決 ま り ご と 


 解放軍には何時の間にやら出来たこんな決まりごとがあった。
『お金の受け渡しは恋人間でしか認めない。』
 という鉄の決まりごとだ。いつ誰が決めたのかはわからない。思えば挙兵当時から従軍していた者もこの決まりごとは最初から頭に入っていた。そもそもこんなバカらしいとも思える決まりごとだが、これにはれっきとした理由がある。今は戦火の中、志は同じでも迎える運命はおのおの異なってくる。もし万が一、貸し借りしていた片割れが犠牲や逃亡でもした場合、その保証をする者がいないからだ。だから運命を共に誓い合った者達の間でしかお金の移動は認められていないのだ。ただし独り身の者には救済としてシーフからの借りだけは認められていた。あくまで借りだけという所がミソなのである。

 …とは言え、この決まりごとは時々違った意味で使われる事がある。丁度その場面がこれから皆さんの目の前で繰り広げられるので、ご覧になりたい方は一緒にご覧になるといいだろう。場所は、グランベル領内フリージ城。時は正に最後の聖戦が繰り広げられている時…

 そこには一人の少女がいた。名はティニー。アルスターから解放軍入りしたサンダーマージである。そんな彼女が城内の物陰に潜んでいた。そしてある所をじっと見つめていた。その視線の先には忙しなく動き続ける解放軍の軍師、オイフェがいた。今もそんな視線に気付く事無く、戦前処理に追われていた。そこへたまたま通り掛かった人物がいた。それは運が悪い事に解放軍の芸能レポーターことパティであった。パティはティニーとその視線の先を交互に見比べて、意地悪そうな笑顔をしてゆっくりとティニーに近付いていった。
「ティ〜〜〜ニ〜〜〜ィ♪」
と、ティニーの後ろから抱き付いた。
「うわ!」
 解放軍に入って以来、最大のボリュームを発生させてティニーは驚いた。よっぽど驚いたのだろう。今にも逃げ出さんばかりの勢いで足をバタつかせていた。しかし女性陣の中で一番力強く、生命力も軍全体3位のパティがしっかりとティニーの体を捕らえていたのでティニーの足は空回りしてばかりだった。
「ティニー、そんなにビックリしなくてもいいじゃない〜」
 呆れる様にパティが言った。その声にティニーはようやく落ち着いて後ろを振り返った。そして自分を抱き上げているのがパティとわかると、
「あ、パティさん…」
 ほっと一息つきながらいつもの様子に戻っていた。しかし、
「何見てたの?」
 というパティの問いに再び気が動転し始める。
「え?え?な、何って?」
 自ら冷静になろうとしているが慌てているのは明白であった。
「とぼけないでよ〜あの人を見ていたんでしょ?」
 パティが嬉しそうなのは気のせいだろうか?
「あ、あ、あ、あの人ッテ?」
 既にティニーの声は裏返っている。パティはそんなティニーの耳元に、
「もちろん、いとしの〜オ・イ・フェ・様♪」
と、囁いた。
『ボン!!』
と、聞こえるくらいティニーの顔は一気に真っ赤になった。それは図星を突かれた事を示す何よりの証明だった。
「え、え、そ・そ・そんな事はありませんです…」
 否定する言葉もどこか不自然でおかしかった。
「また〜もうバレてるって♪」
 哀れティニーはさながら現代における芸能レポーターに捕まった芸能人だった。

 落ち着いたティニーが言うにはオイフェが気になり始めたのは驚いた事に初対面の時だと言う。相当な年下のティニーに対してもオイフェは礼を尽くす事を忘れなかった。これまでフリージ家に身を寄せていた時でも目のあたりにしなかったその礼儀の余りの良さにビックリしたと言うのだ。
「それで…気が付いたら…という事?」
 話の顛末を聞き届けたパティは首をすくめながら言った。その言葉にティニーはコクンと静かに頷いた。
「話していったら…凄くお優しい方だと…」
「…で?」
「はい?」
「だから〜どうしたいのよ?オイフェさんと仲良くなりたいんでしょ?」
 ティニーはまたも顔を赤らめながらも頷く。
「まあ…優しいと言えば優しいわね。長年君主に仕えてきたから礼儀も正しいし…でもそれだけじゃないでしょ!」
と、パティは指をビシッ!とティニーの目の前に突き付ける。その反動でティニーは後ろに倒れそうになる。しかし、何とか踏み止まった。
「そ、そ、それだけじゃないッテ?」
 またも声が裏返っている。どこまでいっても鋭いパティとバレやすいティニー。今後の立場もすっかり決まってしまっていた。
「何かしらのきっかけがないと惚れない物よ。この軍だって例外じゃないわ。そういった場面を何回も見届けてきたからよくわかるの。」
 少し横を向きながらパティは思い出すかの様に言った。パティのその様子に、
「あ、あの〜パティさん?」
「え?何?」
「何回もって…?」
 ちょっと時間が止まる。
「あ、あははははははは!!気にしない、気にしない!それよりも…」
 話を変えようとする辺り、ティニーの思っている事が間違いない事がわかる。
『パティさん、もう慣れっこですね?』
 ティニーは心の中でそうは思いつつもどうせ誤魔化されるから黙っておいた。そんなティニーの心遣いにも構わずにパティは攻勢を続ける。
「惚れたきっかけよ!どんな事があったの?」
「え?え?え?え?え?」
 ティニーはあまりのパティのストレートな問いに混乱していたが、なんとか答え始める。
「シアルフィにいた頃、オイフェ様は凄く悲しそうだったの。宴を抜け出してバルドの像の前で涙を流していらっしゃってて、それを見た時にこう…」
「胸が締め付けられる思いがしたってわけね?」
 ゆっくりと頷くティニー。2人の間に静寂が…
「そんな事よりも今は決断よ!もう戦争終わっちゃうし、早くしないとオイフェさんはシアルフィへ帰っちゃうんだから!」
 訪れなかった。
「え?シアルフィへ?」
 ティニーも何とかついていく。少しパティと話して、経験値を得た様だ。
「そう!シアルフィへ帰っちゃうの!」
「…パティさん、どうしてそんな簡単に軍の動向がわかるんですか?」
 というティニーのツッコミにも怯まずに、
「詳しい事は後!ティニーはどうしたいの?」
と、まくしたてる。
「ど、どうって…」
「だ〜から!例えば『私と結婚してください!』とか!」
『ボンッ!!』
 先程よりも激しい爆発音が響いた。
「そ、そんな事言えませんです!!」
 ティニーは耳まで真っ赤にして両手を上下に振り回しながら答えた。
「でもね〜ああいう人は一気に言い切った方がコロッといく物よ。だって長年主君に仕えてきたという事は色恋沙汰にはきっと皆無だから…」
 サラッとヒドイ事を言うパティ。
『パティさん、断言するなんてオイフェ様が可哀相すぎます。』
 やはり心の中でツッコむティニーに構わずに、パティはどうしたらいいのか空を見上げながら果てしなく思案中だった。しばらくすると、何かを思い付いたかの様に右手を左手の掌に当てた。そして耳を貸す様にと、ティニーを手招きして耳打ちをした。
「良いアイデアを思い付いた!ティニー、言葉では言えないのならね…」

 さてさて、ここからは話が面倒なので話を端折ると、兄がどうあがいても勝てない不平等な兄妹喧嘩が勃発し、例に漏れる事無く妹の方が勝ったとさ。そして、あとはバーハラにセリスが行けば順次解散の運びとなっていたはずなのだが、間違えてセリスはリターンリングを発動させてしまい、哀れ主君はシアルフィへ。戻ってくるまでの間、解放軍は休暇が言い渡された。2人の世界に入る者・独り身で国へ帰る事が既に決定して訳もなく熱い涙を流している者・戦いに出る事さえできず途方に暮れている者などが各々の時間を過ごしていた。そして…

 ティニーは左手に薄いブルーの可愛い包みを持ち、右手は胸に当てて機会を伺っていた。お目当てのオイフェは金リーゼントや魔力が無意味に高い弓騎士や某所の勇者などなどの独り身決定グループの所で今後の人生相談を受けていた。最後まで任務を遂行する軍師なオイフェであった。ようやく熱い相談が終わったらしい。オイフェが独り身グループから離れて今度は戦いに参加できなかった、つまり二軍の下へ行こうとしていた。ここでも相談を頼まれているらしい。早くしないとセリスが戻ってきてしまう。そう思うと、ティニーは思い切ってオイフェの前に立った。
「おや?ティ…」
「これ、受け取ってください!!」
 オイフェが言葉を言い終わる前にティニーは持っていた包みをオイフェに持たせ、一気に逃げ出していった。その時のスピードは馬よりも速かったという。そんなティニーを見て途方に暮れるオイフェ。我に帰って自分の手元にある包みを見た。何が入っているのだろう?オイフェはきっとお菓子か何かの類いだろう。それだったら誰かとお茶受けとして食べようか、そう思うと、そのまま二軍グループへ向かう事にした。

 セリスは必死にバーハラへ向かっていた。自分がバーハラに着かねばEDは始まらない。流れる汗も拭わずに敵どころか味方すらいない戦場を駆け抜けていた。これまで何度もやってきた下馬も今は冗談でもできない。とにかく急がなくてはならない。そしてようやくフリージまで到達して一息ついた時、バーハラの方向からオイフェと二軍軍団の、
「えええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
という凄まじい叫び声が響いてきた。その叫び声に驚いたセリスはまたもリターンリングを発動させてしまい、またもシアルフィに身を飛ばしてしまっていた…
 それからEDを迎えたのは17ターンも後の事だった。最後の最後に来て持ち前の根性を発揮したセリスの努力の後だった。

 さてさて、オイフェが受け取った包みの中身には何が入っていたのか?ここまで引っ張ればおわかりになると思うが、包みの中には現金が入っていた。最初に書いた前フリ、それは軍の決まりごと。
『お金の受け渡しは恋人間でしか認めない。』
 先程、パティがティニーにアドバイスしたのも、
「…言葉で言えないのならね、財布をオイフェさんに手渡すの。オイフェさんは解放軍の中で一番の古株だからきっとわかってくれるわよ。」
 という事だったのだ。少しズルい手だとはティニーも思ったのだが、どうしても自分の言葉では告白できそうもないのでパティのアイデアに乗る事したのだった。

 その時、オイフェは考えていた。パティの予想通り、このティニーの行動の意味は充分に察していた。受け取った以上(不可抗力に近いが)、ティニーの必死の告白は汲み取らなければならない。幸いタイムリーにも主君は戦場を疾走し続けてくれていた為に考える時間を与えられていた。そして考えに考えた挙げ句、オイフェもまた後にティニーへお金を渡し、今は無理だが両国の復興後に運命を共にしようと誓い合ったという。なお、その時のオイフェの苦悩は別の話で語る事としよう。

 ちなみに言っておこう。当時、オイフェの所持金が49500G、ティニーの所持金が49800Gであった。なぜ2人にそれだけの所持金があったのか?それはオイフェが必殺の勇者の剣を、ティニーも必殺付きのトローンを装備していたので、闘技場では無敵の強さを誇ったからだ。話を戻すが、実際に受け渡しがあったのは、ティニーからオイフェへは500G、オイフェからティニーへは差し引き700Gだけの交換だったのである。愛というのは僅か500Gと700Gの交換で語り合える物なのだろうか…ともかく2人は離れ離れになっても毎日3回も書簡を送り合うという仲となっていた。毎日3回の書簡の受け渡しをする為にシアルフィ、フリージ共に早馬要員が3倍増され、さらにシアルフィのグリューンリッター・フリージのゲルプリッターもその要員に借り出され、聖戦士直属軍の中で一番忙しい軍になったとかならなかったとか…

                                              〜fin〜

 初の暴走作品(笑)マイナー道が多岐に渡るきっかけの作品となりました。奥手同士のカップリングですね。でも踏ん切りが付いたら王国直属騎士団を使ってでも交流を取るという思い切った事もするんじゃないかな?という妄想がコレです。でもこれでグリューンリッターとゲルプリッターに志願する人が減ったりしてな(笑)ちなみに後半部分の数字(17ターンとか500Gと700Gのやり取り)は事実です。何やっているんでしょう、当時の自分(笑)

                                  2001/7/ 8 執筆開始
                                  2001/7/17 執筆終了
            

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