短期集中連載 1人のロッテファンが作られるまで 2年目

 2年目の始まりはまずファンクラブに入ること。
 千葉マリンのチケットの窓口からしてファンクラブとそれ以外では
 並ぶ列が違っていたこともあり、
 すっかり千葉マリンの味に染み込んでしまっていた私は急いで加入した。
 2年目の初戦はゴールデンウィークの3連戦。
 この年入団してきた石井浩郎の人気は大変なもので、
 初めて買った石井浩郎弁当のしおりを今でも保管している。
 例によって内野席の売店に行き、石井浩郎Tシャツを購入。
 この後よく訪れることになる大阪ドームではよくこのシャツを着ていたが、
 ビジターではビジユニが黒色になるため黒地のTシャツは都合が良かった。
 ビジユニは持っていたが、石井浩郎Tシャツを前面に出しながら
 石井浩郎の一打に期待をかけて応援することが楽しかったのだ。
 名古屋にいても千葉は遠いということもあって、
 その半分にも満たない旅費で行ける大阪ドームにも出没することになった。
 それというのもゴールデンウィークに千葉マリンを訪れた時に、
 前年ナゴヤドームで話しかけた応援団の人を見かけたので話してみたら、
 大阪ドームで普段やってるからこちらにもいらしたらどうですか
 という話になったことがきっかけ。
 大阪ドームはJR大阪駅から5駅くらいですぐに着いてしまう大正駅付近にある。
 大阪ドームで印象に残ったことはその設備。
 過ぎるほどにというぐらい1階には各ショップと食堂街が。
 食堂街とはいうがマックやケンタッキーなど、入りやすい店ばかり。
 球場内部も清潔感があり、客もそういないこともあってかゆったり座れる。
 これは良い球場だなという感触を抱くことになった。
 試合の方はというとお客さんの入りはナゴヤドームよりわずかに多い程度。
 おまけにライトスタンドの近鉄ファンも少ないので
 このチームは他球団のファンに頼らないと無理だなと感じる。
 翌日は友人と内野席で見ることになったが、
 黒木が早々とノックアウトされ7回くらいまで見たら帰ろうかと話していたら
 石井浩郎と初芝の3塁打が見られるなど大逆転の試合展開だった。
 確か6回から少し雰囲気が出てきていたので帰らなくて本当に良かった。
 当時のロッテは良い方にも悪いほうにも波の大きいチームだった。
 簡単に言えば安定感がある選手が少なかったということになるが、
 この年の始めに記録した開幕20試合で3勝17敗という
 シーズン最悪の幕開けは非常にショッキングな出来事だった。
 先発投手が3,4回には大量失点を喫し、中盤に少し追い上げるが
 終盤にダメ押し点をガンガン取られて何もできずに敗北。
 そんな試合を繰り返して先発陣から武藤や後藤が脱落。
 中継ぎの吉田や竹清を使ってなんとか試合だけは成立させていた。
 ロバーツや急遽呼んだノットら左腕も先発の期待には応えられない。
 1回に3点を失って5回まで粘り勝利投手となった竹清が
 「なんとか仕事ができました」と語っていたのが印象に残っている。
 そんなどん底から少し浮き上がったゴールデンウィークの時期に
 千葉マリンを訪れた私は少々運が良かったと言えるのかもしれない。
 勝ち星をGetして名古屋までの帰路につくことができた。
 ゴールデンウィーク以来の千葉マリンだった。
 せっかくファンクラブにも入ったのに年に1度ではもったいない。
 行きそびれて行きそびれて到着したのは今季最終戦だった。
 入場すると同時に配られたのは20世紀最後の公式戦という認定書。
 割としっかりと作られていた賞状みたいなカードで、
 これも今に至るまで保存している記念品みたいなものとなった。
 最終戦のマウンドに登るのはこの年苦しみぬいていた黒木。
 9勝12敗、防御率5点台の不振にあえいでいた中での2桁勝利達成だった。
 5回にはヤクルトから移籍してきていた秦の現役最終打席。
 彼の引退試合でもあったのだ。
 黒木の投球内容は忘れてしまったが、秦の打球は右中間を真っ二つに割った。
 1塁ベースを回り2塁に到達した秦のタイムリーツーベースにスタンドは沸いた。
 秦コールの中でこちらに手を振った秦の姿は印象的だった。
 この20世紀最後の公式戦と銘打たれた試合の前には、
 去年出会ったおっちゃんとの再会もあった。
 やはり家族連れで試合前のフリーバッティングの時間には
 持参した弁当をガツガツと食っていたが、
 その時オリックスの藤井がフリーバッティングで放った打球が
 おっちゃんの弁当を直撃。
 今回は隣の席に座っていたわけではなかったのだが、
 数分後おっちゃんが割れた弁当箱をこちらまで見せに来たときには
 おもわず笑いがこみあげてきてしまった。
 当のおっちゃんも割と楽しそうだったので2人で笑顔。
 逆に藤井に割られた弁当箱となって記念になったのかもしれない。
 そんな形で20世紀最後の公式戦とともにロッテファン2年目が終了した。