Diagonal〜遠き国〜 「それでは、アルテナ様。私はアグストリアへ参ります。あちらでも戦いの日々が待っている事でしょう。しかし、その戦いが終わったら必ず、必ず…」
そう言い残して彼は、私がこの世で最も心の安らぎを与えてくれる彼は遥か遠い国へと旅立っていった。悲しい別れには違いない。でも涙はなかった。何故なら彼の言葉は一度も嘘を付いた事がないのを私は知っていたから。
グラン歴777年。グランベル帝国が崩壊する前夜。私は奪還したばかりのヴェルトマーで一人夜空を見上げていた。龍に乗って見る事が多かった夜空だが、私にとっては足を地に着けて見上げる夜空の方が何故か好きだった。それが何故と聞かれても直感的にとしか答えようが無かった。おそらく根っからの龍騎士ではないからであろうと思った事もあったが、そんな事はどうでもよかった。ただ純粋に今の時間を大事にしたかった。
「あ、こんな所にいらっしゃったのですね、アルテナ様。」
聞き覚えのある−もっとも一番忘れる事は無い声が私がいる中庭に木霊した。
「…デルムッド…」
振り向き姿を見る前に私はその声の主の名を呼んでいた。デルムッド、私がまだレンスター王女だった頃、世話人として私の近くにいたフィンの実の息子だ。髪の色こそ違えど、瞳の奥に宿る炎はそのまま受け継いでいる印象を私は持っている。綺麗な瞳だ−と私は素直に思っている。そして私にとって一番惹かれる瞳である事も…
「皆、明日の本城制圧に向けてささやかながら決起の席を設けていますが…」
「わかっている。」
「…そうですか。」
私の言いたい事がわかったのだろう。デルムッドはそのまま私の隣に立ち、夜空を見上げ始めた。私もそれに釣られるかの様に見上げる。雲一つ無い夜空はおそらく明日の動乱の事は全て知っているだろう。
「アルテナ様、私はアグストリアへ行くつもりです。」
どの位時間が経ったのだろうか、不意にデルムッドは視線を上に向けたまま言った。
「え?」
しかし、私はデルムッドの横顔を思わず凝視してしまった。デルムッドはゆっくりと視線を私に、私の瞳に向けた。
「アレスに言われたのです。アグストリアの礎を築くのを手伝ってほしいと。」
「………。」
「アルテナ様、あなたには弟君であるリーフ様や私の父上や妹、そして多くの同胞がいる。容易ではないが、レンスターとトラキアの関係を修復する為の人間は揃っています。しかし、アレスにはそれが無い。せめてアグストリアに縁のある人間が補佐に回らなければ、もともと難しい道程が更に難しい物となります。全ての国に平和を、セリス様の理想を叶える為にも、そして何より私の母上の故郷という物に安楽という物を与えたいのです。私の身体には3つの故郷があります。その1つに向かうだけなのです。」
「しかしデルムッド、私にとってそなたは…」
「それ以上言わないでください。せっかく決めた決心が揺らいでしまう。」
身体に力を入れて言おうとした言葉をデルムッドは顔は微笑みながら遮った。そして顔を俯きながら、
「確かにアグストリアとレンスター…対角線にあり最も親交が無い国同士です。だからといって私はアグストリアを見捨てる事ができない。アルテナ様、あなたがレンスター・トラキアを見捨てられない事と同じです。」
「………。」
「皆には私の決意を伝えてきました。皆受け入れてくれたのです。しかし…」
私は俯いたままのデルムッドが次第に声を無理に絞り出す様な印象を受けたのに気付き、最後までデルムッドの言葉を聞かねばならないと思った。
「…しかし?」
「あなたに私の決意を伝えるのが一番私にとっては辛い。」
「………。」
「正直レンスター・トラキアに行きたいというのが本音です。アルテナ様、あなたがいるから…しかし私は一介の騎士です。求められればその地に赴くのが務めなのです。個人的な我侭を言うべきではないのです。」
デルムッドの言葉には有無を言わせない物があった。しかし私はそんなデルムッドの決意を敢えて試そうと思い、
「そ、それじゃあ…」
「え?」
「私があなたを求めているというのは?」
デルムッドは驚いた様に私を見た。
「………困りましたね。」
デルムッドは思わず苦笑する。
「でもそう言ってもらえるのは正直嬉しいです。でも私を試そうとするのは良くないですね、アルテナ様?」
「え?」
「アルテナ様はお分かりですよね?私の決意が揺ぎ無い物である事だって。」
やはりデルムッドには全てを見透かされていた。デルムッドを試そうとした私の思惑を。デルムッドはフィンの息子なのだからその意思の強さも受け継いでいる。そんな事を知りながら私はデルムッドを試したのだ。
「…分かっています。あなたは一度決めたら投げ出さないという性格ですからね。」
「分かって頂いて光栄です。それから…」
「………?」
「あなたをお迎えにあがる事もね。」
「え?」
「誰もずっとアグストリアにいるとは言っていないですよ。アグストリアの地が平和になったらすぐにあなたの所に行きます。それまでお待ちして頂けますか?」
きょとんとする私をデルムッドは面白そうに眺めている。やがて我に返ると、
「ええ、デルムッドがビックリするくらい平和な所にして待っているわ。」
私自身でも分かるくらい今までで一番の笑顔でそう答えた。
翌日、帝国は倒れ、そして皆がそれぞれの地に帰っていった。勿論、私もデルムッドもそれぞれの道へと歩み始めた。また再び同じ道を歩む為に。別れ際、私はデルムッドに心を込めてこの言葉を送った。彼の言葉を真実にする為に。
遠い国からあなたが来てくれるのを楽しみにしていますよ。
〜fin〜
約1ヶ月ぶりの新作です。これも超マイナーカップリングから今回はデルムッドとアルテナで書いてみました。考えてみたら一番遠い国へと別れ別れになるんですよね〜そう考えてDiagonal(対角線)という題名にしてみました。そう考えるとこのカップリングもありかも(何でも来いか、自分・爆)と考える辺りやっぱりマイナーっていいなと思うのです。また違った感じでこのカップリング書いてみたいですね(懲りず)それでは、また次作で。
2002/ 9/21 執筆開始
2002/10/14 執筆終了