W h i t e  B o o k 〜 後 編 〜


 結婚式の終了後、アゼルとティニーはフリージ城の一室でようやく面を面を向かって再会を喜び合っていた。傍にはオイフェとアーサーもいる。そしてアゼルの第一声は、
「今まで顔を合わせる事ができなくて、お前はさぞかし私を恨んでいるだろうが…これだけは言わせてくれ。ティニー、おめでとう…」
 そう言って左手を胸に当てながらアゼルは花嫁姿のティニーに向かって頭を下げた。その様子に慌ててアゼルの前に駆け寄った。
「父様、顔を上げて…私は父様が今、ここにいる事だけでも嬉しいのです。それに私も父様には謝らなければなりません。今、父様と会うまではもしかしたら父様と血の繋がりを感じなかったら…と思っていたのです。父様はいつも私の事を思っていてくださったのに…」
 今度はティニーが頭を下げる。アゼルは無言でティニーの肩を持った。
「いや…いいんだ。それは仕方の無い事なんだよ。だから気に病む必要はない。だから顔を上げてくれ。」
 そう言うと、今度は顔をオイフェの所へ向けた。
「オイフェ…いやオイフェ殿。今は亡き同志達を代表して礼を言わせて頂く。本当に積年の願いを果たしてくれてありがとう。」
 オイフェは姿勢を正すと、
「いえ、私は微力にすらなっていません。今の時代を生きる自由を求める者達の力がそれだけ大きかったのです。」
 アゼルはその言葉に軽く首を横に振った。
「そしてもう1つ…娘に、ティニーに幸せを与えてくださった事を…父として妻と一緒に礼を言わせて頂こうと思う。本当にありがとう…娘をどうぞよろしくお願いします。」
 そう言うと、アゼルは深々と頭を下げる。
「…はい、承知しました。」
 オイフェには確固たる決意がこのアゼルの一言で生まれたのかもしれないと心の中で強くそう感じた。

「ところで兄様に教えて頂いたのですが、父様がこのフリージの城下で何かなさっていたのですか?」
「そうだ、忘れていた。これを…アーサーも…」
 そう言いながらアゼルは懐から先程廃屋で見つけた白い表紙の本を取り出した。そして払いきれていなかった埃を改めて丁寧に拭き取るとその本をティニーに手渡した。ティニーはアゼルと本を交互に見ていたが、アゼルから見る様にと促されるとティニーは自分の下へ近付いたアーサーにも見える様に本を少し体から離しておもむろに開いた。日付が所々に書かれている事からどうやら日記の様な物らしい。しかしどこかで見た事がある字体ではある。そう思いながらティニーはページをめくっていた。パラパラパラ…すると、先にアーサーが気付いた。
「父様!これは!もしかして母様の…」
「そう、それはお前達の母上、ティルテュが解放軍に入る前の数年間を書き記した物だ。と、言ってもふてくされて子供の頃から隠れ家にしている廃屋に行った時にしか書かない日記とは呼べない代物なのだが…まあ、それはティルテュらしい部分と思ってくれ。実は1日だけだが、私もその本に書いた日がある。」
 そう言うと、アゼルはページをめくり始めた。そして目的のページに辿り着くと、ティニーに再び本を手渡した。そのページにはこう書かれていた。
『755年○月○日…昨日は私の誕生日だった。でも父様は忙しいからと祝いの言葉すらくれなかった。少しくらい言ってくれてもいいのに!悔しいから暇潰しにアゼルとレックスを呼んでやった。そしたらレックスは忙しいからと言って(多分懲りもせずナンパにでも行ったと思う)アゼルしか来なかった。てっきりレックスも来ると思ったけど、まあいいか。それで色々喋っていたらアゼルが『暇潰しにもしそれぞれに子供ができた時のメッセージでも書いてみる?』と言ってきた。よくわからない発想だったけど面白そうなので書いてみようと思う。でも提案した以上、アゼルから先に書かせる事にする。』
『755年○月○日…自分で言ったんだから先に書けだって…自分で何気なしに提案した事だけどちょっと真面目に書いてみようと思う。僕はまだ若いからはっきり言って滑稽に思えるかもしれない。でも笑わないで読んでほしい…
 将来生まれてくる子供達へ 今これを読んでいる時、どんな状況にあるのだろうか?できれば幸せの中で読んでもらえればと思う。僕がどんな親になっているのかもわからないが、お前達には幸せになってもらいたいと思うごく普通の親でいたいと思っている。お前達の母親…つまり僕の妻になる人もきっとそんな人だと思う。本当に普通でいい…それだけを願っているよ。』
『さてと…アゼルも結構平凡な人生を願っているのね。どうせなら世界征服!とか派手な事を書いた方が面白いのに。でもそれが一番幸せなのかもしれない。私も真面目に書いてみよう。
 子供達へ …私の願いは2つ。1つはアゼルと同じくあなた達に幸せを願う普通の母親でありたい事。そしてもう1つは・・・この日記に笑える事を書いただれかさんが言う妻に私がなれればな…なんて…ねぇ、あなた達に聞きたいわ。だれかさんの願いと私のこの2つの願いはどうなってる?それが叶ってくれればもう最高ね。そうじゃなかったら…う〜ん、でも多分そうはならないわね。だってそんな想像ができないもの。あ、そうそう!もう1つ願い事があった!これをアゼルが読まない事!あなた達、アゼルにこれを見せちゃダメよ!』
「まぁ…ティルテュの最後の願いだけは叶ってないけどね…」
 アーサーとティニーが本から眼を離し、アゼルの方に向き合った所を見計らってアゼルがクスリと笑いながら言う。
「…父様。」
 アーサーとティニーは胸に何かが引っ掛かって何も言えなかった。そんな2人に、
「わかったかい、アーサーにティニー。私達はいつでもどこでも昔からお前の幸せを願っている事を。」
 そんな言葉に2人はただただ頷くだけであった。

「それで、父様はこの後どうされるのですか?」
 ティルテュの日記を大事そうに机に置くと、ティニーは聞いた。
「うん…色々考えているのだが…今まで私は医者として僅かだけど力を尽くしてきた。その生き方を今更変えるわけにはいかない。だから色々な土地に行って困っている人を助けたいと思っている。」
「そうですか…」
 その言葉にまた離れ離れにならなければならない悲しみがティニーを包む。
「でもね…行く場所はその都度お前達に告げるし、年に数回は直接会いに行くよ。私もずっと離れ離れというのは悲しいし、何より子供達が幸せになるのが私達の、特にティルテュの願いなのだからね。」
 それを聞くとアーサーがティニーの横に立った。
「そうですね、それが一番良いと思います。なぁ、ティニー。別に父様がいなくなるわけじゃないさ。ちゃんと会いに来てくれるよ。」
「…はい。」
 アゼルがいなくなるわけではなく、また会いに来てくれるという事が心持ちティニーの気持ちは軽くなっていた。
「それに…」
 さらにアーサーが続ける。
「父様も言っていた通り、母様もそれを願っているさ。まずは俺達はそれぞれ幸せになる事。特にティニーはもう1人というわけじゃないしな、そうでしょ義弟殿!」
と、少しいたずらっぽくオイフェの方を見る。オイフェもそれに合わせて、
「そうですね、義兄殿。」
 微笑みながら返す。そんな2人にティニーはただただ顔を赤らめるだけであった。その様子にアゼルは穏やかに、3人には聞こえない声量で、
「ティル…ちゃんと私達の願いは叶いそうだね。」
と、呟いた。

 アゼルは聖戦後、フリージに作られたティルテュの墓を見舞い、まずはミレトス地方の未だに続く疫病の回復の手助けに行くと告げた後にフリージを後にした。ティニーに白い本を託したまま…

 そして長い間、記される事のなかった数年後の白い本には、アゼルがいたシレジアの村にアゼルが一家総勢8人を連れて村人を驚かせた事が書かれている。その本にとって二十数年ぶりに記された字は本の主が言うだれかさんの字であり、そして最後にはこう綴られ最後のページを締め括っている。

 皆、幸せに暮らしているよ。君も、ティルも見てくれているよね?

                                              〜fin〜

 以上、アゼル一家出張りすぎ、本当はアゼティルじゃねぇの?オイフェはどこに行ったんだよ?なオイティニでございました(笑)色々な悲劇があったけど、その上でこういう幸福も育ったというお話でした。ちなみに8人の内訳はオイティニとアーサー&その妻(ご想像にお任せ!)とそれぞれ2人の子供というこれまたベタベタな展開です。最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

                                 2001/9/10 執筆開始
                                 2001/9/20 執筆終了
          

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