「うふふふ…♪今日も大漁、大漁っと♪」
マンスター城城内、太陽の輝きの様な金の髪を持つ少女、パティは軽やかにスキップをしていた。その背中には先の戦いで帝国軍兵士から奪った金品が溢れんばかりに入っている袋があった。彼女のクラスはシーフファイターであるが、義賊的なシーフファイターである。無論、袋の中の収穫は全て帝国軍が民衆から搾取した物であり、パティはこれらを民衆に返還するのを常としていた。要するに彼女の笑顔はこれから見る事ができるであろう民衆の笑顔が見れる事に幸せを感じているから来ているのである。とはいえ、正面から返還するのでは余りに恩着せがましい…という訳でパティは毎回毎回異なった返還の仕方をしていた。ある時は子供達に配る菓子袋の中の底に潜ませたり、またある時は地道に夜に各家の入り口近くにさり気無く置いておくとかと言った具合だ。そして今回もパティの頭の中では既にアイデアはできているのだ。それは、ここマンスターで解放軍入りをした人物が鍵を握っている作戦だった。パティは何の迷いもなくその人物の下へ向かっているのだ。やがて解放軍のリーダー、光の皇子セリスと何やら語り合っているその人物をパティは認めると一目散に駆け寄り、
「ねぇ、ちょっと手伝ってくれない?」
言い終える前にパティは2人の横を駆け抜けるとそのうちの1人の腕を引っ張ってあっという間に消えていった。残されたセリスはただただ呆然とするばかりであった。
「まったく…不躾に何ですか?私はセリス様と今後の行軍について話し合っていたというのに…」
いきなり連れ去られた人物、風の勇者の異名を持つセティはやや不満の口を叩きながら自室の部屋の椅子に座っていた。連れ去った本人、パティは今この部屋にいない。
『ちょっと待っててね。すぐ戻るから。」
それだけ言うとパティはセティを部屋に押し込むなりどこかへ行ってしまったのだ。
「…ふう。」
セティは一息だけ付くと、珍しく足を投げ出そうと足に力を入れた時だった。
ガチャ。
「お待たせ!」
「う。」
何の前触れも無しにパティが部屋に入ってきた物だからさすがのセティも驚き動揺した。投げ出し掛けた足を慌てて再び力を入れて元の場所に戻す。パティはシーフファイターである為に無意識的に歩く音を出さず、そして気配を消した歩き方であった為にセティも気付かなかったのだ。逆に言うとそれだけパティは優秀なシーフファイターなのだが、今はそんな問題ではなかった。
「き、君は本当に唐突だね。もう少し人の事を考えたらどうですか?」
セティはこれまでの経緯から…とは言っても連れ去られただけなのだが…不満を口にした。
「あら?これからお話する事がその人の為になる事だと思うけど?」
パティはそう軽くその不満をかわすと背負っていた袋と右手に持っていた紙を部屋の真ん中にあるテーブルに乗せた。
セティはその紙をパティは取ってきたのだろうと推測した。自分が連れ去られた時には持っていなかったからなと持ち前の観察眼の良さがそう思わせたのである。
「まあ、いいでしょう。でもとりあえず連れ去る前に自己紹介など先にして頂けませんか?何しろ私はこの軍に入ってからまだ日が浅い。そういった意味でも紹介して頂けるとありがたいのですが。」
「あ、私パティ。よろしく〜」
「は?」
落ち着きを払い、言葉を選んでパティに語り掛けたはずであったのにあっさりと軽い言葉で返されてしまい戸惑うセティ。これまでの彼の人生の中で最も戸惑っているのかもしれない。
「で?」
「…え?」
「私に名前聞いておいてまさか自分だけ教えないという事はないわよね?」
ずいっとセティの顔の前に右手人差し指を向けながらパティは言った。とりあえず彼女の自己紹介は終わっていたらしい。
「あ、失礼。私の名前はセティと…」
「セティね。わかったわ。それじゃあ、早速だけどね…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。」
「何よ?」
「余りにも唐突すぎて私には何が何だか…」
パティのペースに完全にはまってしまったセティは慌てて彼女を押し留める。そんなセティにパティは、
『ふ〜やれやれ。』
といった雰囲気を両手を広げ肩をすぼめる事で表した。
「あのね、私達にはもう時間が無いの!もうすぐトラキア軍がやってくるわ!そしたらここも混乱してしまう。その前に皆にこれを返したいの。わかる?」
そう言いながらパティはテーブルの上の袋に指差す。
「その中身は…?」
「もともとここの人達の物だった物。これを返すのが私の役目。私達は戦闘だけをこの地に持ってきた訳じゃないわ。それじゃあ、帝国と同じ事だもん。皆が幸せになる為に戦っているの。でも必要な物は必要だわ。自分の足でしっかり立ってこそ本当の幸せだもの。他の人が間違っていると言われても私はこれを辞めるつもりは無いわ!」
そう言いながらパティは袋の中身をセティに見せる。セティはそれを見ると、
「…わかりました。で、私は何をすればいいのですか?」
ようやくセティの言葉から前向きな物が出た事でパティは輝かんばかりの笑顔を見せた。その笑顔にセティの感情が少し動いた。
「???」
その感情をセティは不思議に思い内面でまたも戸惑う。しかしそれにパティは気付く事無く、先ほど持ってきた紙を広げた。
「この紙を見て!あなたが風を操れると聞いたからこれを思い付いたの!」
促されるままにセティはパティの書いた紙に目を通した。『作戦計画書』と書いてあるその紙にはパティ自筆の少し丸み掛かった文字が踊っていた。一通りそれを見回すと、
「…本来ならこんな事で風を使いたくはないですが、事情が事情です。きっとフォルセティもお許しになるでしょう。」
セティは視線を紙からパティに向けながら言った。
「協力してくれるの?」
「ええ…まあ、そういう事になりますね。」
「ありがとう!嬉しい!!」
パティはセティの両手を取るとブンブンと上下に振った。それに合わせてセティの身体も少し上下に振られる。
「それじゃあ、今日の夜に城の門の近くにある橋の下でね!!」
パティはセティの手を離すと、それだけ言ってそのまま部屋を飛び出していた。呆然とするセティ。それでも先ほどよりもセティの心には余裕があった。
「…奔放で自由で…まさに太陽の少女という所かな?」
呟く様にそう言った。その顔には笑みすら現れていた。
あっという間にその日の夜。セティは約束通りパティに指示された城近くの端の下に向かっていた。足元に気を付けながら…そして目的地には既にパティがいた。
「約束通り来てくれたみたいね。感謝するわ。」
セティは驚いた。昼の時の彼女とは違う声の雰囲気。昼は明るさばかりだけ目立っていたが、今は違う。鋭さが声だけでなくその姿からも漂っていた。彼が評した『太陽の少女』の夜の姿であった。それだけ彼女は真剣なのだ、セティは自然に力が入った。
「さ、皆寝静まった頃だから行くわよ。」
パティの言葉にセティは無言で頷くのを見るとパティはすぐに姿を消した。セティもそれに合わせてその場から気配を消した。
「…ところであの時聞くのを忘れたけど、当然悟られない様に風は操れるわよね?」
走りながらパティは横にいるセティに問い掛ける。勿論、その駆ける音は一切聞こえてこない。それはセティも同様であった。
「ええ、風であればどんな風でも…荒れ狂う嵐でも優しく流れるそよ風でも…」
「それを聞いて安心したわ。夜に皆に迷惑を掛ける訳にはいかないからね。」
「安眠を妨げる訳には…ですか?」
「当たり前じゃない。何事も無く、ただ元通りになる事が一番皆にとっては幸せなんだから。」
「…そうですね。」
ふっとセティは笑みを再び浮かべた。それにパティは違和感を感じ、それをすぐに言葉にする。
「…あなた、笑う事もあるのね。」
「え?」
「だって今日ずっとしかめっ面しか見ていなかったもの。てっきりそういう人かなって。」
「私だって人間ですよ。喜怒哀楽くらいあります。」
「そりゃあ、そうだけど…」
「それよりいいんですか?そろそろ着きますよ。」
「あ、そ、そうね。無駄話は終わってからにしましょう。」
2人はそのまま一気に走り去って行った。
「さ、ここからでしょう?」
「そうね、ここからなら街が全部見渡せるわ。」
2人は街が一望できる山の頂上にいた。
「ところで…練習とかしなくてもいいのですか?初めてですからもし失敗したら…」
「大丈夫よ。私、こう見えても運動神経いいんだから。」
『いや、運動神経の悪い者がシーフファイターという上級職には就けないでしょう。』
内心そう思ったセティだが、敢えて言葉にしなかった。
「では心の準備はいいですか?」
「いいわよ。お願い。」
身体の力を抜いたパティの後ろにセティは立つと目を閉じて精神を集中しだした。次第に彼の身体が緑のオーラに包まれる。
「風の精霊達よ、我の言葉を合図としこの者を天空へと誘え(いざなえ)!!」
「…きゃあ!!」
呪文の詠唱が終わったと同時にセティから放たれた風の波動がパティの身体を捕らえた瞬間、パティの両脚は地を離れていた。パティがセティに願った作戦の全容、それはこういう物であった。
『空から全ての家の煙突に金品を返す。』
これは風の勇者がマンスターにいると聞いた時からパティは考えを巡らせていた作戦だった。空からであれば障害物も無い。いつもより早くそして均等に返す事ができると思った末の事であった。しかし初めて空を駆けるという経験をしていなかった彼女にとっては一種の賭け事の様な作戦でもあったのだ。それを今パティは身を以って経験していた。なかなか身体の安定が取れない。四苦八苦しているうちに段々と焦ってきた。時々大地が間近に見え、心を凍らせる事数回。そうこうしているうちにパティの頭にセティの声が響いてきた。
『風と同化してください。そうすれば大丈夫。』
「風と同化ってどうするのよ!!」
思わず叫ぶパティ。
『ゆっくりと息を吸って、吐いて…心を平静に保つのです。決して抗ってはいけません。自然に自然に…』
「ゆっくりと息を吸って…吐いて…自然に…」
先ほどのセティと同じ様にパティは目を瞑って集中した。すると徐々にパティの身体の安定が地に着いている時と同じ感覚に戻っていた。
『そう、その調子…』
しばらくするとパティはすっかり落ち着きを取り戻して目を開いても平気な状態にまでなった。しかしここまででようやくスタート地点に着いたというべきだろう。何故なら慣れるまで予想以上に時間が掛かってしまった(それでもセティが思ったよりも早かったが)為、早く作業に入らなければいけなかったからだ。
「さぁ、行くわよ!!」
パティは自らを奮い立たせると、最初の1軒に向かって行った。
「お疲れ様でした。どうでしたか空の旅は?」
全ての家に金品を返し終わりセティの下に戻ってきた時には既に空は白み始めていた。
「…それどころかの話じゃなかった…」
呆然としながらへたり込んでいたパティは答える。
「ふふふ、でも風の精霊達が言ってましたよ。」
「何て言ってたの?」
「『貴女だったらまた乗せてあげたい。』だそうです。しかも今度はもっと高い所まで連れて行ってあげたいとも言ってますよ。」
「じょ、冗談じゃないわよ!あれ以上高くなんて行きたくないわ!!」
慌てるパティにセティは心の底から声を出して笑った。彼にとってはいつ以来かもわからない本心からの笑いであった。
「セティ、貴方笑いすぎ!」
バッと上体だけをセティに向けながらパティは抗議した。
「いや、パティ、貴女は風に好かれて当然だと思いますよ?」
「え?」
セティの言葉にパティは目を瞬かせてきょとんとする。
「貴女には私利私欲が無い。シーフファイターという職は意外に悪く見られがちですが、それは貴女には当てはまらないですね。本当に本心から自分の力で人を救いたいと思っている。」
「…めて…」
「え?」
「そう言われたのは初めてって言ったの。結構誤解される事が多くてさ。だからちょこっとだけ嬉しかったかな?」
「それは良かった。喜んでくれて私も嬉しいですよ。」
そう言いながらセティは微笑んだ。パティはその顔を見て思わず俯くと、
「…基本的に私って皆に返す時の方法って同じ事をしたくないのよね。意外にシーフファイターって自分の考えたやり方にプライドがあって…私の場合は一度やった事はもう過去の方法って思っているの。でもあなたが良ければまた協力をお願いするわ。勿論、あなたが良ければだけど…」
少しだけパティの言葉は歯切れが悪かった。
「え?」
それにやや戸惑うセティ。
「え?じゃないわよ!どうなの?良いの悪いの?」
やや彼女の視線の端がセティを覗き込む様に見えたのは気のせいだろうか?
「…喜んで。」
セティは表情を元に戻すと、そんな彼女に短く、それでいて最も適した言葉を紡いだ。
朝になり、街からはいつもの朝と違った喜びが満ち満ちていた。それを遠くから眺める瞳は穏やかであったという…
それから以後、解放軍がやってきた街ではどこでも夜には昼よりも強い風が吹いていたという。やや価値観の違う2人。それでも同じ時を過ごせば…そういうお話。
〜fin〜こんにちは、2週間ぶりの新作は前回の創作「指導者のツトメ」でできたマイナーカップリングであるセティ×パティでした。一見全然違うタイプのこの2人ですが、いつの間にか…という展開もありかな?と思い今回のアイデアができました。というかこれってクリスマスのサンタ状態ですよね?サンタ役がパティでトナカイ役がセティ(笑)でも書いてみてこのカップリングもいいかも〜と思う様になりました。…もっとも、全部そう言っている様な気がしないでもないですが(笑)それでは今回はこれで。
2002/8/10 執筆開始2002/8/17 執筆終了
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