W h i t e B o o k 〜 中 編 〜
「ティニー…これを見てご覧…」
「え?何でしょうか?」
式の前日の夜、フリージ城では明日の準備が着々と進められていた。その中でオイフェとティニーは明日の事について話し合っていた。その中でオイフェは一通の手紙を取り出し、ティニーに手渡した。それは現ヴェルトマー公主アーサーからの手紙だった。
『ティニーへ。突然の事だから驚いた事だろう。多分これを読んでいるのは式の前日になってからだと思う。何故ならオイフェ様に前日までこれを見せないでくれと頼んでいたのだから。単刀直入に言おう。実はアゼル父様がここヴェルトマーにいるんだ。』
ティニーは慌てて手紙の日付を確かめた。3日前となっている。フリージからヴェルトマーは早馬で丸1日は掛かる。つまり早馬が順調にフリージに着いていれば2日前にはオイフェの手元に来たというわけだ。続きを見る。
『……で、私は父様と一緒にこの手紙を送った直後にヴェルトマーを出立する予定だ。会えるのは式の当日だが、父様もお前に会えるのを楽しみにしている様だ。それでは用件だけだけど、これで。お前の花嫁姿楽しみにしているよ。』
「…読んだかい?」
オイフェが尋ねるとコクンとティニーは頷いた。
「…で、どう思った?」
「…わかりません。」
その言葉を聞き、意外そうに首を傾げるオイフェ。ティニーは遠慮がちに続ける。
「実際私は父様の顔は見た事がありません。いえ、見た事はあると思うのですが、記憶に無いというのが正しいのかもしれません。何しろあの時は余りにも幼かったから…私が恐いのは父様と顔を合わせた時に素直に『父様』と呼べるかどうかが不安なのです。もし血の繋がりを感じなかったらと思うと…」
そう言いながら肩を震わせる。その様子を見てオイフェはそっと両の肩を抱き締めた。そして静かに囁く。
「大丈夫だ。私は君の両親を良く知っている…初めて君に会った時、すぐにわかったよ。ああ、アゼル殿とティルテュ殿に良く似ていらっしゃるとね。他人の私でも血の繋がりを感じられたのだからきっと大丈夫。心配しなくてもいいよ。」
「…本当に?」
「ああ、本当だ。これが嘘を付いている様な顔に見えるかい?」
と、ティニーの目の前まで自分の顔を持っていった。オイフェの瞳の中にティニーの顔がやや屈折して映っていた。
「…いえ。」
オイフェは優しく微笑むと、
「じゃあ、今日はお休み。明日の為にね…」
と、ティニーの額に自らの唇を少しだけ触れさせた。そんなオイフェにティニーはやや顔を赤らめながら、
「…はい、お休みなさい…」
と、静かにオイフェの背中に向けて言った。
「ティニー!!」
明けて当日、朝方にヴェルトマー一行がフリージに到着した。着いて早々、アーサーは馬から下りると一目散にティニーの自室に行き、そのままティニーの下に駆け寄った。既にティニーの身は白い衣裳に包まれていた。それでもティニーもアーサーの姿を認めると、
「兄様!!」
と、アーサーの下に駆けた。お互いに優しく抱き合う。しばらくしてティニーは辺りを見回した。その様子に気付いたアーサーは少し言いにくそうに、
「ティニー…父様は今ここにはいないんだ…」
と、告げた。
「え?…ど、どういう事ですか?」
アーサーが言うには確かにアゼルはここフリージにいると言う。ただ城下に入って早々、
「アーサー、ちょっと先に行ってきてくれ。式には間に合う様にするから。」
そう言い残して街中へ消えていったというのだ。
「…どうして?」
「さぁ?俺にもわからない。でも式には必ず来るよ。父様は一度だって嘘は付いた事はなかったから。だから心配するな。」
「…はい…」
そう言ってみた物の、ティニーの眼にはやはり影が宿っていた。
「確か…ここに隠してあったはずなんだが…」
フリージ城下の廃屋の一室。周りは暗く、弱々しい1つのランプの火が灯されているだけであった。暗がりの中、ゴソゴソと動く影。泥棒なのか?いや、こんな廃屋を探っても大した成果は得られない事はその道に通じていない者でもわかるだろう。では、ここにいるのは誰なのか?その答えは赤に身を包んだ紳士と言えばわかるだろう。アゼルは埃にまみれるのも意に介さず、本棚の中の本を一冊一冊手に取っては中身を確かめ、棚に戻す作業を繰り返していた。それを何度繰り返したのだろうか?一冊の白い表紙の本の中身を見た途端、衝撃を受けた様にその本をランプの近くにまで持っていった。そして1ページ、1ページ確かめる様に本をめくる。
「…これだ…」
しばらくすると、唸る様にアゼルは呟いた。本を閉じるとすぐに自分と本の表紙の埃を払い本を懐にしまい込むと、外へ飛び出していった。
城内ではオイフェとティニーの式が既に始まっていた。セリスを始め、多くの来賓を待たせる訳にはいかなかったからである。ティニーは晴れの舞台に立っているとはいえ、心から晴れがましい気持ちにはなれなかった。
『本当に父様は来てくれるのか?』
という気持ちがどうしても残ってしまうのだ。これこそがティニーの良い所であり、オイフェもそこに惹かれたのだ。だからこそティニーの内心はわかっていながら、敢えて何も言わなかった。そうした配慮はティニーにとても嬉しかった。
式は予定どおりの過程を順調に消化していた。しかし未だにアゼルがやってくる気配はない。もう式は佳境に迫っていた。さすがのアーサーも段々と心配になってきた。そうは言っても、神聖な儀式の最中、外に飛び出す訳にはいかない。もどかしさが感じられる中、いよいよ式は最後のイベント、民衆への挨拶だけとなった。2人は式場から城内のバルコニーに移動し、眼下の民衆の声に応える。ティニーの内心は暗い。しかし気丈にもそれを顔に出さずに手を振る事を忘れなかった。しかし…
それは突如風の中から聞こえた。
ティニー!!
ティニーの動きが止まった。そしてゆっくりとその声がする方向に眼を向けた。そこには…
…父様!!
一目見ただけでティニーの口から言葉が自然に出た。この瞬間、アゼルに血の繋
がりを感じないのではないかというティニーの心配は杞憂に終わった。
〜to be
continued〜
中編はアゼルとティニーの再会(一応幼子の時に顔を合わせているので)に焦点を当ててみました。題名の「White
Book」もちょっとだけ登場しましたね。最終話で完全にこの正体が判明するのでお楽しみに…それにしても結婚式に乱入者というベタ展開が好きだな、自分(笑)
2001/9/10 執筆開始
2001/9/20 執筆終了
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