エ ス コ ー ト
 


 季節は過ぎ、太陽が高く高く昇る様になった暑い日に2人は揃って復興著しい街を一時だけ抜け出す事にした。それは誰の為でもない。2人の為の外出であった。

 グラン歴779年。レンスター及びトラキアの両国はお互いの手と手を取り合って復興を進めていた。それを率先して行なっているのがグラン歴に深く刻み込まれた聖戦をくぐり抜けた聖戦士達であった。新レンスター王のリーフを先頭に、今では1日1日、全ての住民に幸が訪れていた。特に昨年は新王リーフが結婚し、民衆はその喜びを共有しあってその連帯感は高まっていた。そんなリーフ夫妻のやや後ろで微笑んでいたのが、リーフの幼なじみのナンナ、そして一番の信頼を置かれているフィンである。この2人もまた様々な紆余曲折を経て将来を誓い合う所までに至っていた。しかし、フィンは主であるリーフが結婚をしなければ自分もできないという頑固な所があった為に2人の結婚も大幅に先延ばしになっていた。ナンナはそんなフィンの性格が好きだったから全く気にしなかったのだが、既にリーフが式を挙げてから半年の時間が経過した今、段々と不安が心を支配し始めていた。復興に尽力した事でレンスターに帰ってからほとんど2人の時間が取れなかった事もそうなのだが、それと同時に近ごろ何かとフィンがよそよそしい所を見せ始めた事がナンナを不安にかき立てていた。
『フィンは私の事をどう思っているんだろう?』
 ナンナはフィンの為に本来帰るはずであったアグストリア行きを断った。それ程フィンは自分の中で最もウェイトが高かったのだ。そのフィンの今までに無い態度。不安にならない方が不思議だろう。時々リーフにも相談するのだが、
「フィンなら大丈夫。いつもナンナの事は想っているさ。でもフィンは不器用だから、ナンナもゆったり構えていれば大丈夫だよ。」
 と聞いてもすぐにまたナンナは不安になるのであった。今日もフィンは1週間前から着手しているレンスター周辺にある大河の橋建設の陣頭の為に帰ってこない。おそらく彼の事だから仕事が一段落するまでは帰ってこないだろう。ナンナのため息は日に日に大きくなっていた。

「はぁ…」
 フィンはため息を付いていた。次々と舞い込んでくる問題の解決を考えているのだが、集中しようと思ってもすぐに途切れてしまう。心を支配しているのはただ1人の顔だけであった。できる事ならすぐにでも会いたい。しかし、リーフの、国の事を考えると私的な事は一番後回しにしなければならないという考えがそれを遮っていた。リーフが結婚し、一応の壁は崩れた。最近になってナンナも自分を待っていてくれている事が痛い程分かっていた。しかしそれが逆に自分をぎくしゃくさせてしまった。本当にいいのだろうか?そんな感覚に襲われた。ナンナは周りの空気に敏感であり、更に思いやり満ちた娘だからきっと自分のナンナに対する態度を自分のせいにあると解釈するだろう。しかし、問題は自身にあったのだ。そう思いながらこうして会えない時が続く事でようやくフィンは心に決めた。きっと自分以上に苦しんでいるであろうナンナの姿をもう考えたくも見たくもなかったのだ。しかし今はこの仕事を最後まで遂げなければならない。ナンナに心の中で詫びながら再びため息を付く為に息を吸ったその時である。
「フィン…」
 自分を呼ぶ声が急にフィンを現実に引き戻す。そこにはレンスターに仕えてから懇意にしている同じランスリッターのソーンという男がいた。
「な、何だソーンか。どうした?何かあったのか?何かおかしい所でも?」
 自分を何とか取り繕ってフィンはソーンに声を掛けた。すると、ソーンはすっとフィンを指差した。
「フィン、お前だよ。」
「は?」
 フィンは珍しく素っ頓狂な声を上げて目を丸くしてしまっていた。
「な、何を言って…」
「仕事人間のお前がそれほど集中できない程心配なのか?」
 暗にナンナの事を言っている事がフィンには分かった。昔からの仲で大体の事を知り合っているからこその発言なのだろう。
「しかし、ここを離れるには…」
「離れるのではない。ちょっと休憩に行け。人間、たまには休憩も必要だ。」
 固い言葉と似合わない笑顔でソーンは言う。
「それでも…」
「ここは私に任せろ。それとも何か?私が信用できないとでも?」
 有無を言わせない言葉に遂にフィンも折れた。
「…わかった。では、ちょっと休憩に行ってくる。すぐに戻ってくる。」
「ああ、待ってるぞ。」
 そう言うとソーンは先程までフィンが格闘していた書類が積まれた机と向き合った。そして、フィンの顔も見ずに右手を軽く部屋のドアに向けて振った。フィンは軽く礼をすると、部屋から出ていった。ソーンはドアが閉まった音を確認すると、ドアの方向を向いて、
「やれやれ、旧知の仲というのは疲れるな。ま、あいつの花婿衣裳を見る為だ。少しくらいは我慢してやろう。」
と、呟きながら顔をやや崩した。

「フィン、どうした?何かあったのか?」
 翌日、フィンはレンスターにその身を戻していた。そしてすぐにリーフの元へと訪れた。急に戻ってきたフィンに目を丸くしながらリーフは尋ねた。今まで仕事の途中で帰ってきた事は無かったのだから驚くのも無理はない。
「リーフ様、無理は承知の上です。今日、1日だけで結構です。私にお暇を頂けませんか?」
 リーフはその言葉に隣にいた妃と目を思わず合わせた。が、すぐにリーフは腕を組むと何か考え始めた。その様子をつぶさにフィンは見つめていた。やがてリーフは顔を上げた。顔は真面目、しかし内心は最近見せなかった悪戯心で満ち溢れていた。
「あのさ、基本的にはいいんだけど、休暇を与えるには条件がある。」
「は、何でしょうか?」
 フィンは片膝を付いたまま尋ねる。
「1人ではダメだ。2人一緒に出掛けるのなら、休暇を与えてもいいよ。」
「…は、はぁ…」
 フィンの困惑した顔に内心爆笑しながらリーフは続ける。
「どうだろう?」
「あ、いえ。元よりそのつもりでしたので…」
 表情には出さなかったが、リーフは正直驚いていた。それと同時に、
『やっとか…ナンナ…よかったね…』
 そう思いながらも、ここは努めて主としての発言をする事にした。
「あ、そう。じゃあ、フィン、お前に休暇を与える。ゆっくりしてこい。」
「は、ありがとうございます。それでは…」
 深々と一礼すると、フィンは部屋から出ていった。リーフはその様子を最後まで見届けると、
「まさか、あのフィンはあんな事言い出すとは思わなかったな〜」
と、体を延ばしながら妃に答えを求める。
「もう、あんなにあからさまに言ったらダメじゃないの。」
 窘めるようにリーフに言う。しかしリーフも負けてはいない。
「じゃあ君だったらどう言う?」
 色々考えた挙げ句、
「…きっとあなたと一緒。」
と、笑顔で白旗を上げた。彼女も嬉しいのだ。彼の苦労を少しでも知っているのだから。
「だろ?あ〜楽しみだな〜2人の式。」
 戦いに勝利したリーフは天井を見上げながら、来たるべき時に思いを馳せていた。
「ええ、本当に楽しみ。あ、その時の服を決めなくちゃ。」
「おいおい、いくらなんでもそこまで早くないよ。だってフィンなんだし。」
 リーフがそう言うと、2人は揃って笑ってしまっていた。

 ナンナは何をするでもなく部屋の椅子に寄り掛かって椅子ごと体を揺らしていた。この感覚は以前感じた事があった。帰ってくると言って帰ってこなかったあの人を待つ時間と今が余りに似ていたのだ。そう考えるとナンナはそれだけで憂欝になってしまっていた。
『早く…会いたいよ…フィン…』
『トントントン…』
 部屋のドアから軽いノック音が鳴った。
「はい、どなた?」
 ナンナはすぐにドア口に立つとノブを回した。そこには…
「ナンナ…」
「え、ええ!!」
 いるはずのない人が立っていた。ナンナは一気に混乱した。
「え、だって…しばらく…帰れないはず…じゃ…」
 混乱したままのナンナに、
「今…今日1日休暇を頂いた。ナンナ、ちょっと出掛けないか?」
と、声を掛ける。
「え?え?」
 まだ状況が掴めていないナンナに、
「さ、行こう。今まで待たせてしまってすまなかった。」
 手を差し伸べながら優しく声を掛ける。その声にようやくナンナも、
「…はい。」
 そう答え、愛しい人の手を取る。それは、初めてとも思えるエスコートであった。


 この2ヵ月後、周りに祝われながら1組の男女が式を挙げた。その式は幸せに満ち溢れ、誰もが自然に微笑んでいた。そしてその微笑みの輪の中心には更に笑顔を爆発させていた2人がいたという。


                                              〜fin〜

 フィン第3弾の今回は「願い」以来のナンナとのお話でした。やっぱりフィンは主君が先になってしまうので結ばれた時の喜びは大きい物だったんではないかな?と思った時にアイデアができました。リーフはいつまでたってもいたずら小僧であって欲しかったのでそれも描写しました。ちなみにリーフのお相手は恒例の様にご想像にお任せします(笑)それでは、また。

                                  2002/2/24 執筆開始
                                  2002/2/24 執筆終了
              

創作部屋に戻る       トップに戻る