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「ガルブレイス先生の礼賛」〜21世紀の県土づくり〜

[2002/3/8]
はじめに
 毎日新聞のコラムに「ガルブレイス先生の礼賛」という記事が出ていました。この記事は、私の愛する故郷のあり方を再考する機会となりました。その思いの一端をまとめ、米国に本拠を構え、ビジネス・流通・経営のコンサルタントとして、日本にも活動の場を広げている子供の頃からの友人にメールで送りました。私の考え方をどう思うか、ホームページにUPする前に意見を聞かせて欲しいと。
ある程度予想していた返事がきたのですが、その彼からの返事と、説明不足のところを補う私の考え方をまとめました。是非ご意見をください。

私の思い−その1−
 ちょっと前のことですが、毎日新聞の「発信箱」というコラムに、私から見るととてもいい話が掲載されていました。ガルブレイス先生の話です。
 私は、以前から私の愛する郷土島根、そして松江はそんなに発展する必要はないのではないか。時代に少し取り残されようと、島根らしく、松江らしく、ゆったりと時を刻めばよいのではないか。人口減が少しくらい進んでも、若者が少しくらい減っても、まったりとしたこの独特の土地柄を守った方がいいのではないか。そんなに発展することが大切なのか。開発することが、都会のような社会資本整備が必要なのか。
 そんなことを思いつづけてきました。しかし、一方では物理的な意味での地域の発展に高い関心と要望があり、私も4年に一度のハードルを越えねばなりません。ですから、そんな思いを所々漏らしながらも、正面に据えて主張し、発信したことはありませんでした。
 このガルブレイス先生の話は大変な刺激です。雇用問題をどう考えるのか、どうするのかということは一方ではあるのですが、基本的に島根は、松江はこの生き方でいけばいいのではないか。時あたかも、構造改革のとき、芸術文化振興基本法も昨年成立しました。心の豊かさを養い、大きく育てることのできる地域作りを唱えていきたいと考えています。

「ガルブレイス先生の礼賛」 毎日新聞 2002.2.1 発信箱からの引用
 思わず居住まいを正し「先生」とよびかけたくなる人を米国で一人知っている。ジョン・ケネス・ガルブレイス・ハーバード大名誉教授(93)。日本では「不確実性の時代」で有名な経済学者だが、米国ではケネディ大統領のブレーンだったリベラル派の大家と見られるようだ。
 テロの話をうかがいに自宅を訪れた。これで3回目になる。体調を一時崩されていたが、古武士を思わせる風格は変わらない。
 日本の話を持ち出したのは先生の方だった。
 「日本は再び世界の偉大な模範になっているね。これでもう十分だ、と決めてしまった。物やサービスをもっと手に入れようと働き続けるより、余暇がある生活の方がいいというわけだ」 皮肉か冗談か。どう応じていいか迷った。
 「執ように続く経済成長より、もっと幸せな公式を見いだした。10年間の景気後退のことだが」
 「いえ、それが大間題なのです」とさえぎろうとしたが、先生は続ける。「なかなか良い選択だったようだね。物やサービスの生産を低くする。必要もない鉄道はもう造らない」
 昨年、お会いした時も「経済にあまり力を入れなくとも、心地よくあればいいと日本は発見した」と礼賛論をうかがったのを思い出す。
 「これは世界でまったく例がない。リラックスした平和な存在たらん、というわけだ」
 先生は本気で褒めている。競争原理や経済成長だけが幸せを約束しない。眼光紙背に徹する知識人の元祖のような人にいわれると、不況もむべなるかな、という気がしてきた。

友人からの返書−島根や松江に変化を期待したい−
 私は貴方の考えもよく理解はできます。また、教授のような考え方も今こそ必要な物の見方とも思えます。これを貴方が世間に問っても共感は得られるでしょう。日本人特に島根では受けそうな気がします。
 でも、私の本音は、人間とはそんなものでは無いと言う気持の方が強いです。
 松江の何処が嫌いかと言われれば、あちこちに"古い伝統と文化を守ろう"などと書いてある、いやありそうな雰囲気です。守るべき物もあるでしょうが、歴史も伝統文化も、時には環境すら、創造すべきものではないでしょうか? 人間は変化を求めてやまない存在です。
 伝統も他が変化するから、残ったものは、新しい世代にとって新鮮なものであるのです。教授にとっては、日本の動きが新鮮でも、住んでいる人にとっては耐えがたい閉塞感を持って受け取られます。
 すなわち、私は今の島根や松江に変化を期待したいのです。
 若者が集まり、世界からタレント(能力在る人)芸術やスポーツ、心地よい程度の刺激を感じる、中堅都市です。せめて、アジアの美人(才媛)は最低100名は集めたいと???
 一度、松江に帰った時に話したいですね。私の文章力では正確に伝わる自信はありません。この春、石見銀山でも行きましょう。

私の思い−今島根でも−
 「戦争の世紀」から「平和の世紀」「生命の世紀」・・・希望に満ちたと新しい世紀の開幕と思っていたのですが、厳しい幕開けでした。しかし、やはり新しい世紀は個の尊厳を最大に尊重する、人間主義に根ざした世紀でなければならないと思います。
 さて、20世紀を振り返ってみると、人類はたくさんのもの(ほとんどが先進国に集中しているのですが)を手に入れ、生活がとても便利になりました。一方、多くのものを失いました。
 資源を浪費し、多くの生命を絶滅に追いやり、地球という惑星に深い傷跡を残しています。
 COP3、京都では地球温暖化に対して京都議定書を採択し、充分かどうかは別にして二酸化炭素削減への道筋を示したのですが、同調したはずの米国は、大統領が変わり、経済発展の阻害要因として独自の道を進もうとしています。今、持続可能な地球のあるべき姿と今後の道筋を、地球益、人類益という視点で描き、実践することが求められていると思わずにはいられません。
 さて、宍道湖、特に市役所前の辺りはボードセーリングに最適のようで、湖面に彩りを添えています。環境整備に取り組み(最近やっとそのようになってきたのでしょうか)、振興を図るべきです。多くの若者が、松江に来てくれればと思います。
 高校の先輩に素晴らしい女性がいます。アマチュア劇団あしぶえ(質も相当レベルが高い)を主宰する園山土筆さん。昨年は、八雲村で世界演劇祭を開催し、大きな反響でした。もっと規模が大きくなり、もっと地域の情報発信をできるようにすべきと思います。
 愛と地球と競売人=A県民会館の主宰する県民参加のミュージカル。地球環境問題を漫画で描き亡くなった坪田愛華ちゃんの物語ですが、一般参加のミュージカルとしては質が高いといわれています。
 最近までは退屈としか考えていなかった神楽。昨年、地域の敬老会でじっくりと見たのですが、これはなかなかのもの。地域の民俗芸能で終わらすものでないと思います。更に質の高いものに昇華させる努力が必要です。
 遅まきながら、島根大学の裏にソフトビジネスパークが完成しました。新世紀型の産業振興の拠点にと期待しています。僕の同級生の一人で、IT関連産業の会社をやっている友人は、この素晴らしい故郷松江に是非拠点を築きたいと、ソフトビジネスパーク内のレンタルオフィスに新会社を設立し進出したいと言ってくれています。また、島根県の高速通信網の整備を何度となく求めてきましたが、全国に先駆けて、全県高速インターネット環境が整備されようとしています。
 最近、河川工事の考え方が随分違ってきました。従来ですと機能重視、コンクリート護岸を作って終わり。治水だけの目的であればそれで済んだわけですが、最近は親水性がありしかも生態系にも配慮した護岸へと変貌しています。無機質なものから人間の心に配慮したものに変わってきました。つい先日も、建設省とNPOが手を携えて、宍道湖沿岸に葦帯を復元させるための事業が始まりました。
 松江市の交通事情も年々悪くなり、次々と橋を架けたり、道路改良が行なわれていますがなかなか追いつきません。抜本的な公共交通体系の練り直しが必要ではないかと思うのです。市の中心部へ車の乗り入れる必要の少ない、また自宅から自分の車で出かける必要のないそんなシステムは可能ではないのか?
 公共事業を取り巻く厳しい環境の中、島根県の建設業の中でも農業分野に進出したり、環境産業に展開を図るなど、前向きな姿が出てきました。

私の思い−その2−
 私は、人間から向上心がなくなれば、それはもはや人間ではないと思います。友人の説と気持ちは同じです。長々と書いてきたように、わが故郷島根にも多くの可能性や、新しい時代への胎動があります。しかし、その開花への手法と目指すところをどこに置くのか、私は、自然にやさしい手法と豊かな人間性の開花を見据えた県土づくりを目指したいと思うのです。
 これからの時代、SOHOなど、多様な勤務形態が更に広がるのでしょうが、UIターン希望者も含めて、みんなが住みたくなる質を重視した環境の整備を進めたいと考えています。
 触れていませんが、それを支える根幹は豊かな人間を創る教育・人材育成だと思っています。
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