砂 時 計
サラサラサラサラサラ………
私は飽きる事無く、その目の前の情景を眺めていた。上から下へと降り注ぐ砂のシャワー。しばらくするとそのシャワーは止まる。そして私は今日何度目かの同じ作業を繰り返し…
サラサラサラサラサラ………
砂時計はいつでも元の場所へと戻る事が出来る。けれど私には元の場所へと帰る術を知らなかった。いや、もしかしたら知りたくなかったのかもしれない。それだけ私は未熟で情けない存在なのだから…
グラン歴777年。全ては終結し、そして全てがそこから始まった。自らの手で運命を切り開いた者達は新しい希望に満ち溢れた世界へとその身を投げ出していった。私も表面上はその世界へと飛び立とうと努めて振る舞った。しかし次第に希望の象徴から離れていくにつれ…
「うう………くっ………」
後悔の念だけが積もりに積もり、私は空高く一人で涙を流していた。どうして私は今の今まで大切な物を忘れるという事ができたのだろうか?もしかしたら本能的に思い出すのを躊躇っていたのかもしれない。でも…それでも…私は自分の情けなさに呆れてしまっていた。どうせならこのままどこかへ飛んで行きたい。許されるなら私はすぐにそうしたかった。しかし、それはとても許される事ではないという事も十分に分かっていた。こんな私でもまだやるべき事があるのだから。こんな私でもまだ待ってくれている人がいるのだから。それがある限り、私は私に絶望し続けなければならない。それが私の背負った十字架なのだから。
「…どうした、フィン?」
少し大人びた感のある青年が並走していた青の騎士の様子に気が付いた。フィンと呼ばれた男は青年の方に体を向け、
「いえ、リーフ様、申し訳ありませんが、先に行って頂けないでしょうか?すぐに戻りますので。」
と、静かに言った。リーフと呼ばれた青年は隣にいた可憐な少女と一瞬顔を見合わせたが、
「うん、いいよ。但し、必ずすぐに戻ってこいよ。待っているから。」
それだけを言ってフィンの申し出を承諾した。
「ありがとうございます。では…」
リーフに軽く一例すると、1つの隊列からフィンとフィンが乗る馬だけが離脱していった。フィンは左手を軽く胸に当て隊列に向け、再び一礼した。やがて隊列がフィンの視界から消えるとフィンは上空を彷徨っている竜にその視線を移した。
「…泣いて…おられる…」
静かにそれだけを言うとフィンは竜に離されない様に追い出した。
『アルテナ様!私です!フィンです!!お忘れですか!!』
あの声があったから私は最悪の道を通る事だけは避ける事ができた。しかしそれはまた別の悪路が私を待ち構えていた事を意味していた。その日から私は自らの決して長いとは言えない人生を見返していた。記憶の断片にある優しい顔の両親にまだ言葉も話せなかった弟。そして青の騎士。私は常に近くにいたこの騎士大好きだった。でも何時の間にか私の周りには不穏な空気だけが存在する様になっていき、そして私は生きる為にその空気に染まらざるを得なかった。あんなに優しかった雰囲気をいかに生きる為とは言え、忘れてしまった。そんな私に帰る資格なんてあるのだろうか?考えれば考えるほどに涙がどうしても流れてしまう。ああ、この悲しみから抜け出せるのだろうか?私はふと眼を覆っていた両手を外した。暗かった視界が急に明るくなる。眼下には緑一色…ではなかった。ただ一点だけその鮮やかさを強調するかの様に青が映えていた。
「………フィン………」
私はまるでうわごとの様にその騎士の名を口にしていた。フィンは私の方をずっと見上げたままそっと付いてきていたのだ。それが何時からなのかは私にはわからなかった。私は何かに吸い寄せられるかの様に手綱を持つ手の力を強めて降下を始めていた。
「フィン…あなた何時から?リーフ達はどうしたの?」
地上に降り立ったと同時に竜から飛び降り私は近くまで来ていたフィンに声を掛けていた。心の動揺を悟られない様に努めて平静に声を出した。そんな私をじっとフィンは見つめていた。それは私の顔ではなく心を見ているかの様な瞳だった。フィンは何も語ろうとはしなかった。
「フィン?何か言ってくれないと…」
「何か心に引っ掛かれているのですか?」
「………え?」
痺れを切らした私が発した言葉を遮る様にフィンはいきなり私の心を突く言葉を言ってきた。その言葉は私の記憶にある優しいフィンのそれではなく、フィン自身が持っている歴戦をくぐり抜けた槍くらいの鋭さを持った物だった。
「何か心に引っ掛かっている物はございませんか?と申したのです。」
「そ、そんなの…」
私は思わず顔を背けた。しかし…
「答えられないのですね?答えられないなら私が申し上げましょう。アルテナ様、あなた様はレンスター…いや、トラキアに帰られる事を躊躇っておられる。それは我々ではなく、トラバント…あなた様の2人目の父上と兄上が根底にあるのでしょう。違いますか?」
「いや、やめて…」
「やめません。アルテナ様、確かに過去に捕われるのが悪いとは申し上げません。私にだって過去に捕われる事があります。それこそ自身に嫌気が刺すほどに。しかし…正直に申します。残酷に思えるかもしれませんが、過ぎた事は所詮、過ぎた事。今を生きる我々がそれに捕われすぎてはならないのです!」
フィンの余りの激しさに私は反射的に、
「だったら!フィンはお父様が亡くなられた事を忘れる事ができたって言うの?フィンはそんな身勝手な人間だったの!!少なくとも私が知っているフィンはそうじゃなかった!!」
心にも無い事を言い返してしまっていた。フィンがどう答えるのかもわかっているはずなのに。私とフィンの間に静けさが訪れた。音も無き風が私の髪とフィンの髪をふっと揺らす。私は再び視線を地に移してしまった。
「…ごめんなさい…」
「………忘れる事などできません。主君の最期に立ち合えなかった、共にする事ができなかった事は今でも悔いています。しかし、私はそれを省みる余裕など無かった…その理由はあなた様もよくご存じでしょう………」
「………」
「失礼ながら私はあなたの気持ちが最も理解できる人間であると自負しています。何故なら今のあなたの姿は昔の私の姿と同じだからです。」
「!」
「だとしたらどうすればいいのかも私にはわかっている。アルテナ様、あなたには私と同じ道を辿ってほしくないのです。」
無言の私に構わずフィンは言葉を続けた。
「アルテナ様…まずは全てを壊す事から始めましょう。そして一から作り直しましょう。その為になら私はいくらでもお手伝いします。あなたが望む様に私は動きます。だから…今は堪えずに泣いてください。大丈夫、ここには私しかいませんから。」
ああ、フィン…やっぱりあなたは…私の眼が鮮明に捕らえていたフィンの姿がゆっくりとぼやけてきて…
「う、うわあぁぁぁぁ!!!!」
気が付くと私はフィンに抱き付きその思いの丈をぶつけていた。
「フィン!フィン!ああ………」
私の泣き声は周りの木々に吸い込まれ、そして消えていった…
「さぁ、帰りましょう。あの時と同じ様にレンスターへ。」
一刻ほどしてようやく落ち着いたアルテナ様に私は声を掛けた。アルテナ様はゆっくりと私から離れて見上げると静かに首肯いた。その様子に私は安心をして馬の元へ戻ろうとした。しかし、戻る事はできなかった。何故か?それはアルテナ様が私の服の裾を持っていたから。
「フィン…あなたは私が望む様に動いてくれる。そう言ってくれたわね?」
もう一度私はアルテナ様の方を向いた。正面からアルテナ様の眼を見る。アルテナ様もまた私の眼を見ていた。
「はい、申し上げました。」
「だったら、早速お願いがあるの。」
「何でしょうか?私にできる事なら。」
「…まず私と一緒にリーフの所へ帰りましょう。そして私がいなかった間のレンスターの話をしてほしいの。それが終わったら、あなたがいなかったトラキアの話も聞いてほしいの。それだけでいいから…」
アルテナ様は何かに恐れる様に告げた。私はその恐れを増大させたくなかった。もう1人の自分を作りたくなかったから。
「はい、喜んで。」
私は十数年ぶりに思える心からの笑顔でそう答えた。
サラサラサラサラサラ………
私の人生は一体何の意味があるのだろう?望まぬ生き恥をさらし、死を求めた事もあった。それを埋め合わせようと必死に生き続けていき、今度は生を求めた。私の人生は常に時代の波に翻弄されていた。それは引っ繰り返される事で従属的に砂を流し続ける砂時計の様に。でもこれからは自分の意志で引っ繰り返そう。それは過去に捕われているのではなく、あくまで未来を切り開く為だ。あなたが私を求め続けている限り、私の砂は動き続ける。永遠に…
サラサラサラサラサラ………
私の人生が動きだした。もうこの砂時計の様に引っ繰り返す事はないだろう。もう二度と戻る事の無い時に別れを告げ私は歩き出す。そばには青の騎士がいてくれる。それだけで私は強くなれる気がした。新しい世界を作る為に私はあなたと一緒に歩き続ける。ずっと…ずっと………
サラサラサラ………サラサラ………サラ………
今日もまたどこかで砂は流れ続ける。人が生き続けている限り、喜びも悲しみも全てを飲み込んで。
いつしか砂時計は止まっていた。
しかしいつかはまた流れだすだろう。
それが砂時計たる物なのだから。
〜fin〜
また新たなマイナーであるフィン×アルテナでした。このカップリングもかなり好きですね。ここから色々と語り合ってお互いの時間を埋めていく…う〜ん、よい♪(たわけ)またこのカップリングは書きたいですね。という訳でシュチエーション募集〜♪(やっぱりたわけ)
2002/1/24 執筆開始
2002/2/ 3 執筆終了
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