T h a n k s … 


「ありがとう。」
 そう素直に言えなくなったのは何時からからだろう?物心付いた時から近くで微笑んでくれたあなた。その笑顔はいつもいつも変わらなくて、私はそんなあなたの笑顔が好きだった。でもセリス様がどんどん成長する事であなたには笑顔の影に何かが潜み始めた事にも気付いてしまった。そして私自身の気持ちにも…

 ティルナノグを発ってから2ヵ月。いや、まだ2ヵ月かという感覚がある。何しろ周りの状況が今までの『静』から『動』へと一変したのだから仕方のない事だろう。それでも確実に時を刻んでいるのは少しずつ暑さを感じる様になった事から認識できる。既に私が属している解放軍は…
『ラクチェ〜〜〜〜〜〜〜〜♪』
 …こ、この兄弟は揃いも揃って…思わず握っていたペンを折ってしまった。
「人が珍しく日記書いてんのに、邪魔をするなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 また私の怒号が解放軍の中に響いた。

「まったく、あいつらは本当に何も考えてないんだから!!」
 ドズルのバカ兄弟を空高くぶっとばした私は後方支援部隊の天幕へと身を潜めて、ラナに不満をぶつけていた。
「まあ、まあ、バカは死ななきゃ治らないと言うし…」
 にっこりとしながらいつもの毒舌を発揮するラナ。
「まあ、そうだけど…」
 ちょっと自分でも顔が引きつっているのが分かる。本当にこの子はサラッと酷い事を言うんだから…でもそんなラナを私は頼りにしているのもまた事実だった。
「いっその事、どっちかの愛の告白受けちゃったら?そしたらそれ以上付きまとわれる事はないんじゃない?」
「ぶっ!!」
 ラナの口撃に私は口に含んでいた紅茶を少し吹き出してしまった。
「ジョ、ジョーダンじゃないわ!何で私が!!」
と、反論しようとした時、何か思い付いたかの様にラナは軽く握った右手を左手の掌に当てながら、
「あ、そうか〜そういう訳にはいかなかったわね。ラクチェにはもう相手がいるもんね。」
「えふっ!えふっ!!」
 ラナの続け様の口撃に私は咳き込んでしまった。は、反撃しなくては…
「な、何でそんな事を!」
「あら、もしかして当たってた?ちょっとカマをかけてみたんだけど…」
 …やられた。所詮口での戦いではラナの方が一歩も二歩も先に行っている。それを忘れていた私が迂闊だった。しかしラナの口撃はまだ続いていた。
「そうか〜そうだよねぇ〜やっぱり大人の男性の方が魅力的だもんね♪」
 にっこり。その顔を見て私は確信する。絶対この子は分かってる。私が誰を慕っているのかを。このままでは言わなくてもいい事まで言わされてしまいそうなので私は、目の前にあったクッキーの包みに目を移すと、
「あ、このクッキー、スカサハに持って行っていい?アイツ意外に甘い物好きだから持って行ったら多分喜ぶわ。」
 そう言うと、私はラナの返事を待たずにクッキーの包みを持って私は天幕から飛び出す。背中から、
「頑張ってね〜♪」
 というラナの声が聞こえたのはある程度予想できていた。

『ドンッ!!』
「お!」
「わ!」
 急に視界が明るくなった事で私は何があったのか一瞬わからなかった。でも、
「大丈夫か、ラクチェ?」
 この声で私は全てを知った。私がこの人に、オイフェさんにぶつかってしまって、尻餅を付いてしまった事を。少し明るさに目が慣れてくると、オイフェさんは私に手を差し伸べてくれていた。私は少し戸惑いながらもその手を取って立ち上がる。オイフェさんはそのまま私の服の埃を軽く払ってくれた。
「あ、ありがとうございます!」
 私は慌ててオイフェさんに礼を言った。
「いやいや、私も良く見ていなかったからな。それから『ありがとうございます。』だなんて他人行儀はいいんだよ、前みたいに『ありがとう。』で。」
 そう言ってオイフェさんは微笑む。
「そ、そんなあの時は何もわからなかったし…その…」
 動転する私にオイフェさんは私の頭を軽く叩くと、
「ははは、まあ、いいさ。ラクチェの言いやすい方で。」
と、笑っていた。その顔を思わず私は見つめてしまった。それにオイフェさんは気付いた様子で、
「ん?どうかしたのか?」
「いえ!何でもないです!そ、それじゃあ、私はスカサハの所に行くので!」
 私はもう何が何だかわからなくなって、何とかそれだけを言って立ち去ろうとした。しかし、
「ああ、待ちなさい。私もスカサハに話があるんだ。連れていってもらえるかい?」
 …ぐぅ。その笑顔でお願いしないでください…断れないじゃないですか…
「あ、はい。それじゃあ行きましょうか。」
 自分の心の中をオイフェさんに悟られない様に、すぐに背を向いて歩き出す。本当なら並んで歩きたい。でも、素直にできない自分がいて自分で自分が嫌になる事もある。それでもできない事はできない。変な所を譲れない損な性格を自分が持っているのだから。
「スカサハ〜オイフェさんが呼んでるよ〜」
 私はスカサハがいる天幕の裾を軽く持ち上げると中を見ずにスカサハを呼んだ。すると中から、
「はいはい、今行くよ。」
 という声が聞こえた。そして見慣れた私の片割れが天幕から姿を現わした。スカサハは私とオイフェさんの姿を認めると、
「何かご用でしょうか?」
と、オイフェさんの方を向いて喋りだした。
「ああ、ちょっとイード方向にやらせた偵察隊の話の事なのだが…」
 何だか難しい話になりそうだったので、
「あ、私少し離れてますね。」
 そう言って二人から距離を置いた。
「すまないな、すぐ終わるから待っていてくれ。」
 スカサハから視線を外すと私に向けてそう告げた。勿論いつもの微笑み付きで。

「え!…そうなのですか…」
「そこでなのだが…」
「確かに…」
 遠巻きからでもオイフェさんとスカサハは何かしら一生懸命話し合っていた。時々スカサハの方に動揺が見られるが。でもこうして改めて見ると本当に同じ立場の人間として議論しているのがわかる。その時、私は気付いた。スカサハの視線は真っすぐと平行に向けられていた。それはつまり、スカサハとオイフェさんの背がほぼ同じ事を示していた。
「…羨ましい…」
 え?私、今何て言ったの?自分で発した言葉なのにそれに戸惑う私がいた。何故私の口から『羨ましい』という言葉が出たのだろう?そこから私は全く周りの状況がわからなくなってしまった。ただただ自分の口を右手で押さえるだけだった。そんな私に気付く事無く、オイフェさんとスカサハは話を続けていた。

「…チェ!!ラクチェ!」
 何時の間にか俯いていた私を呼ぶ声が聞こえた。慌てて顔を上げる。すると、話が終わったオイフェさんとスカサハが立っていた。
「ラクチェ、待たせたな。君にも話しておいた方がいいだろう。実はイード神殿の方にシャナンが忍び込んでいるらしい。」
「え?シャナン様が?」
 私は耳を疑った。蜂起の1ヵ月程前に神剣バルムング捜索の旅に出てから一切の行方がわからなかったシャナン様の足取りがわかったのだ。驚かない方が不思議だ。
「そ、それでどうするのですか?」
「イードは砂漠の最中にあるという。騎馬隊では進攻は難しい。そこで歩兵隊で進攻する事にした。ラクチェ、君にも行ってもらおうと思っているが、大丈夫か?」
「大丈夫です!!行きます!!」
 私は身を乗り出しながら叫んだ。
「だが、その前にしなければならない事がある。」
「何でしょうか!私にできる事なら何でも!」
「そうか、それでは早速言わせてもらおう。」
「はい!」
 思わず唾を飲み込む。体が硬直しているのがわかる。
「まずその剣を研ぐ事。この連戦でとても研ぐ事もできなかっただろうからな。」
 オイフェさんは完全に軍師の顔をして私にそう言った。しかし…
「…それからその包みを握り潰さない事。」
と、顔を崩して私にそう言った。
「え?…あ。」
 左手に視線を向けるとラナの天幕から持ってきたクッキーの包みがすっかり小さくなっていた所が目に入っていた。

 小さくなった包みを強引にスカサハに渡した後、
「せっかくだから私も剣を研ぎに行かないとな。」
 オイフェさんはそう言って私と共に修理屋へと行く事となった。ここリボーは暴君ダナンの相当な支配を受けていたせいか解放軍に対し、非常に好意的で協力的であった。多くの義勇軍の参加、そして城下での民衆の助けは私達の行動が間違っていない事を如実に示していた。しかしそれは長い長い戦いのほんの始まりである事は誰の目にも明らかであった。だからこそリボー攻略後、すぐにオイフェさんは次に進攻するイード地方に偵察隊を遣わしたのだった。私達は目の前の敵と相対するが、オイフェさんはその後も見据えなければならない為、むしろ精神的にタフでなければやっていけないだろう。そう思いながら歩いていると、
「おい、ラクチェ。」
 オイフェさんの声が後から聞こえてきた。………後?慌てて振り返るとオイフェさんは立ち止まっていて上を指差していた。その指の方向を見ると…
『何でも直します、実績一番の修理屋』
と、書かれていた。そう、私は考えに没頭しすぎて目的地の修理屋を過ぎてしまっていたのだ。
「す、すみません!!」
 私は急いで今来た道を戻っていた。恥ずかしい。きっと私の顔は誰が見ても赤かっただろう。

 修理屋にお互いの武器を預け、修理が終わるまで街を散策する事になった。ここまでオイフェさんと行動を共にする事が今までになかったので今日は気が動転しっぱなしだ。いくつかの店に立ち寄った後、
「ちょっと休もうか、ラクチェは前線部隊だ。休める時は休んでおかないとな。」
 オイフェさんはそう言って街の広場のベンチに座る様に促した。それに素直に従う。オイフェさんもそのすぐ横に座った。広場では子供達が大きな声ではしゃぎ回っている。おそらく私達がここに来るまではこんな情景は無かった事だろう。オイフェさんもその子供達をずっと見ていたのだが、
「この子供達の笑顔をいつでもどこでも見れる世の中にしなければな…」
 ボソッとまるでそこに私がいないかの様な小さな声で呟いた。その声に私はオイフェさんの方を向く。オイフェさんはふと気が付いたかの様に私の方を見た。
「ああ、すまなかった。聞こえたかい?」
「はい…。」
 私がそう答えるとオイフェさんは少し下を向いて何かを考え始めた。そして、
「ラクチェ、聞いてくれるか?」
と、そのままの体勢で聞いてきた。
「…はい。」
「私達はこの世の中を希望に満ち溢れた物にしようと戦っている。しかし仮に私達が勝ったとしても全員が希望に満ち溢れた未来を得る事はできないだろう。何故ならこの戦いによって少なからず犠牲は出る。その者達の家族にとっては…。」
「………。」
「しかし、私達は戦わなければならない。子供狩りが蔓延し、ロプト教団がはびこっている。このままでは古のロプト帝国の復活も考えられる。そうなれば全ては終わりだ。そうならない為に私達は剣を振るわなければならない。ただしその振るう剣も正しい使い方をしなければ私達がやろうとしている事は帝国のしている事と同じになってしまうだろう。正しい使い方とは、誰の為に剣を振るうのかという思いを持つという事もそうだが、その剣を大切に扱う事も重要だ。今日の様に自分の剣を小まめに研いだりして、いつでも目的の為に使える状態にしておくという義務が私達にはある。」
「はい…。」
 オイフェさんは一息付くと、再び話し始める。
「剣を研ぐという事は自分も研ぐという事になると私は思っている。剣を研ぐという行為を意味する事、つまりそれはその剣を使ったという事。…握られている剣という物は多くの者の犠牲の上にその存在が成り立っている。どんな者に対しても慈愛の心は忘れてはならない。その代用とも言える自分の剣、そしてそれを使う己自身もそれに見合った精神を研がなければならないと思っている…。」
「………………。」
「剣は自分の人生をも映す鏡だ。それを研かなければ私達が求める平和な世の中は決して訪れる事はないだろう。もっとも、これは私の持論だから綺麗事と言われればそれまでなのだが…。」
「そんな事はありません!!」
 オイフェさんの言葉一つ一つが胸に刺さる。そうか、オイフェさんは未来を案じ、そして私達を案じてくれているのだ。そう思った時、私は無意識のうちに声を荒げてしまっていた。そんな私をオイフェさんは驚いた様に私を見る。私もオイフェさんを強く見返す。
「私はまだ未熟です。それに…私が持っているのは母様の剣だから、まだまだ私には見合う剣ではないと思っています。でもこの剣と一緒に歩んでいきたい。だから…だから…。」
 最後は言葉にならなかった。オイフェさんは言葉に詰まってしまった私の肩に優しく手を置いた。
「ありがとう…。」
 静かにオイフェさんは続ける。
「ラクチェなら何となくわかってくれそうな気がしたから君だけに話した。勿論、セリス様にもこれは言っていない。それでも私の想いを私だけの物にはしたくなかった。どうやらラクチェに話した事は間違っていなかった様だな。ラクチェ、その想いを叶えるまで決して曲げないでくれ。それが私の願いだ。」
「…はい。」
 物心ついた時からオイフェさんの色々な顔を見てきた。でもこの時のオイフェさんの顔はそれのどれにも当てはまらなくて、そして…二度と私はその顔を忘れる事はできないとも直観的に感じていた。

 それからしばらく私達は無言のままベンチに座っていた。そして修理屋の修理が終わる時間を見計らってオイフェさんは、
「さてと、そろそろだな。」
 立ち上がった、私もそれに倣う。
「今日はすまなかったな。明日からは再び戦いに出る。心の奥底にでも私が言った事を置いておいてくれ。そうすれば一人でも多くの笑顔を見る事ができると思う。」
 私は無言でそれに首肯くと、
「よし、それじゃあ、行こうか。」
 そう言って歩き始めた。その時のオイフェさんの背中を見た時、オイフェさんが話した事、オイフェさんは私だけに話してくれた事が再び私の中を駆け巡った。それに対する今の私の答えは…

「…ありがとう。」

 それだけだった。
 何に対して「ありがとう。」なのかは今はわからなかった。でも今はそれだけで良い様な気がした。対等の立場に立てるその時が来るまでは。そしてその時になればきっと正面を向いて『ありがとう。』と言えると思う。それまで1日1日頑張っていこう。オイフェさんが聞かせてくれた言葉を胸に秘めて。

                                              〜fin〜

 今回はオイフェ×ラクチェという本当にマイナーな作品に挑戦してみました。スカサハとは双子という間柄にも関わらず全てが同じとは限らないという点を今回は背丈という視点で書いてみました。脇キャラとしては毒舌ラナにバカ兄弟ありがとうという感じでした(笑)やっぱりギャグからはなかなか離れられないのが何とも…(爆)次はどんなマイナーで挑戦しようかな?(懲りるどころか更に勢力増強中・笑)

                                 2001/11/13 執筆開始
                                 2001/12/11 執筆終了
              

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