真夜中の聖歌
「おめでとう!」
「末永く幸せに!!」
「ちくしょ〜羨ましいぜ!!」
ここはレンスター城にほど近い教会。ここで今、永遠の誓いをし合った1組の男女がいた。鮮やかなまでにはっきりとした蒼の髪をした男性と、輝かしいばかりの金の髪をした女性である。名をそれぞれフィンとナンナと言う。元々ナンナが幼い時から世話をしたのがフィンであった為、様々な紆余曲折はあった。しかしナンナの一途な思いが堅かったフィンの心を動かし、今日の式へと繋がったのである。2人が歩くその後ろでは同じく1組の男女が付き添いとして歩いていた。実はフィンとナンナにとってはこの2人の先を歩く事にはかなりの抵抗があった。何故なら本来ならばこの2人にフィンとナンナが従っているのだ。抵抗が無い訳がない。しかしどうしても付き添うという2人の主張にフィンとナンナは一度であれば、という条件付きで遂に折れたのだ。その2人の名はレンスター国、国王リーフと王妃リーンと言う…
話は式の2週間前に遡る。既に夫婦としての生活が板に付いて来たリーフとリーンの下にフィンとナンナがどうしても報告したい事があると言ってきたのだ。その内容はある程度予想できていたものの、婚儀を挙げさせて欲しいという2人の報告にはやはり心踊る物があった。リーフは放っておくと自然に顔がニヤついてしまうので努めて真顔で、
「報告というのは何?しかも2人揃って…」
と、言った。
『わかってるくせに。』
横に座っていたリーンはリーフの頬が密かにひくついているのを見逃さずにそう思った。元々リーフは感情を隠せる様な性格の持ち主ではない。リーンへのプロポーズの時もそうだった。リーンを呼び出して2人きりにし、そして「言いたい事がある。」と言い、更に顔は真っ赤。出てくる言葉は1つしかないだろう。しかし肝心な事をなかなか言わない。その時の事をリーンはふと思い出して心の中で微笑んでいた。
『ま、そういう所が良い所でもあるんだけどね。』
リーンが密かにそんな事を考えていた時、フィンが意を決したかの様に口を開いた。
「リーフ様、そしてリーン様。実は先日、ここにいるナンナと婚約を交わしました。是非お許しを頂きたいと思います!」
覚悟を決めた一言は思いもよらず大きな声量であったのでやや場にいたリーフやリーンは勿論、隣にいたナンナも驚いてしまった。人間、覚悟すると驚く様な事をするというのはフィンでも通用する言葉であったのだ。
「お許しも何も…な。」
リーフはリーンの眼を見ながら諭す様に言った。それを汲み取ったリーンは、
「リーフ様は最初からお2人の事を認めてらっしゃいますわ。おめでとうございます、フィン殿、ナンナさん。」
リーンの言葉から一息遅れて、
「ま、まあ、そういう事だ。私達にできる事があれば何でも言ってくれ。最大限2人の為に努力するよ。」
リーフの言葉に弾かれたかの様にフィンとナンナの視線は再び床に戻った。こうしてレンスターに長きの間尽力した騎士とその騎士を支える乙女の婚儀がレンスター国内に発表されたのであった。
「フィンとナンナが結婚するんですってね。慌てて来たわよ。」
現在トラキアを治めているリーフの姉、アルテナがレンスターにやってきたのはその3日後の事だった。リーフが2人の報告を聞いた直後、早馬を使ってトラキアにいる姉の下にこの知らせを届けたのだ。幼い頃より慕っていたフィンの幸せの報にアルテナはいてもたってもいられず、すぐさまその為の行動に移した。まずは婚儀までの2週間の間はレンスターに留まる為に2日間の徹夜で2週間分のの公務を前倒しで片付け、残り1日は自らの体の休息と2週間分の滞在準備を進めていたのだ。そしてこの日、レンスターへとやってきたのであった。
「あ、姉上。よくぞいらっしゃいました。」
リーフは玉座から立ち上がって姉の来訪を喜んだ。
「そんな事言わなくてもいいわよ。こんな嬉しい知らせはあなたが結婚した時以来ですから、やってくるのは当然よ。それでフィンとナンナはどこに?」
左右を見回しながらアルテナは言った。
「あ、今はそれぞれの部屋で休んでいると思います。お連れしましょうか?」
「いえ、大丈夫。一応記憶はしっかりしているから案内しなくてもいいわ。あなたもしなければいけない事があるんでしょう?あなたのお姫様もそうみたいだしね。」
「あ、ははは、やっぱり姉上には隠し事できませんね。」
アルテナは隣にリーンがいない理由をしっかりと汲んでいた。何事も自分でやらなくれば気がすまないリーンの性格から言って、2人の婚儀の準備をしない訳がなかったのだ。それに加えて婚儀の際に自ら着るドレスなどの選択もしているのだろう。活発的なレンスター王妃の姿をアルテナは密かに思い描いていた。
「あなたの姉だもの。あなたの考えくらいわかるわ。それじゃあ…」
「はい、よろしくお願いします。」
これから2人の祝福に行くアルテナの後姿を見ながらリーフは呟く様に言った。
こうしてアルテナの来訪によりいよいよ婚儀の準備が本格的になったレンスターでは慌しさに拍車を掛ける事になった。フィンとナンナはそこまでしなくても…とリーフに言うのだが、リーフは頑として譲る事はしなかった。苦労ばかり掛けた2人の晴れ舞台なのだからせめて華々しく開きたいというのがリーフの主張であった。そんな主張をフィンが無下に断る事も出来ず、結局これまたリーフの勝ちとなったわけである。
そしていよいよフィンとナンナの婚儀の前夜…
「ねぇ、リーフ。起きて。」
「ん〜?何〜?」
前日の準備に追われ、その疲れからすっかりと爆睡をしてたリーフの耳元にリーンの声が響いた。目を開けるとそこにはいつものドレスではなく、着慣れている踊り子の服を纏ったリーンの姿があった。驚いてガバッと起きるリーフ。
「リーン!どうしたのその…あう。」
思わず大きな声で疑問を投げかけようとしたリーフの口をリーンは塞いだ。
「しっ!あんまり大きな声出すと皆に気付かれてしまうわ。」
そう言いながらリーンはゆっくりと塞いでいた自分の手をリーフの口から離した。冷静に戻ったリーフは小声で、
「何かやるつもりなの?」
「そうよ、皆に驚いて欲しくて黙っていたんだけど、良く考えたらあなたにも手伝ってもらった方が余計に皆が驚くかなと思ったから。」
「で、何するの?」
「あのね…リーフって歌のセンスってある?」
「はぁ?」
その頃、フィンとナンナは明日の、正確には今日なのだが婚儀について話し合っていた。皆が準備してくれたこの席への有り難味、そして何よりリーフ達には感謝以外の何物でもない気持ちを2人して話していたのだ。そしてちょっと軽く散歩でもしてから休もうという事になり、2人は真夜中の中庭へと出て行った。そんな時だった。フィンが立ち止まって何かに聞き耳を立てている。
「フィン、どうしたの?」
そんなフィンの様子を訝しがりながらナンナが声を掛けた。しかしフィンは仕草で静かにする様に促した。そして再び聞き耳を立てる。
「?」
ナンナは状況が良くわからないままフィンの姿を見上げた。
「リーフ様の声がする…」
「え?」
ナンナの質問をよそにフィンはゆっくりと足音を立てずにその声の発信源へと歩き始めた。ナンナもそれに合わせてフィンの後ろを付いていく。そしてしばらく歩くとフィンが立ち止まった。ナンナもそれに習う。そうしているうちにフィンは身を屈めて様子を伺う様に視線を送る。ナンナはその視線の行き先を辿っていくと…
「あ、あれはリーフ様とリーン様…」
ナンナの言う通り、そこにリーフとリーンがいた。リーンは立って華麗なまでに舞っていた。問題はその舞いを生み出している原音の方である。何とリーフがたどたどしいながらも歌を歌いリーンの舞いを彩っていたのだ。確かにお世辞にも上手とは言えない。しかし、心を込めたその歌には何か惹かれる物があった。そしてリーンの動きが止まるとリーフも歌を止める。
「やっぱりこれじゃあ、2人に笑われるんじゃないか?それに一応この国の王と王妃がこんな事をするって知ったらそれこそ驚きというか何と言うか…」
リーフは少し恥ずかしさで顔を赤らめながら言った。自分でも決して上手いとは言えない事がわかっていたからだ。
「いいえ、絶対にやります!それに心を込めて歌えばどんな人でも心に届きます。上辺だけ上手くても心がこもっていなければ雑音にしか聞こえない。でもその逆であれば…」
「良い歌に聞こえるって事?」
「そうですよ、あの2人の事を考えながら歌うんです。そうすればきっとあの2人には届きますわ。」
「でも…」
まだ抗議をしようとするリーフの顔の前にリーンは自分の顔を近づけ、
「私がちゃんと踊れているんです。自信を持って歌って。ね?」
「うう…わかったよ。歌えばいいんだろう?」
勝負あり。リーフはすっかりリーンにやり込められてしまった。そして再び歌い始める。レンスター地方で歌い継がれている祝福の歌であった。その傍でリーンは再び眼を閉じながら本能のままに踊り始めた。まるで心地良い聖歌を聴いているかの様に。
「…フィン。」
そんな2人の言葉のやりとりを聞いて胸を締め付けられる思いをしたナンナがフィンに言葉を投げる。私達2人の為に…そう思うとナンナは何故だか何とも言えない感情が生まれている事に気付いたのだ。それはフィンにも同じ事が言えた。知らず知らずに両目からは涙が出ていた。そして我に返ると、慌てて袖で涙を拭くと、
「ナンナ、今日はこれで帰ろう。きっと今よりも素晴らしい歌と踊りを私達に届けてくれる。今ここで見るのは失礼だ。」
「…はい。」
フィンは立ち上がると静かにその場から立ち去った。ナンナもフィンを追いながらも上体だけをリーフとリーンのいる方向に向けて、
「リーフ様、リーン様、ありがございます。」
と呟くのであった。
明けて遂に2人の晴れ舞台の幕が上がった。そしてレンスター国、国王夫妻の思いもしない歌と踊りのプレゼントに民衆は驚き、アルテナは微笑み、そしてこの式の主役の2人は再び涙し、心から感謝するのであった。真夜中に歌われた聖歌は今レンスターの青空の下に響き渡るであった。
〜fin〜
おはようございます、こんにちは、及びこんばんわ。またも2週間ぶりの新作となりました。今回は珍しく2組で攻めてみようかと思いました。超マイナーカップリングからリーフ&リーンを、そして以前も何度か書いたフィン&ナンナです。実は最初はまだリーフとリーンがまだ結ばれていない状態でこの歌の練習(?)をする設定を考えていたんですけど、フィン達が結婚するにはこの2人も結婚していないといけないんですよね。絶対フィンの性格から考えると主君よりも先に結婚するはずがないですから(私的考えですが)。リーフは絶対に音程外した歌を歌っていたと思うんですよね。でも心の入り方が違うからフィン達には唯一無二の歌ではないかと考えてこんな話にしてみました。お読みになった感想などを頂けると幸いです。それでは、また次作で。
2002/8/31 執筆開始
2002/9/ 1 執筆終了
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