W h i t e B o o k 〜 前 編 〜
『父様へ こんにちは、ティニーです。父様はお元気でしょうか?実はこの度私は婚儀を迎える事になりました。お相手は父様もご存じの方です。婚儀は半月後に行なわれます。兄様と共にいらして頂ける事を願っています。』
傍らの暖炉から赤い炎が煌めいていた。それに遜色無い赤い髪に赤いマント、その容姿には落ち着きがあり威厳があった。男は今日届いた手紙を何度も読み返していた。内容を一言一句暗唱できる程まで読み込んだ後、不意に男は天井を仰いだ。
「そうか、あの小さかったティニーが…」
ヴェルトマー公子アゼル。その顔は穏やかであった。
聖戦が解放軍の勝利に終わった3年後のグラン歴780年、戦時中に運命を共に誓い合った多くの聖戦士達が次々と結ばれていた。その中でも最も世間を狂喜させたのは現グランベル国王であるセリスの結婚であった。彼もまた聖戦中に苦労を分かち合った女性と結ばれていた。彼の結婚は1週間もの間、国中で祝された。そしてここにも誓い合った2人が今正に結婚というイベントを迎える事になった。シアルフィ公子のオイフェとフリージ公女のティニーである。共に軍の後方支援であった縁から思い合う仲となったいたのである。そんな幸せの絶頂の中、一月後には花嫁となるティニーは一通の手紙を書いた。それはティニーの父、アゼルへ向けた手紙だった。
『ティニー。父上は今もティニーの事を忘れていないよ。』
ティニーにとって聖戦下で肉親である兄、アーサーとの出会いを果たす事ができた。その混乱の中、アーサーから自分の父親が今も存命であると告げられてもピンと来なかった。彼女は物覚えの無い時にフリージ家の手の者によってアゼルとアーサーと引き離されてしまったのだから無理もない。そして母のティルテュもまたヒルダによって帰らぬ人となった。それ以来、彼女の辞書に笑顔という言葉は消え去った。しかし一筋の光明が見えた時、彼女の運命もまた大きく動き出した。生きているという喜び、そして笑顔の言葉を灯したオイフェとの出会いもまた彼女にはこれまでの不幸を払拭するには充分だった。
聖戦の終結後、彼女を待っていたのはフリージ家の復興だった。元々この兄妹は父がヴェルトマー公子、母がフリージ公女であった事からどちらか片方だけが王家や公国を治めればよいという他の兄妹・姉弟とは少し事情が異なっていた。そしてアーサーは父がいたヴェルトマー家の復興があった事からこのフリージはティニーが治める事になった。毎日休む事無く続く激務。それでも彼女の顔からは笑顔は絶えなかった。彼女の笑顔は裏切りの王家として肩身の狭かったフリージに一つの希望を与えた事は間違いない。彼女が激務の中、笑顔でいられる理由とは彼女の執務の後の楽しみがあったからである。それはオイフェとの手紙のやり取り、そしてアゼルとの手紙とのやり取りであった。最初は戸惑っていた『父様』という言葉。手が震えながら初めて書いた父への手紙。もし返事が返ってこなかったら…しかし程無くして返ってきた父からの返事の手紙。
『ティニーへ。未だに私は親として長らくお前を抱き締める事ができなかった事を悔やんでいる。ティルテュの事も全てお前に押し付けてしまった。私自身、お前に会いたいとは思う。しかし、今は親としてお前の前に出るその資格が無い。しばらく時間をくれ。お前が許してくれるのなら私は必ずお前の顔を見に行く。それまではこの手紙で我慢してくれ。ティニー、お前への愛は永遠に消え去る事はない。それだけは憶えていてくれ…』
初めて見る父の字。その時、生前のティルテュが言っていた事を思い出していた。
『お父様はね、いつも皆の事を考えるとても素晴らしい人よ。その中でもきっと私達の事を特に気に掛けてくれているでしょう。だからティニー、私達は父様と兄様といつも心の中で繋がっているのよ。』
文面だけでなく、その筆跡からティルテュの言った事が全て正しいと直感的に思えた。気付くと、彼女の眼からは涙が出てしばらく止まる事はなかった。
「ティニー…君さえ…君さえよければなんだが…私と一緒になってはくれないだろうか?」
セリスの婚儀が行なわれた日の夜、バーハラでオイフェは赤面しながらティニーにやっとの思いでこう告げた。真面目一本の彼にとっては主君の人生の一区切りを見届けた事でようやく自分の人生を歩む決心がついたのだ。そんな彼の告白に対してティニーには断りの言葉などが思い付くはずもなく、また承諾の言葉さえも口からは出てこなかった。ただ1つ。顔を少しだけ縦に振る。それだけで充分だった。
出発前夜、アゼルは長らく滞在しているシレジアの辺境の村にいた。ここに訪れてから十数年間。ティルテュとの結婚、アーサー・ティニーの誕生、ティルテュとティニーの誘拐、風の便りで聞いたティルテュの死。そしてアーサーの旅立ち…様々な出来事を経てもアゼルはこの村から出た事はなかった。しかし、彼は今旅立ちの準備をしていた。馴れ親しんだこの村を出る準備を。その力となっているのがティニーとの再会、それは何より彼女の晴れ姿を見る事であった。父として娘の門出は目に焼き付けておきたい。おそらくティルテュが一番見たかった情景。妻の分まで自分は見ておかなくてはならない…その気持ちが今、アゼルを駆り立てていた。
「あれ?アゼルさん、どこかへ行くんですかい?」
家の開きっぱなしにしていた玄関のドアの方を向くと、一人の村人が立っていた。シレジアがグランベルによって占領された混乱時、アゼルが最初に命を救った村人だ。今ではアゼルの治療によって普通に農作業ができるまでに回復していた。
「ええ、娘が…ティニーが結婚するんですよ。」
上を少し見上げながらアゼルは答えた。
「娘さん?…ああ!あの時の赤ん坊ですかい!それはめでたい!是非行ってきてあげなさいよ!!」
村人はここであった出来事を憶えている。いや、村全体が知っている。それ程までに彼らにとっては衝撃的な事だったのだから。
「ありがとうございます。すぐに戻ってきますから…」
すると、
「ちょっと待っててくれ!!」
と、アゼルの返事を待たずに村人は外へ飛び出していった。一人残され、アゼルは仕方なくベッドに腰掛けた。ふと窓の外を見ると、極寒のシレジアでも遅い春の兆しが見られていた。きっとフリージにはもっと暖かみが増しているだろう。そんな事を思っていると、何時の間にか村人は村長を連れて戻ってきていた。
「村長、私は…」
村長は右手をかざしてアゼルの言葉を遮った。
「アゼルさん…私はあの時の出来事を忘れる事ができません。私達は本当に無力だった。ティルテュさん、ティニーさんには償っても償い切れない借りを作ってしまった…それでもアゼルさんはここに残って我々の面倒を見て頂いた。アーサーさんが旅立つ時も一番に飛び出したかったのはアゼルさん、あなただったはずです…」
「………」
村長は尚も言葉を続ける。
「だから…だから今度は我々がアゼルさんに恩返しをする番です。アゼルさん、あなたはもうこの村には戻って来なくても結構です。娘さんと一緒に今までの時を取り戻してください。亡くなったティルテュさんの為にも。」
「!!…村長!!」
「言わんでください。これしか、これしか我々には考え付く事がないのです。これは我々が全員で決めた事です。アゼルさんが旅立つ時には…と。だから我々の意志を無駄にしないでください。これが我々がアゼルさんに対する最後の我侭なのです。願わくば最後まで私達の我侭を聞いてくだされ…」
アゼルは改めて2人を見つめた。村長と彼を連れてきた村人には有無を言わせない強い表情が見て取れた。
「…村長…分かりました。でも必ず顔を出しに行きますよ。今度は息子と娘を連れて…」
村長の大きな頷きを見ると、アゼルは荷物を持って立ち上がった。それとは別に小さな額縁に入った肖像画…家族4人が幸せそうにしている情景を描き記したアゼルにとってはなくてはならぬ物を懐に入れて、
「では…行ってきます。」
こうしてアゼルの時は20年という時を経て、再び動き出したのである。
〜to be
continued〜
「それぞれの聖戦」とはうって変わってのシリアス3連作のスタートです。ご覧の通り、この作品ではアゼルは生きております。この設定は大沢FEと全く同じ物と考えてくださいませ。ギャグとはまた違った自分を出せた作品だと思っておりますので、よろしかったら感想などを頂けると幸いです。どうぞよろしくお願いします。
2001/9/10 執筆開始
2001/9/20 執筆終了
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