残照
その時、男は微かに笑った。崩れ行く視界の先にはこれから旅立とうとする世界へと導いてくれた蒼の男がいた。言葉に出したくても既に男からはその余力すら残っていなかった。だから心の中で呟いた。
『ありがとう。そしてすまなかった。』
戦局はここに来て一気に大きく動きを見せていた。それまで権力を傘にあぐらを掻いていた権力者達にそれを止める術など持ち合わせている訳も無く、全て流れの中へと消え失せていった。その中で男も奔流へと流され、そして消えていった。ほんの十数年前、彼は望む者を全て手に入れていた。地位、名誉、そして愛する人…しかし、皮肉な事に愛する人から生まれ出た己の分身によって全ては無に帰してしまった。その時に男はようやく己の過ちに気付いた。しかし全ては遅すぎた。自ら蒔いた種によって時代の波は作られ、自らもその波に飲み込まれる事態となってしまったのだ。自責の念に駆られたが、男は生きる事を選んだ。恐らくそれが一番男にとって辛い選択だったのだから。
やがて辺境の地に光が生まれた事を彼は知った。誰一人としていないこの王室で彼はその光に貫かれる事を心から願い続けた。その内なる心は誰にも語られる事無く葬られる運命にある事を男は知っていた。しかし彼は片時もその願いを忘れる事は無かった。それがあの時の過ちの唯一の償いになると信じていたから…
そしてその日はやってきた。辺境の地から生まれ出た光はより神々しさを増し、彼の目を惑わす程であった。これから自分への粛清が始まるのだ。そう思うと彼は密かに安堵していた。しかし最後まで心を表に出す事を自分で禁じた事は決して忘れなかった。だから例え孤高であろうと、王としての言動に終始した。光がそれを読み取ったのかどうかはわからない。何故なら既にその時、彼に光の刃が刺さっていたのだから…
男が崩れ行く部屋の外からは太陽がその日の最後の照光を男に向けて差し出していた。その照光は彼をこれから旅立つ世界へと無事に到達出来る為に導くかの様に優しく男を照らしていた。
残照…それは欲に溺れた男を救う最後の光であった…
〜fin〜
超短編の創作でした。勿論、男が誰で光が誰であるかはお分かりになると思いますので名言致しません。全ての人間にはそれぞれの事情やドラマ、そして欲望がある訳でそういった事を書いてみたいと思い書いてみました。それにしても自分のボキャブラリーの貧困さには凄く泣けてきます。素で表現方法をお教え下さると嬉しいです。それでは、また次作で。
2002/12/14 執筆開始
2002/12/14 執筆終了
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