R a z o r
グラン歴782年。先の聖戦が終結して早5年。聖戦を正の道へと終結させた聖戦士達はそれぞれの国に戻り、復興の為にその力を費やしていた。戦争の傷痕を拭い去る作業、秩序を回復する為の作業、そして平和への歩みを進める為に尽力した。王都バーハラを擁するグランベル王国はもとより、北西のアグストリア諸国連合、北のシレジア王国、北東のイザーク王国、南西のヴェルダン王国、南のミレトス地方、南東のレンスター王国、そして新トラキア王国も序々にではあるが正しい道への歩みを始めていた。
その中でも今回は王都バーハラから南西に位置するグランベル王国内シアルフィ公国を治める公主オイフェ、そして公妃フィーについて語るとしよう。舞台は深緑映える五の月の事…
「オイフェさ〜ん!」
シアルフィ城の中庭から艶やかな女性の声が響いた。本来、人間は5年という月日を重ねれば、いくらかの変貌を遂げるはずである。その女性もまた深緑の髪の長さは5年前よりも幾分長くなっていた。しかしその声、今女性が探し求めている人の呼び方には変化という言葉は見当らなかった。シレジア王女、またシアルフィ公妃、そして元・・・いや今もシアルフィで新設されたペガサスナイト部隊を統べる現役のファルコンナイトであるフィーは自らの伴侶となっているシアルフィ公主の姿を追っていた。普通であればその様な探索は従者の者らがするはずなのだが、ここシアルフィでは非常識。自ら動かねば気の済まない公妃の為に一切従者の者が手を貸す事は許されていないくらいなのである。もちろん入城当初は、
「公妃自らなどとんでもない!」
と、やや年を召したストーンヘッドな家臣の反発はあったのだが。それはともかく、今日の公主様は必死で自分を探してくれている愛しい公妃の下からどうしても逃げなければならない理由があった。もちろん公妃自身には何の不満もない。では何故なのか?それはただ1つだけ、公妃が右手に持っている銀に光るある物が公主様を逃亡という行動へと駆り立てていた。
話は公主様逃亡劇の1ヵ月ほど前に遡る。オイフェ達の下に王都バーハラよりグランベル王であるセリスからある書簡が届けられていた。
「来たる次の満月の夜に、各諸国を治める者を一同に会して今後の政策について話し合う会をバーハラにて執り行なう。シアルフィ公主オイフェ、公妃フィー、貴公らの出席を求む。 グランベル国王セリス」
という内容だ。が、2枚目にはしっかりと、
「もちろん皆で食べたり飲んだり話したりする方に時間を割くけどね。政策の話し合いなんて単なる口実さ。以前の様に最愛のお姫様に迷惑をかけない程度に酒の方は強くなっている事を願っているよ。 セリス」
と書き添えられていてオイフェは苦笑したのであった。バーハラ解放の僅か2ヵ月程前に解放軍がここシアルフィを解放した際に開かれたささやかな宴席の中でオイフェはその嬉しさの余り、普段飲み慣れない酒を勢いのまま流し込み、思い切り酔い潰れてしまった。その結果、介抱してくれたフィーと自分の部屋に入る所を運悪く目撃され、
「オイフェがフィーと一夜を共にした。」
という噂が解放軍内に流れてしまった事があったのだ。実際は部屋に入った直後にオイフェは爆睡をしてしまって何の事はなかったのだが、如何せん噂というのは恐ろしい。あっという間に主君の耳にも届いてしまい、その弁解に必死になった経緯があった。セリスはその様子をただ面白がっていただけなのだが、オイフェは弁解に必死だった。この様子がさらにセリスを楽しませる結果となってしまったのである。この事を文面上でセリスなりにからかっていたのだ。この書簡を見たフィー(もちろん2枚目は見せなかった)は1ヵ月も先の事であるにも関わらず、兄であるシレジア王セティやかつての戦友達との再会に心を弾ませ、その為の準備を気が早い事に始めてしまったのだ。そんなフィーに、
「一応軍議が優先なんだから。」
と諌めながらも自分も心なしかウキウキした感があり、
「自分もまだまだだな。」
と、苦笑してしまっていた。
ここまではよかった。何の問題もなかった。が、王都バーハラに向かう当日の今日になってフィーは急にとんでもない事を言い始めたのだ。
「せっかくだから、オイフェさんの髭を剃っちゃいましょう!私、見た事無いし、
皆にも是非見せてあげたいから。」
思い立ったら即行動。フィーは銀に光る剃刀を手にオイフェの前に現われたのだ。何がせっかくなのだろう?これにはさすがにオイフェも狼狽し逃げてきたというわけである。いかに愛する者の言う事とはいえ、今やオイフェにおいて髭の存在はなくてはならなかったのである。何故なら髭が無いと生来の童顔が災いし、全くと言っていいほど威厳という物がなくなってしまうからである。昔から年相応に見られない事に不満を募らせていたオイフェの精一杯の背伸びの証であった。が、髭を伸ばしたら伸ばしたらで今度は年よりも上に見られる様になってしまった。それでも若く見られるよりは、という事でもうこの髭との付き合いも10数年になるのである。それが突如の危機である。逃げるのも無理はなかった。
というわけでオイフェは今必死の逃走を敢行しているのである。幸いバーハラへの出発時間までそれほど間がなかったので、それまでの時間を逃げ切ればいいのだ。上手く隠れる事ができれば大丈夫。オイフェはそう思っていた。そこでオイフェは最も見つかりそうにないと思われる場所へ逃げる事にした。それでも家臣の者に姿を見られる事はあまり得策ではない事から城主の行動としては少しおかしいが、物陰に隠れながらソロソロと目的の場所に向かった。そしてようやく目的の逃亡先へと到着し、さらにその中でも見つかりそうにないと思われる場所へと身を潜めた。それからしばらくしてバタバタバタという何人かの足音が聞こえてきた。皆一様に、
「オイフェ様〜!」
と、大声で数人の家臣の者がオイフェを探している様子が聞こえてきた。今日はバーハラへと向かう大事な日だ。家臣の者も遅れてはならぬという気持ちが、いつもと違いフィーの捜索に手を貸していた。しかしどれも見当外れな場所ばかり探していて、オイフェの身は安泰の様に見えた。
さらにしばらくして今度はパタパタパタと今度は一人の軽やかな歩を進めている音が聞こえてきた。その音は躊躇する事無く真っすぐにその部屋へ向かっていた。そしてドアの前で足音がピタリと止まると、トントントンとノックをした。
「オイフェさん、入りますよ〜」
返事の有無は気にせず、ガチャリとそのドアを開けた。オイフェは急にやってきた自分の危機に息を殺し、身を縮みこませた。もう自分を探している者の、フィーの履いているブーツは目の前だった。まずい。そう思った時は遅かった。フィーは、
「こんな所にいたんだ〜オイフェさん!」
と、歓喜の声を上げた。
あっさり見つかってしまった。オイフェが隠れていた場所、それはオイフェの書斎にあるテーブルの下。確かに探しにくいであろう。誰も城主の部屋に何の断りも無く入る者はいない。しかし、それはあくまで家臣が探している場合であって、妻であるフィーにはこれ程簡単に見つられる場所はない。しかもテーブルクロスで姿は隠れていたのだが、めくられてしまえば逃げ場はない。これでは見つかっても仕方ないだろう。オイフェが単純なのか、フィーが鋭いのか・・・とにかくクロスの端を持ち上げて中を覗き見ているフィーの顔は本当に嬉しそうであった。反対にオイフェは顔を引きつらせた笑顔でフィーを見ていた。どうやらオイフェの束の間の逃走劇の終結と共に、長年連れ添っていた髭との決別の時間が近付いてきた様だ。
「わ!や、やめ…フィー!…ちょっと…あ〜!!」
シアルフィ城に悲鳴が上がったのはそれからすぐの事であった。…合掌。
「フィー…どうしてこんな時にに髭を剃らないといけなかったのかい?別に後でもよかったんじゃないか?」
バーハラへ向かう途中で馬上からオイフェはそのすぐ上を軽やかに飛行していたフィーに口元をいじりながら疑問をぶつけたみた。そんなオイフェの口元には必死の抵抗の後の証である絆創膏が貼られていた。
「え〜だって今、見てみたかったんです。皆もきっと見たいでしょうし。それに凄く若く見えて格好良いですよ。そうですね〜そう!フィンさんに負けないくらい!…あ、もちろん髭のある時も格好よかったし、私はどちらのオイフェさんも好きですよ。」
『いや、好きですよ…って周りには従者がいるのに…』
と、周りの従者達―そのうち数人は公主直属のグリューンリッターであった―の中から僅かばかりの笑い声が聞こえ、オイフェは年甲斐も無く、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
シアルフィ一行がバーハラに到着したのは会合予定日の前夜であった。バーハラからほど近いヴェルトマーのアーサー、フリージのティニー、ドズルのスカサハ・ヨハン・ヨハルヴァらは既に到着していた。他の諸国の面々は明日バーハラ入りするのだと言う。とりあえず久々の再会を共に喜びあった。が、会う度に皆一様にオイフェを見て笑いながら、
『オ、オイフェさん、どうしたんですか?何か悪い物を食べたとか?』
と、言うのだ。その度にフィーはクスクスと笑いながら事情を話し、傍らでオイフェは赤くなりながらもバツの悪そうな顔をするのであった。特にアーサーなどは、『髭が無い時のオイフェさんに負けたのなら納得したんだけどな〜』と、5年前の不満を冗談混じりに漏らし、それを聞いたオイフェはただただ苦笑するだけだったとか。
翌日、バーハラでは壮大な聖戦士達の再会の宴席が開かれた。そしてそこでは昨日と同じ様に笑いながら皆の疑問に答える妻と、もはや諦めの境地を悟った夫の姿がところどころで発見されたのは言うまでもない。
〜fin〜
初めて書いたFE小説です。ここからマイナー人生が始まりました。つまりマイナーの系譜の始まりという事で(笑)このサイトを開くに当たって久々に読んでみましたが、「オイフェ=ひげ<切ってみよう=剃刀」という構図がバレバレですな(笑)ちなみに、Razorというのは剃刀という意味でした〜ちょっと賢くなったね!…私が(爆)
2001/4/21 執筆開始
2001/4/27 執筆終了
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