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1、養神館合気道について
合気道は植芝盛平(1883〜1969)を開祖とするもので、日本古来の武術である大東流合気柔術(中興の祖・武田惣角師)を中核として起倒流・天神真楊流柔術・柳生流・神蔭流・相生流・宝蔵院流槍術・鹿島新当流等々数多くの武術のエッセンスを精選集約して取り込み、総合武道として確立されたものであります。とりわけ大東流合気柔術の根底にあった呼吸力を抽出した功績は大きいものがあります。それに留まらず、体さばき・気の流れ(自由技等)・体の転換法(終末動作一、二)・受け身を創作するとともに数多くあった技法を分類整理し、危険な技法は省き、大本教の信者であった開祖の宗教観を武道に取り込むことにより合気道としてまとめ、世に発表されました。しかしながら開祖は普及より自己の修行をもっぱらとし、その都度技法が変容したため、その時その時に学んだ弟子達の受け止め方の違いを加速させ、開祖なき現代に至っては多くの合気道の流派を生じさせることとなりました。中でも合気会と養神館の二大会派は著名なものであります。
二大会派は和の武道という共通点があり、多くの点で大変よく似ています。一概に論じきれませんが、大雑把な言い方で違いをあげるとすれば@武道的強さを問題にするのか否かということであります。合気会では大衆への普及という観点から開祖の言葉を借りて言えば合気道は優雅な舞のようなものであると説き、健康と美容を重視し、武道的強さをあまり前面に出していないように思えます。これに対し、養神館では相手を制する理合いを表現することを大事にしています。A今ひとつの違いは合気道の入り方が違います。合気会ではいきなり柔らかな流れるような自由技を稽古します。養神館では構え、基本動作、基本技など固い稽古から始まり、次第に自由技などの応用に進みます。B共に開祖の合気道なのですが、後述するように成立した時代が違います。このような特徴的な違いがあげられますが、大切なことはこれらの全体が開祖の創始した合気道であり、互いに相手会派を批判したり、否定するようなものではなく、互いの長所を取り入れ、共に学び、技を創っていくという謙虚さが求められます。実際に、会派の違いに関係なく、互いに著書やDVDに学びあっているというのは紛れもない事実であります。この他にも浦安市合気道連盟のように合気会と養神館が共に大会を開催し、交流するという先駆的試みもあります。
なお付け加えるとすれば合気道は植芝開祖のすべてが合気道というべきで基本動作から武器術にいたるまで開祖の修業過程のすべてを総合もしくは統合して修業してこそ初めて合気道を学んだといえるものであり、部分部分の開祖の修業過程を切り取った稽古で満足することなく稽古する必要があります。その点、養神館合気道は基本を重視するばかりではなく応用自由技や合気の術に至るまで体系化されており、限りなく植芝開祖に近づくことを目標としています。また養神会内部で技法の統一がなされており指導者によりあるいは団体により技法が大きく違うということはありません。会派によっては指導者により団体により技法が多いに違うことがあり、習得する上で混乱することも予想されます。こういう点においても、合気道の習得を目指す入門希望者に選択肢の一つとして養神館合気道を強く推奨する理由があります。昇格も昇級・昇段・有段審査により公平な基準に基づいてシステム化されており努力と実績によりより上位を目指し段位を上げることができます。会派によっては実力や実績があるにもかかわらずどんなに努力しても本部以外の者や地方の者はせいぜい3段止まり、良くて4段まででその先は足踏みしいっこうに昇格しないという現実があると聞いております。養神館合気道は地方で修行していても努力次第で高段者になることが可能であります。合気道会派の選択は後戻りができませんので慎重にしなくてはなりません。もっとも合気道を楽しみたい、身体を動かしたいということであれば会派にこだわることはありません。好きなところで楽しくやるというのも一つの考え方で、この点が合気道の魅力の一つとなっているところであります。すなわち、大きくたたけば大きく響き、小さくたたけば小さく響くというのが合気道であります。
養神館合気道を創設した塩田剛三師(1915〜1994)は開祖植芝盛平(1883〜1969)が48歳(1931年・昭和6年)の時、皇武館を起こし合気武術として教授していた最初の弟子であり、合気道観を始め、技法や稽古方法などその時代に多くのものを学びました。今の合気会で失伝した構え、基本動作、当て身はその時代にあったものですが、これらを現在にあうよう改良し、よみがえらせたのが合気道養神館宗家・塩田剛三師であります。
塩田剛三師は1950年(昭和30年)合気道養神館を設立し、稽古体系や技法の分類整理を推し進め、膨大な技をおおよそ170本の基本技に精選集約し、大衆に修得しやすく、かつ実践的な養神館合気道の確立に努め、その普及と組織化に乗り出されたのであります。塩田剛三師は養神館設立以来40年にわたり、合気道の普及に全力を注いでこられましたが、惜しくも平成6年7月17日、薬石効なく他界されました。
塩田剛三師の合気道は、養神館合気道の普及に努めている指導者に受け継がれ、今日では国内ばかりではなく、広く海外にまで普及発展しており、会員数は12万人を数えます。2005年(平成17年)には50周年記念式典が盛大に東京で開催されました。平成19年には第2代宗家館長として塩田泰久先生が就任され、2007年(平成19年)には第2代宗家館長として塩田泰久先生が就任され、新宗家館長のもと2007年(平成19年)には第52回全日本合気道総合演武大会が盛会裡に挙行されました。2009年には塩田泰久宗家館長就任以来3度目の第54回大会が盛況に挙行されました。財団法人合気道養神会は2011年(平成23年)3月1日公益財団法人合気道養神会に昇格し、養神会及び合気道養神館はますます発展してきております。塩田剛三師の技と精神を伝えるべく、塩田泰久宗家館長は演武会の充実・改善に工夫されると共に日々努力精進されており、養神館のますますの発展が現実のものとなってきています。
2、合気道養神館島根支部について
島根養神館は昭和57年に設立されました。平素より道場間で相互に活発に交流し、技術の統一的向上に励んでおり、近年は毎年、県大会を開催し、平成23年までに8回の山陰地区大会を挙行し、地域諸団体との交流を図ってきました。傘下に松江市、出雲市、境港市に三つの道場を設けて活動しています。
2008年(平成20年)8月には合気道養神館宗家館長塩田泰久先生を招いて第5回鳥取・島根養神館合気道総合演武大会を成功させました。
2009年(平成21年)6月17日、島根養神館は合気道養神館島根支部として認可されました。同時に浦尾骼uが支部長に合気道養神館宗家館長塩田泰久先生より認可されました。平成21年には本部主席師範安藤毎夫師範(8段)を招請し第6回合気道養神館島根県演武大会を挙行し、2010年(平成22年)5月には浦安市合気道連盟20周年記念大会に参加し、6月にはカナダ50周記念セミナ−に宗家館長塩田泰久先生に島根支部長が随行し、渡加いたしました。
2010年(平成22年)11月には全日本養神館合気道総合演武大会に10名で参加しました。
2011年(平成23年)8月には本部主席師範・安藤毎夫師範(8段)を招請し、島根養神館創立29周年記念・第8回合気道養神館山陰地区総合演武大会を挙行しました。同年10月29日には全日本養神館合気道総合演武大会に10名出場し、競技演武女子白帯の部で青木真由美が優勝いたしました。島根養神館は合気道養神館本部道場と一体となり山陰における養神館合気道普及の中核的役割を果たしております。より多くの方に合気道のすばらしさをご理解いただき、共に養神館合気道を学んでいただければ望外の喜びであります。
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