやや誇張が
 入るかもしれません。
 あらかじめご了承ください。

 「ちわーす。」
 「うぃーす。」
 私が夜勤の日に夕勤に入っていることの多いSさんは、いつもこう返事する。
 そして裏へ。
 私が「うぃーす」と答えるのはいつの日か、
 そんなことはないだろうと苦笑したら
 裏のスタッフルームへの入口の横で、
 カップメンを買おうとしてる客にその顔を見られてしまった。
 む、無念…極端に無念。
 「いらっしゃいませ〜」
 時価0円スマイルで奥に逃げ込んだ。
 奥には引継ぎのため金庫の金合わせをしているMくんが。
 「こんばんわ。」
 「あぁ、どうもっす。」
 今時と言えば今時の大学生ってとこ。
 まずコートを脱いで、制服を着る。
 あれ、Lがない。
 もう、しょうがないなぁ。
 Mを着るが、ちょっと窮屈で、しかも短いので手首が丸見えになってしまう。
 そして店長デスクにあるMAT(商品を検品する機械)をコネクタにつないで
 今日の夜入って来る商品情報を受信する。
 だいたい300品前後ですが、時には400品を越えることがあり、
 そんな時は店長イスに座って深呼吸する。
 覚悟を決めるのだ。現実逃避ともいう。
 一品…というのが何を指すか、それを理解してもらいましょう、そうしましょう。
 例えばダンボールに入って来る500mlペットボトル20本入りや、
 どんべえきつねうどん20個入り、これで一品である。
 でも一方で、今売り出し中の”おろしタツタ弁当”は
 夜勤では基本的に一つしか入ってこないが、これで一品。
 つまり、比重が問題になってくるわけです。
 ただ、ダンボールに入って来るペットボトルと缶は
 それらが売ってる場所の裏の冷蔵室(ここに入って商品の前出しやら
 ダンボールからジュースを出して並べたりすることをWalk inと言う)に
 運んで入れておくだけでいいので、問題はカップメンと、微妙にガムだったりする。
 ガムはちっこいのでかなり面倒な作業になります。

 さて、955分。
 ちょっと早目にカウンターへと向かう。
 客がいればSさんを手伝い、袋詰めをする。
 いなければ、”夜勤ノート”をまず開く。
 さて知られざる”夜勤ノート”別に何てことはありません。
 日付と名前と時間を書いて、店長からの注意書きがあれば読んで、
 それで終わり。
 ところがどっこい、もう一度登場シーンがあったりします。
 そして10時。
 私の名札裏の業務開始のバーコードをスキャンして、さぁ始まり。
 ”んじゃ、あがるね”
 ”あ、はい、おつかれです”
 そんな会話を残してSさんは裏へと消えた。
 さて、と…。
 まずやるのはFF、つまりファーストフードの廃棄登録、
 ならびにその器具洗いです。
 中華まん、おでん、そしてコロッケやらカラアゲやらポテトがある棚
 (以後コロッケ棚)であるが、その順番はまちまち。
 なんでかーというと、FF記入表みたいなものがレンジの上に置いてあって、
 それを見て例えば肉まんが030分廃棄予定だったりすると、
 さすがに良心の呵責に耐えられず、先にコロッケ棚から入る。
 11時だったら即捨てる。肉まんにかまってるヒマはありません。
 おでんは売り切れてると、夕勤の人が洗ってくれてたりするから、
 そんなときはうれしいですね。
 昨日は正に肉まんが030分廃棄予定だったので、
 まずコロッケ棚とおでんのスイッチを切る。
 あ、深夜のおでん並びにコロッケ棚の販売はしておりません、撤収!
 まずは数を数えて、FF記入表に廃棄数を書く。
 カニクリームコロッケ一つに…
 おっと、客だ。
 ”いらっしゃいませ〜!”
 年の頃40代後半といった中年夫婦。
 私の中では常連ブラックリストに入っている。
 旦那さんの方は、えらい男前。
 ”あと、DUNHILL LIGHT2つね”
 ”私はスーパーライト(マイルドセブン)2つ”
 DUNHILL LIGHTはタバコ棚にはなく、
 その横に箱ごと置いてあるのはもはや了承済み。
 ”ほら、やっぱりあなたしか買っていかないのよ”
 男がほくそ笑む。
 ”切らさないようにお願いね”
 ”はい”
 ピッピッピ。
 ”1739円になります”
 ”え〜とね…”
 奥さんのほうは千円札を2枚出した後、どうも39円をがんばろうとしている。
 ”ひ〜、ふう、みい、…あ、これでいいわね”
 ”はい、それでは2039円からお預かりします”
 そんなことは分かってたから、奥さんが奮闘中に2039円は入力済みで、
 後は客層を押すだけ。
 主婦。ガチャーン。レジが出てくる。
 ”300円のお返しになります”
 ”はい、ありがとさん”
 荷物をまとめ、去っていく。
 ”ありがとうございました〜!”
 とまぁ、接客はこんな具合です。
 おつりを渡すと同時に”ありがとうございました”と言うのは、
 機械的でどうも気に入らないので、
 客が出ていこうとするときに(レジから離れるときに)言うことにしている。
 
♪みけぶーのコンビニまめ知識講座 その1 〜月末(給料日後)は注意せよ!
 はいな。もう、かったるいなぁ。
 ってわけで、知って得する”みけぶーのコンビニまめ知識講座”も
 めでたく100回を迎え… 
 え?1回目?
はい。ごめんなさい。
 今回はお金の出し方について。
 実は前述の奥さんの行動、正解です。
 一般に2円やら7円やらの小銭調整をするのはせこい、と思われがちですが、
 万札ピラッ、のほうが”ガッデム”です。
 しかも給料日後(2528日頃)になると、万札ピラッ、が大量発生します。
 まぁ気持ちは分かるけど、財布から万札を出して、
 レジ台から15cm20cmぐらいの高さからピラッと
 自然落下させるのだけは止めましょう。
 分かりましたがな、もう。という感じになります。
 5千円札と千円札4枚を数えるのは疲れますよ、ホントに。神経使うから。
 実は引継ぎの際にレジの中の金を点検しますが、
 差額が500円以上あると怒られます。
 ゆえに、です。さらに小銭調整をする客は全体の2割程度ですから、
 レジの小銭はどうしても不足がちになるわけで、
 そういうときの補充作用をしてくれている、というわけですね。
 みなさん、恥ずかしがらずに1円玉を数えましょう。
 それではまた来週。

 え〜っと、なんだったっけ。
 そうだ、カニクリームコロッケに
 新発売の”ナンカレードッグ”2つ…(好評発売中!)
 廃棄数を数えFF記入表に記入。
 んで、せっせと器具洗い。
 この時使う水ですよ。
 これがなんとマッチ売りの少女の街の人々の反応ぐらい寒い。
 2℃くらいやね。
 朝来る日勤のおばさんは、熱湯しか出ない蛇口と冷水しか出ない蛇口を
 交差させて(2つの蛇口の高さが違うので)人為的に暖水を作り出す
という荒業をやってのけるんですが、
 ”お子さんはマネしないで下さい”。危険です。
 とりあえずコロッケ棚の器具を洗い終えたところに再びお客さん。
 なに?タイミングが良すぎる?
 そんな段取りはどうだっていい。気にするな!
 ”いらっしゃいませ〜!”
 またまたブラックリスト第26号の被疑者発見!
 中年男性。特徴は「ふてぶてしい」。
 ”そこのおでんさ、全部もらえる?”
 ”はい、全部ですね?承知致しました。”
 こんな敬語が使えるのも今のうち。
 こういう客もいるので、おでんはすぐに廃棄しない方がいいわけです。
 1045分。
 おでんの器具を洗い、更に中華まんの器具も洗い終えると、
 だいたい11時半前後になるのがいつも。
 ちなみに客が2人しか来てないわけではありません。
 だいたい目安として1時までに30人前後のお客さんの相手をします。
 業務終了までにはおよそ100人ぐらいを相手にすることになります。たぶん。
 さて、ここでFF記入表の出番です。
 2番レジのキーを右に回し、記入表を見ながら廃棄登録をする。
 最後に客層ボタンを押してレシートを出し、
 それを”廃棄ノート”なるものに貼り付ける。
 これにてFF業務終了、というわけであります。

 11時半。これをさること15分前、
 実はすでに最初の便:西野食品が到着してます。
 “おつかれさまで〜す”
 とまだこの時間ゆえに割合元気な声で挨拶するが、
 “ちわーす”
 と小声で、西野の若者はさえない。
 この西野の若者、実は12月を境目にして人が変わったのだが、
 前の人が深夜だというのに完璧なポーカーフェイスで、
 うちの店が宅配最後なのに全く疲れた様子を見せず、
 “んじゃ、お願いしま〜す♪”
 と陽気に去っていく兄ちゃんだった。
 ゆえに今の若者の辛そうな姿を見てると、どうも助けたくなってしまう。
 しかし世の中そんなに甘くないぜ、
 その品を検品して並べるのは誰だと思ってやがる、と思いつつも、
 やっぱり手伝ってしまい余計な体力を消費した。
 西野食品によって送られる刺客は、
 ダンボール詰めの缶ジュース・ペットボトル・カップメン、
 あとは無印良品と一般的なお菓子類であります。
 それを下ろした後、西野の若者は去って行くが、
 “大変そうですね”
 と声をかけると
 “いやぁ、キツイですよ”と背中を丸めて帰って行く。
 
さてここからが本番、朝まで宅配されてきた品を検品して並べる作業を延々、
 と行きたいところなんですが、まだ廃棄作業が待ってます。
 要するにヨーグルトからデザートから惣菜からパンから
 500mlパックジュースからの、賞味期限が迫っている食品の廃棄であります。
 ただそれよりも、高級デザ−ト類を捨てる時のやるせない気持ち、
 頭の中をアフリカで空腹に耐えている子供たちの映像が走馬灯のように流れ
 社会主義・共産主義に目覚めたくなる気持ちを抑える。
 あ、別にアフリカに行った事はありません。
 いわゆる一つの、NHKスペシャルでしょう。
 あぁ、ふわふわケーキサンドいちご(260円)、ティラミス(230円)、
 ショートケーキ(260円)…。
 まぁそんなことを考えながらも7658円の廃棄を実行する
 廃棄物を70L可燃ごみ袋に入れ、倉庫へ。
 そんなのバイトの奴等が好きなだけ持ってってんじゃないの?と
 思われてる庶民の方々、
 そんな感傷むなしく朝には業者の兄ちゃんが処理しちゃいます。
 あぁ、金満大国日本、ここに極まれり。(am0:19)

前編 完